46. 不意の襲撃者
音圧と超音波に適応した少年の名前がドゥアニだと、才牙は今更ながらに知った。
そしてドゥアニの能力が索敵と援護向きということもあり、前線に配置し直すことにした。
その際、ドゥアニが持っていた荷物は、他4名の少年少女に振り分けられることになった。
ちなみにその4人のうち、3人は適合するエッセンスが無く、1人は魔蝙蝠から得た軽身のエッセンスに適合した。その適合者は少女だったため、体重が軽く保てることを喜んでいた。
しかし、この4人の名前も聞いたはずだが、才牙は興味が持てないため覚えていない。
「先日よりも順調だな」
才牙がそう零すほどに、迷宮の道中は危なげなく進んでいる。
総勢が10人未満だからか、襲ってくる魔物の数は少ない。そのうえ、ドゥアニが周囲を索敵できるため、エッセンスを取り終えて戦う必要のない魔物を回避して進むことができる。
そのため、楽々と先へ先へと進むことができていて、前の倍近い速度で迷宮を進むことが出来ている。
一度就寝含みの休憩を挟めば、もうオーガやリザードマンが出現する場所まで来ていた。
「やるですよ!」
シズゥが気合を入れて、エッセンステイカーで魔物を倒していく。
ドゥアニの音圧攻撃も、魔物の足を止めるのには十二分の威力がある。
その2人の連係で、戦いは楽々と済んでしまう。
倒された魔物が消滅した後に出てくる物品を、荷物持ちの少年少女たちが回収する。
そんな光景を、才牙は隊列の最後尾で眺めているだけで済んでいた。
このまま何事もなく迷宮の奥へと進めると思いきや、ドゥアニが警告を発した。
「この先に、魔物とは違う感じがあります」
「違うとは、どんな風にだ?」
「恐らくは人間なんですけど、なんでか待ち伏せしている感じなんです」
「魔物をではなく、俺達をということか?」
ドゥアニが頷くのを見て、才牙は口元に悪い笑みを浮かべる。
「そういうことなら、もう少し近づいたところで脅かしてやれ」
「脅かす、ですか?」
「隠れている相手にも音は届く。音圧攻撃をやってみろ」
才牙に言われて、ドゥアニは声の攻撃が届く範囲まで移動したところで、音圧を放った。
洞窟状の道には出っ張った場所があり、その裏に件の人物たちは隠れていたようだ。
しかし音圧攻撃を受けて、耳を抑えながらまろびでてきた。
「なんだ、急に耳が」
「目が回――おぼえッ!」
ふらふらと出てきたのは、8人の男性たち。見るからに冒険者といった風体をしている。その8人の中、音圧攻撃を強く受けて三半規管が狂いでもしたのか、蹲って嘔吐している者が2名いる。
才牙は身振りでシズゥとドゥアニを最前線から下がらせると、入れ替わりに男たちの前に立った。
「どうした? 俺達を待っていたようだが、なにか用か?」
才牙の問いかけに、男たちが全員武器を向けてくる。
「バレていたんじゃ仕方がねえな! おい、大人しく荷物を渡しな!」
「そっちでまともに戦えるのは、半分もいねえんだろ! 観念するんだな!」
ここで、才牙は顔を顰める。
「ゲロした口で喋るな。臭いがここまできたぞ」
命乞いではなく、罵倒の言葉。
それを受けて、男たちの顔に怒りの色が出る。
「いい度胸だ、テメエ!」
激昂した1人――口元に吐瀉物の痕跡がある――が、手斧で攻撃してきた。
才牙は右手にある長剣のエッセンステイカーで防御しながら、左手を白衣の懐の中へ。そして1本の封入缶を取り出す。
「危ない、だろうが!」
才牙の雷光のような速さの下段回し蹴りが、襲ってきた男の太腿に突き刺さる。その蹴りの威力に、男は蹴られた脚が痺れて膝を地面に着く。
「このぉ!」
座り込んだ状態から手斧で攻撃してくるが、攻撃の手に才牙の蹴りが命中して、手斧が通路の端へと吹っ飛んでいった。
「お前は敵対者だ。実験内容を遠慮する必要性がない!」
才牙は嬉々とした声を上げると、左手の封入缶を目の前の男の額に押し当てた。
攻撃ではない行為に、封入缶を押し当てられている男は困惑顔になる。
「な、なにを――」
疑問を投げかけようとした口が、途中で止まる。
なぜなら、次の瞬間には男が悲鳴を上げ始めたからだ。
「――いぎぎぎぎ、ギギィイイイイイイイ!」
男の周りを色とりどりの極彩色の煌めきが取り囲み、それらの煌めきが男の体の内側に入ろうと殺到する。
無理矢理入ろうとする煌めきが痛いのだろう、男は身体を硬直させて歯を食いしばりながら悲鳴を上げている。
その苦悶する様子を、才牙は実験動物へ向ける観察と興味の色を湛えた瞳で見ている。
「さあ、これまでに集めた魔物化のエッセンスだけを積め込んだ特製品だ。どんな結果になるかな?」
才牙の言葉を受けたからか、男の肉体に変化が始まる。
「ぐぎっ、ごごすぅ!?」
頭がゴブリンになり、腹がオークのように突き出し、腕はオーガの野太いものへ。
下半身が一角猛牛の首から下に変わり、その全身に鱗が生え始め、やがて鱗が羽毛で覆われていく。
服も鎧も、その肉体変化に耐えられずに、千切れていく。
やがて出来上がったのは、とても見た目がアンバランスな異形の化け物だった。
「ぐえ、ぐえ、ぐえぎいいいいいいいい!」
化け物に変化した男は、知性がなくなった叫び声をあげた直後に暴れ始める。それこそ目に入る全てのモノを壊そうとする暴れっぷりだ。
「オーガの腕力に牛の突進力で攻撃力が。オークの皮下脂肪を鱗と羽毛で覆って防御力が強化されているわけか。中々に興味深い実験結果だ」
才牙は暴れ回る化け物の攻撃を避けつつ、冷静に状態を観察していく。
「惜しむらくは、頭が知能の低いゴブリンになっていることか。まともに考えられる頭でなければ、優れた肉体を持てても持ち腐れになるだけなわけだな」
才牙は一度大きく飛び退くと、味方ごとさらに後ろへと下がる。
こうして才牙たち一行が距離を取ると、必然的に化け物と襲撃者の男たちとの距離が近くなる。
化け物は、そのゴブリン顔を男たちへ向ける。
だが男たちは、その化け物が元は自分たちの仲間であるという事実があるためか、距離を取るどころかむしろ近づいていった。
「よ、よう、凄い暴れっぷりだな。そんだけの力があるなら、あいつらをやっつけて――」
男の1人が声をかけていたが、化け物が巨腕を振るって殴り黙らせてしまう。
「ううぅぅ、うぎぎいいいいいいい!」
「ちっ、くそが! 頭の中まで化け物になってやがる!」
ここからは、化け物と男たちの攻防に状況が変わった。
男たちは、流石にオーガが闊歩する場所まで来れるだけの実力があり、連係攻撃は手慣れたもの。次々に手傷を相手に負わせていく。
しかし化け物と化した男には、複数種類の魔物が合成されたような見た目の通りに、人間離れした暴力がある。1度でも攻撃を当てられれば、相手を戦闘不能にできる。
ある意味実力伯仲の戦いの軍配は、化け物の方へと傾いた。
「ぐごおおおおおおおおお!」
傷を食らう覚悟で相打ちする巨腕の攻撃により、男たちは1人1人と倒れていく。
やがて全身傷だらけで息も絶え絶えな状態で、化け物だけが立ち残っていた。
そこに場違いな拍手が沸き起こる。
手を打っているのは、才牙だ。
「中々に素晴らしい。改造調整もしていない野良怪人としては、十二分の結果だ」
才牙の賞賛に、化け物は暴力で返そうと動こうとする。だが唐突に動きを止めると、バタリと地面に倒れてしまう。そして姿が、元の男のものへと戻る。
男の姿は、衣服と鎧を失って丸裸なため良く見えるが、変化前と比べてやせ細っていた。それも死人1歩手前のような、骨と革だけのガリガリに代わっている。顔にも精気がなく、余命が秒読み段階であることが伺えた。
「ひゅーひゅー」
呼吸をすることすら辛いのか、やせ細った男の喉から空気が漏れるような音だけがでている。
才牙はその姿をじっくりと観察した後で、元の世界からつけてきた腕時計に目を向ける。
「変化時間は、およそで5分。肉体的に問題はなさそうだった男でこれだ。女子供ならもっと時間は短くなると思った方がいいな。5分間だけの怪人か。即席の捨て駒なら使えるな」
才牙は研究結果に満足すると、死にかけの男を放置して迷宮の奥へと進むことを再開しようとする。
それを止めたのは、ドゥアニだった。
「あ、あの!」
「なんだ?」
才牙の目は、もう男たちに興味がないということを物語っていた。
ドゥアニは一度言いかけた言葉を止めるように口を閉じると、やがて再び言葉を喋り始めた。
「死んだ人たちの装備は、どうするんですか?」
「どうするって、なにがだ?」
「いやその、僕らが拾ってもいいのかなって」
才牙は一瞬だけ疑問顔になったが、すぐに納得顔へ変わる。
「ああ、そいつらの装備をお前たちが使いたいということなら、好きにしろ」
「ありがとうございます」
ドゥアニの先導と荷物持ちの少年少女の手により、死んだ男たちから装備が剥ぎ取られていく。
取り上げた武器を装備し、身の丈に合わない鎧は合わせ目を切ってから重ねてバックパックへ。貨幣が入った革袋も回収したうえで、男たちの衣服に縫い入れられた隠し財産まで取り上げる。
その行動が妙味手慣れているのは、同じ状況を迷宮で体験したからなのか、それとも街の貧民特有の技能なのか。
才牙は想像を弄んで暇つぶししていたが、少年少女たちの作業が終わったのを確認すると、迷宮行を再開させた。