47. 宝箱
迷宮を奥へ奥へと進んでいる中で、才牙たちは宝箱を見つけることもある。
それは既に開けられているものだったり、壊されて中身が取り出されているものだったり、手つかずの物だったりした。
宝箱の種類も、木箱のようなものから、手提げ金庫のような鉄製や、宝石箱のような豪華な見た目のものもある。
そんな宝箱を守る魔物がいたり、宝箱の罠にかかった冒険者の死体があったりもする。
そして才牙は、宝箱の中身もそうだが、冒険者の死体にも用があった。
「宝箱の中身は金貨だけだったが、冒険者3名の遺体があるのは行幸だな」
才牙は白衣の内側から、2つの封入缶を取り出す。それらは再建とオーガ化のエッセンス。
才牙は、荷物持ちの少年少女たちに冒険者の死体から身ぐるみを剥がさせた後、その死体の中で一番体格が良い中年男性を実験対象に選んだ。
その中年男の死体の腹を解剖刀で割くと、他2体の死体の腕をそこから中へと突っ込ませた。
そうして準備が整ったところで、才牙は再建とオーガ化の封入缶を死体に押し付けた。
赤黒と朱色の輝きが死体にまとわりつき、そしてエッセンスの効果が現れる。
まず再建の力が働き、中年男の死体が他2体の死体を吸収して、肉体的な生命活動を再開する。
その後でオーガ化の効果が現れ、中年男の肉体が膨張して赤く色づいていく。
そうして出来上がったのは、オーガと人間を足して2で割った感じの、異形の生き物だった。
「では確認だ。お前の主人は誰だ?」
才牙が問いかけると、そのオーガ化した男は数秒困惑する仕草をしてから才牙の前で跪いた。
「アガガオウ」
なにやら言葉を喋ろうとしたようだが、死体だったからか、それともオーガ化したからか、言語機能は失われているようだ。
しかし才牙は、そんな事は些細な事だと気にしない。
「では、お前には任務をやる。俺達の隊列の最前線で魔物と戦え」
「イオガイガガ」
オーガ化の男は、すくっと立ち上がると、隊列先頭に出て歩き出す。
その際、才牙はシズゥとドゥアニを近くに呼び寄せた。
「2人とも戦闘続きで疲れただろ。しばらくは、あの怪人に戦闘の大部分を担ってもらえ」
「疲れてないけど、わかったです!」
「あははっ。僕はちょっと声を使い過ぎて喉が痛いので、助かります」
その後、オーガ男を前面に出して、迷宮を進んでいく。
オーガ男の戦闘力は、元にしたオーガよりも強いらしく、肉弾戦で殴り勝ちするほどだった。
「格闘技的な動きが見えるから、元にした冒険者に心得があったと思った方が良いか?」
才牙は、オーガ化すれば誰もがオーガに勝てるようになるのか、それとも元々持つ技量によって戦闘力に差が出るのかの考察に忙しい。
その後も順調に道行きは進み、やがて新たな宝箱を見つけた。
それは今までに見たことがない、黄金で縁どられ、ビロード状の布地が張られた、見るからに豪華な箱だった。
その宝箱を見て、アテタとドゥアニが驚きの声を上げる。
「金の宝箱なんて、初めて見たわ」
「やっぱり、あれが噂の金箱ですよね。魔法の品が必ず入っているっていう、あの噂の」
喜んでいる2人だが、その言葉とは裏腹に金の宝箱に近づこうとすらしない。
「気になっていたものなら、お前たちが開けてもいいんだぞ?」
才牙は親切心で言ったのだが、当の2人は揃って首を横に振る。
「金の宝箱には、必ず凶悪な罠が仕掛けられているらしいわ。しかも即死級のがね」
「金箱を開ける方法は2つと言われています。仲間を1人犠牲にするか、罠解きの名手が命を懸けるかです」
話を聞いて、才牙はなるほどと頷く。
これほど豪華な見た目の宝箱が開けられていないのは、金箱の危険性から他の冒険者たちが見逃したからかもしれないなと納得して。
「犠牲を1人だせば、中身は無事に取り出せるんだな?」
「はい。それは問題ないと聞いてます」
「投擲物を投げ当てて蓋を開けたりはできないのか?」
「かなり蓋が確りとハマっているらしくて、人が両手で開けないといけないと聞いてます」
ドゥアニが聞いた噂話をもとに理由を話すと、才牙の決断は速かった。
「オーガ怪人。あの箱を開けてこい」
「アガガオ」
才牙の命令に従い、オーガ男は金箱に近寄っていく。その間に、才牙たちは宝箱から距離を取った。
十二分に安全が確保できたところで、オーガ男が宝箱の蓋に手をかける。どうやら、ちょっとしたロック機構があるようで、ぐっぐっと力を入れても開かない。
しばらく開けようと奮闘していると、宝箱の中から『パキッ』となにかが壊れる音がした後、すんなりと蓋が開いた。
蓋が開いた瞬間、宝箱からなにかが飛び出してきて、オーガ男に命中。オーガ男の上半身が吹き飛び、迷宮の天上に穴が空いた。
オーガ男を消し飛ばした罠の余波なのか、離れた位置にいる才牙たちまで突風が吹きつけてきた。
「オーガ化して、防御力は鎧を来た人間以上はあったはずだが、一撃か」
「宝箱にある罠の中でも一番強力な、攻撃魔法を放ってくるものだったみたいね。突風がきたことから、風の魔法でしょうね」
「その魔法に心当たりが?」
「オーガの上半身を1撃で消し飛ばす威力を考えると、暴風槍かしら。威力は高いけど効果射程が手槍の間合い程度だから、好んで使う人がいない廃れた元素魔法よ」
「至近距離にしか使えない魔法でも、宝箱を開けた者を殺すためなら、十二分に有用ということか」
才牙は宝箱の罠に感心していると、オーガ化していた男の下半身が元の人間のものへ戻った。
その変化を見てから、ようやく才牙たちは金箱へと近づいた。
金箱の中に入っていたのは、蓋付きの透明な水差し。
才牙が手に取って確かめてみると、ガラスとは違う常に冷たい触り心地から、水晶の水差しだと分かった。
透明な水差しの中には、鮮血のような赤い液体。
蓋を取って嗅いでみると、アルコール発酵した葡萄の匂い――ワインだ。
「金箱にあるのは魔法の品ということだが、この水差しの方か? それともワインの方なのか?」
才牙が疑問を投げかけると、アテタが水差しの正体を教えてくれた。
「それは、魔力を注げば滾々と酒が湧き出る、魔法の水差しね。水差しによって出てくる酒の種類が違うのだけれど、ワインは一番の当たりなのよ」
「どうしてワインが当たりなんだ?」
「お貴族様が飲む酒は、ワインと相場が決まっているからよ。そして魔法の水差しを買おうとする貴族は、とてもお金持ちなの」
「つまりは高値で売れる魔法の品だから当たりというわけか。そして金に困っていなく、酒にも興味がない俺からすると、大して有り難いものでもないわけだ」
才牙は興味を失うと、水差しの蓋を戻してから、荷物持ちの少女に渡してしまうのだった。