43. 迷宮の奥へ
泊りがけの迷宮行は順調に進んだ。
シズゥが、その身のこなしの巧みさと、短剣状のエッセンステイカーの2本使いで、あっという間に魔物を倒してしまう。それこそ、荷物持ちの少年少女30人を引きつれての移動のため、迷宮の特性で魔物が多く出てきているが、それでも問題ない。
むしろ多く魔物が来てくれるため、迷宮の魔物から集めるエッセンスや、消滅した魔物が遺す物品を多く入手できるため、有り難いほど。
「これで、一杯になった封入缶の交換は終わったぞ。また頼む」
「頼まれたです!」
整備を終えたエッセンステイカーを手に、シズゥは嬉々として現れた魔物へと跳びかかった。
アゥトの町周辺では強力な魔物とされていた、オークを始めとする種類の魔物が、あっという間に消滅していく。
連れている少年少女たちも迷宮に慣れてきたようで、シズゥが魔物を消し終わるや否や、魔物が消滅して現れた物品を回収し始めている。
多量に現れる魔物が落とす物を、ここまで一つ残らず拾い集めてきたためか、少年少女たちのバックパックの余剰が心許ない状況になってすらいる。
「金には困っていないのだから、捨ててしまってもいいんだがな」
才牙はそう考える。
だが、少年少女たちからすると、折角の売れるものを捨てるのは勿体ないと考えてしまうのだろう。バックパックの中身を整理して余剰を作り出し、その空きに詰め込むようにしている。
少年少女たちが躍起になっている理由は、才牙が魔物が落とす物品に興味を示していない点もあるだろう。
つまり、迷宮から戻った際に、才牙がそれら物品を売却して得た金を、少年処女たちに与えてくれるんじゃないかと期待しているのだ。
才牙は、そんな少年少女たちの思惑に気づき、むしろそれぐらいで満足してくれるのならと放置することにした。
そんなこんなで迷宮を奥へ奥へと進んでいっていたところで、アテタから注意が飛んできた。
「ここら辺から先は、より強い魔物が現れる場所になるわ。気を引き締める必要があるわ」
アテタが語るところによると、新たに現れる魔物は5種類。
おとぎ話の赤鬼のような姿形をしている、オーガ。天然の鱗鎧を纏う人型爬虫類の、リザードマン。取り込んだ物を強酸で溶かす粘液生命体、スライム。噛まれると病気や毒を貰うことがある、魔蝙蝠。突撃の威力で敵をなぎ倒しにくる、一角猛牛。
それら初めて聞く魔物の情報に、才牙は新たなエッセンスの予感に胸を高鳴らせる。
「惜しむらくは、それらの魔物が迷宮の魔物であることか」
迷宮の魔物は、外の魔物と違ってエッセンス成分が薄いため、1匹狩っても実用に足る十二分なエッセンスの入手が出来ない。
エッセンスを必要量集めるには、どうしても何度となく戦う必要が出てきてしまう。
才牙の目的は、魔物からエッセンスを集めて、元の世界の帰還に生かせそうなものを探す事だ。
その目的から考えると、などとなく魔物と戦う必要があることと、エッセンステイカーで集めたエッセンスは分離作業が必要なため、どうしても手間が多いと感じざるをえない。
「迷宮の外にいる魔物を狙うべきか。いや、色々な魔物を倒しに行く移動時間を考えるなら、迷宮の方が効率が良い可能性も……」
才牙が考えに入っていると、新たな魔物が出現した。
アテタが忠告した魔物でもある、オーガらしい赤い体表の2メートルを越す人型魔物が数体。複数のゴブリンや狼を引き連れて登場だ。
「やってやるです!」
それらの魔物を目にした瞬間に、シズゥが飛び出してエッセンステイカー振るい始める。
ゴブリンや狼を一撃一殺しながら進み、やがてオーガだけが残った。
シズゥは初対戦の相手とあって少しだけ様子見をしていたが、すぐに斬りかかりにいった。
「くらえ、です!」
シズゥはオーガの1匹の腹に、深々とエッセンステイカーを突き刺した。
ここまでの魔物なら、この1撃で消滅していた。
しかしオーガは、1撃では消滅しなかった。
「グオオオオオオオ!」
腹を刺された恨みの声をあげて、オーガが巨大な拳を振るう。
シズゥは1撃で殺せると油断していたのか、その攻撃をまともに食らってしまい、後ろに吹っ飛ぶ。
その光景に、荷物持ちの少年少女たちは、この場所が死の危険がある迷宮の中であることを、改めて芋い出したようだった。
「「ひぃやああああ!?」」
少年少女たちが悲鳴を上げる中、シズゥは殴り飛ばされた直後に再びオーガへと戦いを挑んでいく。
「痛かったんです!」
身体に再建の力である赤黒い煌めきを纏わせながら、シズゥは腹に短剣が刺さったままのオーガに再攻撃。2本目のエッセンステイカーが叩き込まれた。
2本のエッセンステイカーを受けたオーガは、ようやく消滅した。
「2回で死ぬとわかれば、こっちのものです!」
シズゥは改めて2本のエッセンステイカーを左右の手で握り直すと、残りのオーガへと斬りかかる。
オーガたちも仲間が殺されて怒りの声を上げながら、シズゥに殴り掛かる。
そうして戦いは、シズゥに軍配が上がることになる。やはり2撃で消滅させられると分かったことが、勝敗を左右していた。
「ふぅ、危なかったです」
倒された数体のオーガから出てきたのは、大ぶりの魔石と小袋だった。
才牙は魔石を少年少女たちに拾わせる一方で、小袋を拾ってみた。
小袋は紐で縛られていた。開いてみると、中には丸薬が数粒入っている。
「漢方のような臭いがするが、嗅いだことのない臭いだ。なんの薬だ?」
才牙が興味を示していると、アテタが説明してくれた。
「それは、オーガの強化薬と呼ばれているものよ。1粒飲めば、元気いっぱいになって、力も上がる薬なの」
「ブーストドラッグの類か。身体に悪そうだが、効果は確かなのか?」
「ええ。迷宮の深くに行く冒険者なら、オーガのだけじゃなく、他の強化薬をお守りにそれぞれ1服持っていることが嗜みよ」
「なら、錬金術で作れるよう解析してみるか」
才牙はなにげない口調だが、その口元にはなにか企んだ笑みがある。
その笑顔を横で見て、ミフォンはまた悪い事が起こりそうだと危惧する顔つきをしていた。