4. エッセンス封入缶
才牙は未使用の封入缶を取り出すと、昏倒させた男女の1人の額に、缶のグレネード弾状の底部を押し付けた。
瞬間、額に封入缶を当てられた人物が、急に呻きだした。
「うううぐぐぐぐぐぐ~~~」
なにかを引っこ抜かれそうになっているのを耐えるような声を、失神した状態で上げる。
しかし才牙は気にした様子もなく、封入缶を押し付け続ける。
やがてその人物は呻き声をあげなくなり、そのうえ知性がない赤子が寝ているような表情に変わった。
才牙は押し付けていた封入缶を持ち上げ、軽く振る。
「ふむっ。1人ではエッセンスが足りないか。では次だ」
才牙は、また1人、また1人と封入缶の底を男女の額に押し付けていく。
都合4人に同じ行動を行ったところで、才牙が満足そうに頷く。
「これで量は十二分。惜しむらくは精製装置がない点だが、ないものねだりをしても仕方がないな」
才牙が呟きながら封入缶の上部を叩くと、封入缶から声が出た。
『ヒューマンエッセンス』
「封入缶が証明してくれたことで、この5人が人間であることが証明されたな。では知識を頂くとしよう」
才牙は封入缶の上部を自分の額に押し付けた。
すると封入缶から煌めきのようなものが溢れ出て、それが才牙の頭の中へと入り込んでいく。
「うぐっ。精製されていない4人分の知識となると、流石にデータ量が膨大だな」
才牙は自身の頭に、並の人間なら発狂しそうな知識量を注ぎんでいく。悪の首領の試験体という超スペックの頭脳のおかげで、軽い頭痛が起こるだけで済んでいる。
才牙は頭痛を目を瞑って堪えて、封入缶からの知識の流入が終わるのを待つ。
「――ラーニング、完了。では、証明実験に入ろうか」
才牙は指で頭を軽く叩いた後で、封入缶を押し付けていなかった最後の1人――杖を持った薄衣の女性の頬を軽く叩いた。
叩かれて、昏倒していた女性が起きる。起き抜けの顔立ちと瞳は幼さを残していて、十代半ばの少女であることが伺えた。
その青色の瞳が才牙の姿を捉えると、驚愕で大きく目を見開く。
「じゃ、邪神の使徒! はっ、み、皆は!?」
少女は大慌てで地面に這いながら後退りすると、助けを求めるように周囲を見回す。
しかし起きているのが自分1人だけだと分かると、手の杖を腕の中に抱え込んで才牙を睨みつけてきた。
「わ、私たちをどうする気!?」
混乱する少女を無視して、才牙は大きく頷く。
「言語の聞き取りに問題はないな。では少女。俺の言葉が分かるか?」
「な、なにを言って」
「言葉が分かるのかと聞いているんだ。分かるのか? 分からないのか?」
才牙にじっと見つめられての質問に、少女は気圧された様子で頷きを返した。
「わ、分かる。言葉が通じている」
「そうかそうか。それは良かった。もし通じないようなら、お前も犠牲にしないといけなかったからな」
『犠牲』という言葉で、少女はギョッとした顔になる。
「み、皆をどうしたの!?」
「安心しろ、命は奪っていない。ただ知識を根こそぎ頂いただけだ」
「知識? 根こそぎ?」
「言葉が難しかったか? 言い換えよう。記憶を全て貰い受けたのだ」
「き、記憶を!?」
少女は慌てた様子で、一番近くにいた彼女の味方の下へ。そして揺すり起こし始める。
「ニィケ! 起きて、ニィケ!」
ニィケと呼ばれた男性が目を覚ますが、その表情が知性の欠片すらないあどけない笑顔になる。
「ああぅ。あばぶぅ」
「ニィケ、冗談はやめて! 緊急事態なの!」
「あぶぶぅ。あばばぅ」
少女の焦る声をあげても、ニィケは赤ん坊のような声しか出さない。
少女の顔が見る見るうちに青ざめていき、他3人の仲間を必死になって起こしていく。
しかしその3人も、ニィケと同じように赤ん坊のような表情と言葉を話すだけ。
ここに至り、少女は才牙の言葉が本当だと理解した。
「あ、あなたは、邪神教徒じゃなくて、ブレインイーターだったのね」
「ブレインイーター?――ああ、知識に情報があるな。脳を啜って食べる化け物のことか。なるほど、言い得て妙だ」
「ブレインイーターは邪神の僕。神聖魔法が弱点。この私を啜り残したこと、後悔させてやる」
少女は抱えていた杖の先を才牙に向けると、祝詞を上げ始める。
「天上にまします光の神よ。悪しき者を浄化する光明を貸し与えたまえ――ホーリー・ライトニング!」
杖の先から放たれたのは、軍用の超強力なフラッシュライトが放つような、陽光すら退けるほどの眩い光。
才牙は慌てず手で目を覆って、光で目が潰れることを阻止した。
その光は10秒ほど続き、やがて消えた。
「はぁ、はぁ。私の位階じゃ一撃じゃ無理かもしれないけど、大ダメージは与えられたはず」
少女が息を切らせながら言葉を吐くが、才牙は顔を覆っていた手を外すと何の傷も負っていなかった。
「眩しかっただけか。ん、いや、少し体の調子が良いか??」
才牙が自身の体の調子を確かめるため、準備運動のような仕草をする。そこで分かったのは、光を受けた後だと体にあった疲労感が減少していることだった。
「興味深い。転移する前にはなかった、肉体を回復させる光――ああ、知識にあるぞ。神聖魔法。そうか、魔法か!」
才牙は目をギラつかせると、少女に詰め寄りその首を掴んだ。
「あぐっ、なにを!?」
「お前、神聖魔法使いだったな。名前は?」
「な、なにを――あぐっ」
「質問に答えろ。拷問して聞き出してもいいんだぞ?」
才牙が握力でギリギリと首を絞めつけてくるので、少女は空気を求めて喘ぐ。
「ぐ、あぅ、ミフォ、ン。私の、名前、は、ミフォン」
「そうか、ミフォンだな。喜べ。お前を、この転移後の場所における、秘密結社イデアリスの隊員1号にしてやろう」
「な、なにを、言って」
「隊員になると約束するのなら、お前の仲間を1人だけ助けてやる。魔法使いが1人いるな。そいつをだ」
ミフォンは首を絞められながら、目で仲間の魔法使いの女性を見やる。知恵の欠片もない表情で、なにもない空へ向かって手を伸ばし、あどけなく笑う姿を。
「……アテタを、本当に?」
「ああ、嘘は言わない。どうする?」
才牙のミフォンを見る目は、時間と共に熱を失っていっている。
4人から得た知識から、神聖魔法使いは目の前の少女だけではないと知ったため、あまりごねるようなら別の人を探せば良いと考え始めていたからだ。
ミフォンは才牙の心の動きを察知して、このときを逃せば後はないと切羽詰まった表情になると、首を絞められながら首肯した。
「お願い、助けてあげて。あの人、恩人なの」
「では、契約成立だ。これからお前は、イデアリスの隊員で、俺の部下だ」
才牙はミフォンを手放すと、喉の締め付けから開放されて咳き込む彼女を放置して、魔法使いの女性――アテタに近づく。
そして、先ほど自身に使用した封入缶を取り出すと、その頭をアテタの額に押し付けた。
封入缶から煌めきが溢れ出て、その煌めきがアテタの頭の中へと入り込んでいく。
すっかりと煌めきが消え、ミフォンの咳き込みも落ち着いた頃、アテタの表情に知性が戻った。
「う、くっ。あ、ああ、あうあ。あ、あたし、あたしはアテタ。そう、アテタよ」
「アテタ! アテタ、大丈夫!?」
ミフォンが近寄ると、アテタは安心させるように微笑む。
「大丈夫。そう、大丈夫よ、ミィ。でも、ちょっとだけ、待って」
アテタは頭を抱え、蹲りだした。
ミフォンは心配そうに見ていたが、その顔を才牙へと向ける。
「アテタは大丈夫なの!?」
「心配いらない。人間4人分という大量の知識を入れ込まれた衝撃で、頭が割れるぐらいの頭痛がしているだけだ。無垢な状態から入れたから、知識量に人格が壊れて発狂することもない」
「大量の知識? 頭痛!? 発狂!?」
「心配するなと言っている。与えた知識には当人の記憶が含まれている。当人の記憶を核に4人分の記憶が統合される。統合された後は、ミフォンが知るアテタと同じ人格になっている」
才牙の自信ありげな説明に、ミフォンは信じるしかないという表情で蹲るアテタを見守る。
たっぷり10分ほどかけた後で、アテタは抱えていた頭をゆっくりと話した。
「もう大丈夫よ、ミィ。ああもう、本当に、やっかいな相手に手を出しちゃったわね」
「アテタ、本当にアテタよね。変わってないよね?」
「うーん、ちょっと変わった部分はあるもね。なんたって、あたし以外の3人の記憶を詰め込まれちゃったわけだし?」
「ふふっ。その冗談交じりの口調は、間違いなくアテタだよ」
喜ぶ2人に、才牙が口を挟んできた。
「お喜びんのところ申し訳ないが、お前たちは俺の部下だ。それは良いな?」
才牙から投げつけられた確認の言葉に、ミフォンは反抗的な顔をしてから、アテタは諦めの苦笑の後で、才牙に恭順の意を示して首を垂れた。