42. 迷宮に入り
少年少女に食事を奢った、その翌日。
才牙の下には、合計で30人の荷物持ちの少年少女の姿があった。
「できるだけ連れてこいってことだったから、こんな大人数になったんだんですが……」
昨日交渉をまとめていた少年が申し訳なさそうに言ってくるが、才牙は気にしていなかった。
「人数は予想の内だ。これから買出しに行き、その後で迷宮に入るぞ」
才牙は軽い口調で告げると、30人の少年少女を3組に分けた。
冒険者組合で、保存食や傷薬や俗に冒険者キットと呼ばれている道具一式を買い込む組。
食料品店で、生鮮食品や飲み水などを買いに行く組。
商店で、迷宮で寝泊まりするのに必要なテントや寝具を買う組。
冒険者組合に残る組はシズゥに、食料品店へは才牙とミフォン、商店へはアテタが主導して買うことにした。
それぞれの組が、各々の役割を果たして、迷宮の入り口で集合する。
その入口の脇で、買い込んだものを少年少女たちのバックパックに再配分していく。
そんな才牙たちの様子を、迷宮に入っていく冒険者たちは奇異な目で見ている。
それもそうだろう。他の冒険者たちは、多くても6人で組んでいる。才牙たちのように30人規模で組む人などいないのだから。
「よし、準備は終わりだ。迷宮に入るぞ」
才牙が宣言して、30人を越える一団が迷宮へと入る。
シズゥとアテタが前を歩き、真ん中が少年少女たち、最後尾に才牙とミフォンという隊列で進んでいく。
しばらく歩いていると、魔物と出くわした。
「人間が集団で迷宮に入ると、襲ってくる魔物の数が増えると聞いたが、本当のようだな」
才牙が呟いた通りに、出くわした魔物の数は10匹を越えていた。しかも複数種類の魔物が混在した状態で。
迷宮に入ってすぐで、この数だ。
これから先、さらに迷宮の奥へと入っていった際に、どれだけの魔物が襲来してくるのか。
そんな予想をしたのだろう、少年少女たちは一様に顔色を青くしている。恐らくは、上手い話に乗せられて迷宮に入ってしまったことを後悔しているのだろう。
しかし才牙はもとより、隊列の先頭を歩くシズゥも状況を楽観的に捉えていた。
「このぐらい、パパッとです」
シズゥが前にでると駆け出し、両手にある短剣を魔物へと振るっていく。
一撃毎に魔物が消滅していき、そして1分と経たずに全ての魔物が消え去った。
あまりの呆気ない光景に、顔色を青くしていたはずの少年少女たちはなにが起きたかわかっていない顔になっている。
そんな彼ら彼女らに、シズゥは振り返りながら声をかける。
「ほら、仕事するですよ!」
シズゥに言われて、少年少女たちは我に返った。そして、バックパックが空な数人がシズゥへと近づき、倒された魔物が落とした物品を拾い集めていく。
拾得を終えると、再び歩き出す。
魔物が集団で現れ、シズゥが倒し、少年少女が拾い集める。時折、隊列後方から襲われるときもあるが、それは才牙が長剣状のエッセンステイカーで切り倒す。
そのサイクルが、十数分毎に繰り返されていく。
そうした順調な迷宮行により、少年少女たちは緊張から解き放たれ、魔物を警戒しての小声ではあるが仲間同士でお喋りを始めている。
その会話の話題は、シズゥと才牙が持つエッセンステイカーだ。
「なあ、魔物が1撃なのは、あの武器だろ」
「すげえな。あれさえあれば、おれ達だって」
「バカ。あんな凄い武器、どうせ魔剣だろ。おれらの稼ぎじゃ、一生かかっても買えねえよ」
「分かってるって。でも夢見るぐらいはいいだろ」
こそこそと話しているが、才牙の耳にはちゃんと入っている。
才牙は頭の中で、この少年少女たちのエッセンステイカーを渡す必要があるかどうかを考える。そして不必要だと判断を下した。
エッセンステイカーの役割は、エッセンスで体を構成している迷宮に出る魔物から、エッセンスを収集すること。
そうして集めたエッセンスは、後で錬金術で種類を分離する。
その作業を考えると、エッセンスを集めるエッセンステイカーの数は少ない方が作業が楽だ。
それになにより、少年少女たちにエッセンステイカーを配っても、シズゥのようには戦えない。
下手に魔物と戦わせて傷を負わせてしまった場合は、治療や介護という新たな手間も増える。
考えれば考えるほどに、少年少女たちにエッセンステイカーを渡す意味を、才牙は見出せなかった。
順調に迷宮行は続き、食事含みの昼休憩を経て、さらに迷宮の奥へと行き、就寝含みの夜休憩の時間になった。
「ふいぃ~。よく戦ったです」
この場所に至るまで、シズゥは戦い通しだった疲れを表すかのように地面に座り込んだ。
その周りでは、少年少女たちがテキパキとテントの組み立てなどの陣地構築に励んでいる。
手際よく準備を整えられているのは、恐らく他の冒険者たちに荷物持ちとして連れられた際に教わったからだろう。
才牙は寝床を作り上げていくこの作業を見て、少年少女たちを連れてきた甲斐があったと納得していた。
「さて、料理を作っちゃいましょうか」
そう音頭を取ったのは、アテタ。
少年少女たちが運んできたバックパックの1つを開けると、大鍋と炭を取り出した。
そして魔法で炭を発火させると、大鍋の周りに置いていく。
水は少量、水分を含んだ新鮮な野菜は大量に、そして塩漬けの肉を適度に。
具材を入れ終えると、あとは蓋を置いて、その上に重しを乗せて放置だ。
かなりの大雑把な料理に、才牙は眉を寄せる。工夫を凝らした現代料理に慣れている目では、信じられないほどの手抜きに見えたのだ。
しかし、ここは迷宮の中。ちゃんとした料理を期待するのは酷というもの。
才牙もそう考え直したが、それでももう少し料理の仕方があるんじゃないかと考えてしまう。
「コンソメキューブ、ないしはシチューのルーを開発するべきか。うま味調味料なら、食材からうま味成分を抜き出せばいいだけだから、錬金術で作り出せそうだが」
前の世界では当たり前にあったもののため、才牙はこの世界でも手に入ると思っていた。
しかし実際に買出しに行ってみると、そういった便利な調味料は売っていなかった。
手軽に料理を美味しくできるのならば、開発に着手するべきではないか。
そう才牙は考えてしまう。
それが贅沢な考えであることは、食事が始まった際の少年少女たちの反応を見ると理解させられる。
「うめえ! 久しぶりの温かい飯だ!」
「萎びてない野菜って、こんなに美味しいんだ……」
「スープがあるのに、携帯食料も1食分くれるなんて、幸せだ」
嬉々と食べている少年少女たちに、才牙は鼻白む。
才牙にとって今回の食事は、最低限を割り込むレベルで酷いものだ。
スープには碌な味付けもなく、うま味も乏しい。携帯食料は、栄養とカロリーだけ優秀な最悪な食感と味。その2つが組み合わさり、食事を止めたくなるほどの辟易とした気分にさせられる。
元の世界に戻るという目標のために我慢できているが、食事する気分の下降はどうしても止められない。
しかし才牙以外は、少年少女たちはもとより、ミフォンとアテタも大した不満もない様子で食べている。
そうした光景を見て、才牙は自分が贅沢なのだと自覚すると共に、やはりうま味調味料だけでも開発するべきだと確信したのだった。