50. 真銀合金の性質
真銀の合金について書かれた本は、タラムの街の本屋に1冊だけ存在した。
しかも金属製の金庫の中に入れられ、ビロードが張られた箱の中に収められた状態で。
それだけ丁寧に仕舞われていた本だけあり、その値段も目が飛び出るのではないかと思うほどの金額だった。
それこそ小さな家屋を1つ買えるほど。
しかし才牙は、いまやアゥトの町を表と裏から牛耳る権力者。この程度の出費が賄えないはずはない。
「希少金属を扱うからには、扱うに見合うだけの資金力を持っていると考えての、この値段なのだろうが」
才牙は、早速購入した本を開いて中を見てみて、軽く落胆する。
家1つ分の値段もする本にも関わらず、他の錬金術の本と同じく、本に描かれている魔法陣が意図的に間違った状態になっていたのだ。
本で儲けた後で、実戦に失敗した者が師事を願った際には更に金を毟り取ろうとしていることが、透けて見える。
「まずは魔法陣の修正からか」
才牙は今まで蓄えた錬金術の知識から、真銀合金の本に書かれている魔法陣を読み解き、適宜修正を加えていく。
そうして本に書かれていた全ての魔法陣の修正を終えると、次は合金を作る作業に入った。
「錬金術があれば、合金から真銀を単体で分離できるのは助かるな」
いま才牙の手元にある真銀は、硬貨大のものが十数枚。有用な合金を探すために使い潰すには、心許ない量しかない。
だから才牙は、合金にした後で真銀を分離して回収することに決めていた。
「まずは、この本の最初に書かれているように、真銀と銅の組み合わせだ」
魔法陣を書き上げ、陣に魔力を流し、真銀と銅を合金化させる。
出来上がったのは、白みかかった赤銅色の合金だ。
才牙は真銀と銅の合金を手で弄び、龍鬚糖を作る要領で、細い糸状へと加工していく。
「なるほど、これは面白い。手で簡単に引き延ばせるほど柔らかいが、決して引き千切れない。髪の毛ほど細くしても、鋼鉄並みに耐刃性がある。坩堝で簡単に溶けるうえ、冷え固まっても合金のまま。元の世界では考えられない、不思議な合金だ」
衣服に織り込めば、それだけで剣の一撃を防ぐ防具に早変わりだ。
身の危険が常にある、豪商や貴族にとって垂涎の合金だろう。
才牙はその合金から真銀のみを錬金術で分離すると、今度は鉄との合金にしてみた。
「今度は一切変化を付けられないほど硬くなったな。錬金術ないしは炉で温めれば形を作り直せるらしいが」
才牙は錬金術で真銀と鉄の合金を、ナイフに加工してみた。
そして適当な木片に刃を当ててみると、まるで新雪に入れたかのように、手応えなく刃が深々と入った。
その切れ味に、今度は合金の余りの鉄片に刃を当ててみると、粘土を割くような手応えで刃が入っていく。
「なんという切れ味だ。しかも、刃は硬くて曲がらない。これは理想的な武器の素材じゃないか?」
加工に錬金術か炉が必要という欠点はあるが、それでも武器には理想的に適した合金といえる。
次は真銀と金との合金。
この合金は、先の2つと比べると地味な性質だった。
「加工のしやすさ、硬度、見た目は全て金と同じ。金と違うのは、耐性か」
元の世界では、金も『完全な金属』と呼ばれるほどに酸化に高い耐性があった。
しかし真銀と金の合金は、金を溶かし得る全ての酸に耐性がある。
それだけでなく、炉を潰すほどの高温であっても溶けないと、本には書かれている。
それこそ、真銀と金の合金をそれぞれの素材に分離するために、専用の魔法陣が組まれているほどに魔法への耐性も高い。
「金と真銀の合金を内張りに使い、外を真銀と鉄の合金にすれば、高位のエッセンスであっても抑え込めそうではあるが……」
才牙が、その2つの合金をエッセンスドライバーへ加工するには、さらなる真銀の量の入手と、錬金術の魔法陣を1から作り上げる必要がある。
「手元にある量なら、エッセンスドライバーの核心部分のパーツを作ることは可能だ。しかし、他にも良い合金があるかもしれない。一通り試してみるか」
才牙は手に入れられる全ての金属と真銀との合金を試し、より良い合金がないかを調べていった。
しかし、特に面白い合金は他になかったため、金銀銅とのそれぞれの合金をエッセンスドライバーに使う方法を考えるしかなかった。
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