54. 逃走の終わり
ドゥアニたちが屋根の上を走って逃げていることは、すぐに犯罪組織の構成員たちも掴んだ。
しかし、同じことをして追いかけることは、場所柄難しかった。
屋根の上を走ることに苦情を言う人がいて配慮する必要がある、という意味ではない。
貧民区画のほぼ全ての建物が安普請で、大の大人が登ったら屋根を踏み抜く心配があるからだ。
そのため、どうしても高い場所を逃げるドゥアニたちに追いつくことが難しいい。
どうにか先回りしても、決まった道がない屋根上の方が転進することが容易くて逃げられる始末となる。
だが犯罪組織の構成員たちも、学はなくても無能ではない。
ドゥアニたちが貧民区画に隣接する大通りを目掛けて逃げていることに、察しがついていた。
目端の利く者はすでに大通りまで後一歩のところで布陣し、ドゥアニたちの到着を待つことを企んでいる。
しかしここで、この騒動の発端が影響した。
ドゥアニたちが荒くれどもを撃退し、荒くれのケツ持ちをしていた犯罪組織の構成員が面子を保つために身柄の確保に動き出した、その発端。
つまるところ、ドゥアニたちが荒くれ者を倒したことは伝わっていたが、どうやって倒したのかの話を聞いていなかったのだ。
「いたぞ! 例のガキどもだ!」
布陣していた犯罪組織の構成員が、ドゥアニたちを見つけて声を上げる。
確かな屋根に乗った10人に、その建物の近くの地上に20人。どうあってもドゥアニたちを確保しようという本気が伺える。
犯罪組織の構成員を確認したからには、ドゥアニたちは転進して別の場所から大通りに向かうことは出来ただろう。
しかし時間をかければかけるほど、包囲の輪が縮まることは目に見えていた。
そして、ここを突破することが、ドゥアニたちが待機しているミフォンたちと合流するのに一番都合が良かった。
だからドゥアニは、賭けに出ることにした。
「頼んだ」
短く言うと、ドゥアニは走る足を緩めて、他の仲間より2歩3歩と遅れていく。
その間、軽身の少女の身体にドゥアニ以外の面々がくっ付く。折角買った荷物も、この場に投棄する。
そうして身軽になったところで、ドゥアニが喉の力を開放して声を放つ。
「跳べ!――」
声が暴風のような音圧となり、ドゥアニの前方へ殺到していく。
その肉眼で見えない激しい空気の流れが到達する直前、身体に仲間をくっ付けた軽身の少女が精一杯の力で跳び上がった。
軽身のエッセンスの力と、ドゥアニが放った音圧により、少女とくっ付く仲間たちは空中を吹っ飛んだ。それも、屋根に展開していた構成員たちの頭上を飛び越える高度で。
「んだと!?」
驚く構成員たちは、思わずといった感じで、頭上を通り過ぎていく少年少女を見ていた。中には掴んで引き下ろそうとするように手を伸ばす者もいたが、その手の先に触れることすらできていない。
そうした間抜けを晒している構成員たちに、ドゥアニは口の方向を向ける。
「倒れろ!――」
オーガに対して使うような威力で、ドゥアニは口から音圧を放った。
見えない圧力に押されて、構成員たちが吹っ飛ぶ。運が良い者は布陣していた屋根の上に倒れ、運が悪い者は屋根から落ちていく。滑落死するところだったが、建物近くに布陣していた他の構成員が受け止めてくれたお陰で、怪我だけで済んだ。
見えない攻撃に倒されたり、屋根から落ちてきた仲間を助けたりと、構成員たちが目を白黒させている間に、ドゥアニはその混乱のど真ん中を走り抜けた。
その際に構成員たちを嘲るような真似はしなかった。
ここまで走り続けだった上に、喉に宿った力を使うために呼吸を乱したことで、ドゥアニは走りながら息を整えることに執心していたからだ。
そうして、どうにか構成員たちの輪から抜け出し、大通りまでやってこれた。
ドゥアニが大通りについて周囲を見回すと、先行していた仲間たちがミフォンたちと合流しているところだった。
「はあはあ。やっぱり、才牙さんは、来ていないか」
ドゥアニは予想していた通りだと思いつつも、寂しさを感じていた。才牙にとって、助けに行くほどの存在じゃないと言われたような気がして。
その心情を横に跳ね除けて、ドゥアニはミフォンたちと合流しに向かう。
ちょうどその時、ドゥアニたちを追ってきた犯罪組織の構成員たちが大通りまで出てきた。
見るからに剣呑な雰囲気を漂わせている連中の登場に、大通りを歩いていた一般人がギョッと目を丸くする。その中には、荒事の雰囲気を察知して、街を巡回する衛兵を呼びに行く者もいた。
ドゥアニたちはというと、大通りまで構成員たちが出てきたことに驚きつつも、才牙の宿へと逃げる道を走り始めた。
ここまで来たら、構成員たちも面子にかけて引くに引けないらしく、逃げるドゥアニたちを追って走り出す。
この逃走と追走の劇は、少しだけ続いたものの、一般人が呼び寄せた衛兵の登場により、構成員たちの負けで決着した。