48. 足踏み
迷宮の奥に行けば行くほど、魔物は強くなっていく。
そして魔物の強さに比例して、倒されて消滅する魔物が落とす物品も、宝箱に入っている物も、より希少かつ高品質になっていく。
それこそ、才牙が今開けた木の宝箱に、明らかに金銀銅とは違う輝きの金属の硬貨が入っているほどだ。
「銀色だが銀より軽い。ゲルマニウムと特徴が似通ってはいるが……」
才牙の科学者としての感が、これは違う金属であると告げている。
ではなんの金属なのかと候補を絞り込んでいると、アテタが目を輝かせて覗きにきた。
「それ、真銀の硬貨だわ。魔法使いなら、誰もが欲している金属の1つよ」
「真な銀? 普通の銀とは違うのか?」
「偉大なる銀、ミスラル、武器にできる方の銀とか、色々呼び方があるけど、普通の銀とは別の金属で、とても貴重なの」
「これがか?」
「真銀製の小杖を所持することが魔法使いの夢。総真銀製の大杖なら、全ての魔法使いが全財産を投じてでも競り落とそうとする。そう例えれば、どれぐらい貴重かわかるかしら?」
「心の底から納得はできないが、魔法使いにとって垂涎の金属であることは分かった」
才牙のあまり乗り気でない口調に、アテタは意外だという視線を返す。
「才牙様の封入缶。真銀で作れば、より効果が高まるとおもうわよ?」
「ふむ、一考の余地はあるが――いや、今の素材で十二分に役割は果たせているから、希少金属を使う必要性は薄いな」
直近で必要になる金属ではなさそうと判断はしたが、才牙は初めて目にする金属だからという点では興味を持った。
「とりあえず、この宝箱に入っている真銀は全て保持しておくか。エッセンスドライバーの改造に使えるかもしれないしな」
「そのベルトの機械を改造するの? 特に問題はなかったと思うけれど?」
アテタの疑問はもっともだ。
才牙のエッセンスドライバーも、その廉価版であるエッセンスブレスレットも、封入缶に入ったエッセンスを用いて変身するという機能において十二分の働きをしている。
しかし才牙にとって、エッセンスドライバーは未完成品でしかない。
セイレンジャーの襲撃が予想よりも早かったため、エッセンスドライバーは稼働可能状態で完成はしていたが、洗練する余地が多分に含まれている状態のまま。
才牙は、その洗練できなかった部分によって、次元エッセンスという超強力な力の暴走を防ぎきることが出来ず、異世界に飛ばされてしまったのだと判断していた。
「強力なエッセンスを使いこなすだけでなく、今は1種類のエッセンスにしか対応できていないが、2種類以上に対応させることも出来るようにできるはずだ」
「ドゥアニ君みたいに?」
「あいつは、弱いエッセンスも組み合わせで化ける好例だ。例があるのなら、それに倣うのは科学者として当然の行動だからな」
しかし複数のエッセンスを用いることは、危険も孕んでいる。
魔物化のエッセンスのみを入れた封入缶によって変身させた、あの襲撃者が変じた怪人のような異形になる可能性もあるのだから。
「安全性の向上のために、この真銀とやらが役立ってくれるのならいいんだがな」
才牙は真銀の硬貨を白衣に仕舞い、迷宮行を再開する。
オーガの出現頻度が下がってきたのと引き換えに、新たな種類の魔物と出会う頻度が上がった。
そしてその魔物たちが、才牙に迷宮を脱出するかどうかを迷わせる相手だった。
「まさか、刃が刺さらない敵がくるとはな」
才牙が零した愚痴の通りに、新たな魔物は押し並べて体が硬い種類ばかり。
人を石材で象ったようなゴーレム。甲羅が鉄鋼で出来ている鉄亀。刃が身体に生えたセンザンコウな剣山甲。砂鉄が集まった体のアイアンスライム。そして動く甲冑であるリビングアーマー。
そんな防御力自慢の魔物ばかりが、襲ってくるようになっている。
エッセンステイカーは刃を刺した魔物のエッセンスを奪い取る。逆を返せば、刃が刺さらなければエッセンスを吸収できないということでもある。
刃が通じない相手に、エッセンステイカーの快進撃は止まらざるを得なかった。
「ここに出る全ての魔物に弱点があるから、どうにかといったところだが」
才牙は、隊列の後方から襲いに来たリビングアーマーを、四肢の関節部を蹴りで破壊することで倒した。
隊列前方ではシズゥの近くで、石の身体に隠し刻まれた文字を抉り消されて活動停止したゴーレム、刃がない腹部を開きにされて死んだ剣山甲、攻撃しようと甲羅から出した首を刎ねられた鉄亀が消滅していく最中だ。
こうして倒せはしているものの、才牙の目的が迷宮の魔物のエッセンスを集めることだと考えると、その目的は失敗していることになる。
「硬い魔物を倒せて、エッセンスも得られる武器を開発する必要があるな。もしくはこの魔物から得られるエッセンスは諦めて、さらに奥の魔物を狙うことにするかだ」
まだ戦闘能力と物資に余裕はある。ドゥアニに能力を使わせて先導させれば、魔物に出くわすことを回避しつつ、より迷宮の奥へと進むことはできる。特にこの場所の魔物は、体が硬い分だけ動きが鈍い。逃走することは十二分に可能な相手である。
しかし初めて迷宮で苦戦といえる戦いになったからか、ドゥアニ以外の荷物持ちの少年少女たちが怖気づいてしまっていた。
魔物を回避するという、ある種の隠密行動において、この怖がっている部分が悪く働く可能性が高い。
怯えから思わず声を上げてしまったり、走り逃げる際に立ちすくんでしまったり、恐慌をきたして勝手に離脱したりという事態を引き起こしかねない。
そうして犠牲になる人物が、消滅した魔物が落とす物を回収していた荷物持ちならいい。
しかし、もしも食料品を持たせている荷物持ちが犠牲となったら、才牙たちは飢えながら迷宮を脱出しなければいけなくなる。
そうした諸々の危険性を考えると、才牙は撤退の判断を下すしかなかった。
迷宮を脱出する道を進みながら、才牙は溜息を零す。
「これから同じ時間かけて戻ると考えると、億劫に過ぎるな」
才牙は、迷宮の魔物からエッセンスを取ることと、迷宮の宝箱から有用な魔法の品を見つけることを目的にしているが、迷宮攻略にかかる手間にやる気が削がれつつあった。




