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44. 一時撤退

 迷宮の奥へと進んでいた、才牙たち。

 しかしある地点から先には進めなくなっていた。

 その理由は、手強い魔物たちが数多く襲来してくることと、その魔物たちがエッセンステイカーで何度か攻撃しないと倒せなくなったからだ。


「1撃で倒せない理由は、ここら辺の迷宮の魔物が保有するエッセンスの量が1度で吸いきれないこと。その分1匹倒すだけでも、それなりの量が回収できはする」


 才牙は状況を冷静に読み解きながら、今回の迷宮行はこの場所が限界点だと判断した。


「エッセンステイカーの改良も必要だが、やはり戦える人数が少ないことも問題だな」


 現状で才牙たちは、少年少女たちを含めて34人いる。

 その大人数に比例して、迷宮の魔物も集団で襲撃してくる。

 しかし才牙たちの中で戦えるのは、才牙、アテタ、シズゥの3人だけ。ミフォンも戦えはするものの、神聖魔法使いは積極的に戦う役割じゃないため、数に入っていない。

 この攻撃担当の少なさは問題だった。

 だが、この程度の問題は、少し考えればわかるような類のもの。

 悪の秘密結社で悪の科学者をやっていたほどの、才牙が考え付かなかったのか。

 実をいえば、そんなことはない。

 ある程度、迷宮を進んだところで行き詰ることは、才牙の予想の内。

 なにせ今回の迷宮行の目的は、迷宮を最後まで進むことじゃなく、エッセンステイカーの使用具合と初めて出くわす魔物からエッセンスを回収することと、大人数で迷宮に入った際の魔物の数の把握だ。

 つまるところ、この地点に来ている時点で、大まかな目的は達成できていた。


「しばらくエッセンスの回収に勤しんだ後は、撤退するとしよう」


 才牙は目的は適っていると判断し、自分自身のとシズゥのエッセンステイカーの封入缶がエッセンスで満杯になるまで魔物を倒した後は、迷宮を脱出することにした。

 そして時間が経ち、いよいよ戻るという段階で、才牙はシズゥに新たな命令を下す。


「シズゥ。変化して倒せ」

「わかったです! 」


 シズゥがエッセンスブレスレットに再建のエッセンスが入った封入缶を差し込み、赤黒い煌めきがブレスレットから溢れだす。

 その煌めきはシズゥの身体を包み込み、そして身体のシルエットが出る全身タイツ状の戦闘服と、チャック口のヘルメットの姿へと変化した。


「噛み倒すです!」


 シズゥは両手のエッセンステイカーを掴みなおしつつ、敵に突進。両方のエッセンステイカーを突き刺し、そして口元が開閉するヘルメットでの噛みつきを行った。

 その3撃で、相対していた魔物は消滅する。


「いくです、いくですよ!」


 シズゥの暴虐は続き、変化前は苦戦していたとは思えないほどに、あっさりと魔物の集団を殲滅してしまった。

 少年少女たちは、突然姿が変わったシズゥとその戦いっぷりに唖然とした様子だったが、地面に落ちている消滅した魔物から出た品々を目にして我に返り、大慌てで回収作業に入る。

 すっかりと荷物の中に品々を修めたのを確認して、才牙は撤退を指示した。



 変化したシズゥの戦闘力もあり、行きより半分の時間で、才牙たちは迷宮から脱出した。無論、ゴブリン程度が出てくる浅い場所まできたところで、シズゥの変化は解いてある。

 迷宮の出入口から、ぞろぞろと30人以上で出てくる才牙たちを、他の冒険者たちがギョッとした目で見る。

 その目の中には『生きていたのか』と問いたげなものもあったので、恐らくは迷宮に入っていた数日の間に死亡説が流れていたのだろう。

 才牙はその視線に気づきながらも無視し、冒険者組合の建物へ。そして少年少女たちに運ばせていた荷物の中から、消滅させた魔物から得た品々を売り払う。


「量が量ですので、少々お時間を頂くことになりますが、宜しいでしょうか?」

「ああ、構わない。こちらも久々にちゃんとした料理が食べたいから、少し外に出るが構わないか?」

「そういうことでしたら、こちらの割符をお持ちください。食事が終わるころには、査定も終わっているはずですので、その割符と引き換えに報酬をお渡しします」

「頼んだ」


 才牙は職員との会話を終えると、疲労と安堵に満ちた表情の少年少女たちを伴って、冒険者組合近くの食堂へと入った。


「さて、迷宮行を終えた打ち上げだ、腹いっぱいに食べるといい」


 才牙が適当に音頭を取った後、各々が料理に手を付け始める。

 才牙、ミフォン、アテタはメイン1皿に薄いビールを頼んだ。シズゥは満腹定食と名付けられた、大きな黒パンとスープのセット。

 少年少女たちもシズゥと同じものを頼み、そして運ばれてきた料理を食べ始める。

 しかし少年少女たちは、迷宮行は安全だったとはいっても、体力と精神がすり減っているようで、食べっぷりに陰りがでている。

 迷宮に入る前日は勢い良く食べていたのに、今は咀嚼に力がなくて嚥下もし難そうにしている。

 少年少女たちが食事をゆっくりと進めている中で、シズゥは何時もの調子で食べ進めていた。


「戦ったり変化したりで、お腹減ったです。おかわりです!」


 膨らみが乏しく硬い黒パンを噛みちぎり、スプーンでスープを具材ごと口の中に押し込み、あっという間にお代わり分が消失する。


「おかわりです!」


 シズゥは嬉々として食べて行くが、その近くで食べっぷりを見せられた少年の1人が顔色を青くしている。どうやらシズゥの食べっぷりを見て、変に満腹感を覚えてしまったようだ。

 しかしまともな料理を口にする機会は逃したくないのだろう、その少年は青い顔のまま自分の分の料理を口に運び、必死な表情で噛んで飲み込んでいく。

 そうして、シズゥは嬉々として、少年少女たちにとっては苦行に近い食事が終わった。

 膨れた腹と青白い顔色になった少年少女たちを引き連れて、才牙は再び冒険者組合へ。

 割符を職員に見せると、迷宮から回収してきた品々の査定が終わっていたようで、すぐに報酬を手にすることができた。

 渡された報酬は、金貨数枚と銀貨銅貨が何十枚も。

 才牙は金に困っていないので、詳しく数える事もせずに回収だけした。そして報酬を手に戻ると、少年少女たちを呼び寄せた。


「さて、お前らに質問だ。今後、冒険者としてやっていく気でいる奴は、どれだけいる?」


 才牙の唐突な問いかけに、少年少女たちは困惑した様子ながらに30人いるうちのおよそ半数が手を上げる。

 才牙は挙手した連中を横に分けると、手を上げなかったおよそ半数に新たな質問を行う。


「冒険者にならないお前たちは、どうして荷物持ちをしてでも金を欲しいと思ったんだ?」


 才牙が質問すると、そろそろと返答が返ってきた。

 多くが金を得て食べるためだと答え、少数が将来の目標のためだと答えた。

 将来の目標とはと尋ねると、どこぞの職人の弟子や商会の丁稚になるためには、少額ながらもお金が必要だという。


「金を稼ぐ前に、金を納めるのか?」


 元の世界の常識だと詐欺ではないかと疑いたくなるが、事情を聞いてみると納得のいく理由があった。

 どうやらこの世界では、弟子や丁稚になるために金を払うことで、『これだけのお金を払える能力ないしは家族が、私にはある』と証明できるらしい。

 そして職人や商会は、払われた金額に応じた期間、その人にちゃんとした教育を施すそうだ。仮にその職業に才能がないと分かった際には、才能がありそうな別の職業に斡旋したりもするという。

 つまるところ、最初に金を払うのは、技術やノウハウを学ぶための授業料というわけだ。


「変な仕組みだが――いや、不要な人物を弾くための措置と考えれば、ありかもしれないな」


 少なくない金を払う必要があるからには、その道に進みたいと思う人間だけが門扉を叩くことを決める。どこかで働ければ良いという志の低い者は、少々のお金惜しさに就職を諦めるに違いない。

 そして職業に熱意ある者だけを集めた集団は、その熱意を持たない集団より良いパフォーマンス発揮するであろうことは予想できることだ。

 よくよく考えてみると、職人や商会に金を払って雇ってもらうことは、利点がある行為だった。

 それはともかくとして、才牙は答えを聞いて決断した。


「よし。冒険者になりたい奴らには装備を、職に就きたい奴には支度金を渡してやろう。生きるためと答えた奴は、このまま荷物持ちに雇い続ける」


 才牙の宣言に、少年少女たちはなにを言われたかわからない様子だ。しかし遅まきながらに理解したらしく、急に顔を輝かせ始める。


「武器をくれるのか!?」「支度金って、お金ってこと!?」

「ああ。お前たちが荷物持ちをして、迷宮で拾い集めた物を売った金だ。お前たちにも受け取る権利はあるからな」


 才牙は作り笑顔で答えると、少年少女たちを連れて冒険者組合の外へ。そして先ずは、初心者冒険者用の装備が売っていそうな武器屋へ向かい歩いていく。

 そんな才牙と少年少女たちの後ろ姿を、ミフォンは心配そうに、アテタは微笑ましそうに、シズゥは興味なさそうに見ていた。


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― 新着の感想 ―
[一言] 食事にありつけるだけではなく今日の稼ぎから分け前を貰えるとは思ってなかったでしょうねえ さて、どれくらいが残りますかねー
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