45. 新たな力
荷物持ちをさせていた少年少女の大半は、才牙から貰った報酬で荷物持ちを卒業した。
そんな新たな人生を始める資金を手にしたのにもかかわらず、荷物持ちを続行することを決断した者もいる。5人の少年少女――その中には、才牙が荷物持ちの交渉をした、あの少年の姿もあった。
「意外だな。お前なら、金がなくても、どこに行っても、やれそうな気がしたが?」
才牙は仲間と5人の荷物持ちと共に迷宮の道を歩きながら、最後尾で例の少年に話しかける。
ここで少年は、才牙への感謝と苦笑いが半々な表情になる。
「皆が新たな道を歩きだしましたけど、僕は貴方がなにをするかが気になってまして。それと荷物持ちしかできない子たちを雇い続けてくれる恩もありますし」
他の4人が気になるからという理由を知って、才牙は奇特な者を見る目を向ける。
「自身の人生を浪費してまで、他者を気にかけてやる必要があるのか?」
「一度関りを持ったら結末まで見たい、という気持ちは同然じゃないですか?」
「気持ちはわかるが、俺のような悪人と関わり続ける判断はミスでしかないぞ」
才牙は、オークが出てくる地点に差し掛かり、周囲に他の人間がいないことを確認すると、話していた少年の首筋に手を伸ばす。その手には封入缶があり、その先端が少年の首に押し当てられた。
「? なにを――ぐがッ!?」
まったくの無警戒だった少年は、封入缶を押し当てられた瞬間から、急に苦しみだした。その体の周りには、多種多色の煌めきがまとわりついている。
いや、煌めきというには光量が少なく、ほんのり光る程度の輝きである。
才牙やシズゥが変化するときと明らかに違う光量には、ちゃんとした理由がある。
「さて、いままで集めたエッセンスを少量ずつ入れた封入缶だ。その体に適応するエッセンスがあるのなら、身体に変化が現れるはずだ」
才牙の言葉通り、少年の体に何種類かの輝きが入り込んだ。その瞬間、少年の肉体が変化する。
「喉が――」
少年は喉を押えて蹲る。やがてその口から、キンッと耳を劈く音が漏れた。
その変化を見て、才牙は少年がなんのエッセンスに適合したかを理解した。
「音波狼の音圧と、魔蝙蝠の超音波だな。なるほど、2種類に適合する者もいるのか」
才牙は納得すると、少年の周りにある輝きが消えた瞬間に、音圧と超音波の封入缶を白衣から取り出して少年に押し付けた。
今度は少年は苦しむ様子もなく、2つの封入缶から出ててきた煌めきが身体に入っていく。
「――、――」
少年は何か言葉を口にしているようだが、その言葉は高音域過ぎて聞こえない。
才牙は少年に手を貸して立たせると、落ち着けと身振りする。
「今のお前の声は甲高くなっているから、普通に話そうとするな。少しだけ声を野太くする感じで喋れ」
才牙が言った通りにすると、少年の声が戻ってきた。
「――あ、ああー。なるほど、元の声になりました」
大変な目にあったと言いたげな少年に、才牙は悪い笑顔を向ける。
「そう怒るな。お前には新たな力が備わった。試してみるといい」
才牙は背後から襲いにきた鱗猪を蹴りで吹っ飛ばすと、少年の肩を抱き寄せて耳に口を近づける。
「お前の口は、既に兵器になっている。思いっきりの大声を、あの猪に叩きつけてみろ」
「え、え!?」
少年は才牙の言っている意味が分からないようだが、言われた通りにはやってみる気になったようだ。
少年は大きく息を吸い込むと、眉間に皺を寄せて全身に力を入れながら、鱗猪へ向かって大声を出す。その喉には黄色い輝きが発生している。
「―――― ―――!!」
ビリビリと空気を震わすほどの大声が発せられているはずなのに、その声はまったく聞こえない。
しかし声の先にいた鱗猪は、なにかに突き飛ばされたように吹っ飛んで壁に激突し、すぐに塵となって消えた。
「――こ、これは?!」
「お前の声が武器になったということだ。しかし、音圧は少し相手を怯ませるぐらいの効果しかなかったはずだが、超音波と組み合わせると効果が上がるのか。出来れば重低音のエッセンスを入手して、適合するか、適合したらより音圧が強力になるのかも試したいところだが」
才牙は少し考え、新たな封入缶を白衣から取り出す。
「音波索敵のエッセンスだ。身体に適合はしないようだが、使えるはするはずだ。試しに周囲を超音波で探ってみてくれ」
「え? あ、はい」
少年は、何度も使用された経験から、おおよそで封入缶の使用法を掴んでいた。手渡された封入缶を首に押し当て、発生した煌めきが喉にまとわりつくのを待ってから、意識して甲高い声を上げた。
「――――」
キンッと耳を突く音が口から発生した直後、少年の目が見開かれた。
「すごいですよ。かなり遠くの地形まで、ハッキリと分かります。声が届く範囲にいる魔物もです」
「思った通りだな。しかしだ」
一度周囲を索敵しただけで、音波索敵のエッセンスの煌めきは消えてしまっている。これは常に周囲の状況を探るということが難しいという証拠だ。
「いや、あえて音波索敵のエッセンスで変化させれば、周囲の状況は探り放題にできるな。そのためには、ブレスレットが必要になるな」
どうしたものかと、才牙は考える。
実を言えば、エッセンスブレスレットは2つ新たに作って持っている。
しかし、他の4人の荷物持ちの中に、この少年以上に有用なエッセンスの適合者が現れるかもしれない。
その可能性を考えると、早々にブレスレットを渡すことは躊躇われた。
「先ずは確認してからだな」
才牙は悪い笑みを浮かべると、次の休憩のときに荷物持ち全員にエッセンスの適合を試す気になった。
音圧と超音波のエッセンスに適合した少年という実例がある。
新たな力に目覚めると知れば、4人荷物持ちも嫌とは言わないだろう。
そう才牙は確信していた。
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