41. 食堂にて
冒険者組合の近くにある食堂。
そこに荷物持ちを生業としている少年少女10人を、才牙は連れてきた。
そして食堂の店主に銀貨をひと掴み分、手渡した。
「これで、あいつらに腹いっぱいになるまで料理を食わせてやってくれ」
店主は才牙に、お人良しめ、と呆れた目を向けて料理作業に入る。
程なくして少年少女たちの前に、頭ほどもある深い木のボウルに入れられた、野菜やら肉やらが炒められた料理が置かれた。
才牙はシズゥに料理を渡すときに、興味からボウルの中身を観察してみた。
「根野菜多めに、端材の肉を炒め、調味料で味付けしたものか。それを炊いた丸麦に乗せているのか?」
「才牙さま、才牙さま!」
「悪い。ほら、食べていいからな」
「やった、です!」
才牙からボウルを受け取って、シズゥはスプーンを手に料理を口に運んだ。大口いっぱいに頬張って、口をもごもごとさせると、丸麦が嚙み潰されるプチプチとした音が出ている。
シズゥが食べたのを見て、少年少女たちも食べ始める。あまり食事を取れていなかったのか、大半は勢い良く食べ始め、シズゥのように料理で口をいっぱいにしている。
しかし頭ほどの大きさのある、深いボウルに入れられた料理だ。その量は、大食いチャレンジかというほどある。
シズゥは大食漢なので問題なく食べ進められているが、少年少女たちは乏しい食環境から胃が小さいのか3分の1も食べ終わらないあたりで手が止まってしまう。
その光景を見て、才牙は口元に企みの笑みを浮かべる。
「ちょっといいか?」
才牙は、冒険者組合で交渉を引き受けていた少年に近づき、声をかけた。
食べすぎで胃に血が回っているのだろう、少年は青い顔で振り返る。
「な、んです、か」
苦しそうに言葉を放つ少年の首元に、才牙は問答無用でいきなりエッセンス封入缶を押し付けた。
その光景を、才牙が少年を刃を刺したと勘違いしたのか、他の少年少女たちが席から腰を浮かせて逃げる素振りを見せる。
しかし、少年の体が煌めきに包まれ、やせ細っていた体が徐々に肉付き良くなっていく光景に、逃げる動きを止めてしまう。
やがて煌めきが消えると、そこには街で暮らす普通の子供と同じぐらいには、肉付きが良くなった少年がいた。
「これは、いったい?」
少年が呆然としながら、自身の肉体を観察する。
才牙は、再建のエッセンス封入缶を引き戻しつつ、少年に尋ねる。
「おい。腹具合はどうだ? これでまだ食べられるようになったんじゃないか?」
「えっ!? そういえば……」
少年は自身の腹を撫で、もう入らないと思うほど膨らんでいたお腹が萎んでいることに気付く。
才牙は企んだ笑顔から満面の作り笑顔に表情を変え、少年の頭に手を置いて撫でる。
「よし。じゃあ残さず食え。腹いっぱいになったら、また同じことをやってやる」
「え、あ、はい」
少年は自分の体に起きた現象を不思議がりながらも、料理を再び食べ始めた。
健康そうに変わった少年の姿を、他の少年少女たちは不思議そうにしているが、次の才牙の言葉で我を取り戻す。
「お前らも、同じことをやってやろうか? 不安に思うのなら、拒否しても良いぞ?」
才牙の提案を、少年少女たちは挙って受け入れた。
こうして、大量の料理を胃に詰め、腹いっぱいになったら再建のエッセンスを受けて体を健康な状態に戻し、再び料理を食べるという循環が始まった。
やがてボウルの料理が全て食べ終わる頃には、食堂に来たときとはうって変わり、血色も肌艶も髪質も良くなった少年少女たちが幸せそうな顔で膨れた腹を撫でていた。
ちなみに、シズゥは再建の力が体に宿っているためか、ボウルの料理をペロリと平らげた後、同じ料理を2杯もおかわりしていた。
少年少女たちが食休みを行っている横で、才牙は注文していた酒のつまみになる味の濃い料理を口にしながら、ミフォンの詰問にあっていた。
「あの子たちにエッセンスを使うだなんて、どういう気?」
「あれは、先行投資だ。あいつらの姿をみれば、あいつらが声をかけて子供たちが集まりやすくなるだろうとな」
「お腹いっぱいに料理を食べられて、ああして健康そうな体つきになれると知ったら、食い詰めている子供たちが集まってくるってこと?」
「子供の積載量は限られているからな。泊まる装備を持っていくにも、迷宮で拾い集める物のためにも、数が必要になる。そのための撒き餌だ」
「……才牙の行動が純粋な好意からのものじゃないと知って安心するだなんて、私もどうにかしているかな」
ミフォンは自身の心情の変化に、肩をすくめて嘆いている。
才牙はその感想に取り合わず、既に次のことについて考えを巡らせていた。
「アテタ。あの少年少女たちは荷物持ち用のバックパックを持っているようだが、あれで十分か?」
「うーん。多分、捨ててあったものを繕って使っているみたいだから、資金に余裕があるのなら買い換えたほうが無難かしら」
「使用に耐えないと?」
「耐えないことはないだろうけれど、才牙様はあの子たちを連れて迷宮の奥へ行く気なのよね?」
「ああ。泊りがけにならない近場なら、あいつらを連れて行く意味がないからな」
才牙が少年少女たちを使う気でいるのは、迷宮を何日も泊まり歩いて奥まで行き、まだ知らぬ魔物のエッセンスを入手したり迷宮の宝物を得るためだ。
その予定を知っているためか、アテタは難しそうな顔になる。
「迷宮の奥で布地が破れて中身が出ちゃったら、拾い集めるのに手間がかかっちゃうわ」
「物資を集めている間は、その場に留まることになり、魔物に狙われる危険度が上がる。そうならないためにも、新しいバックパックの支給はしておいた方がいいわけか」
「才牙様があの子たちを使い捨てにするのなら、気にしなくていいかもしれないけれどね」
使い捨て――つまり迷宮の中で少年少女たちが魔物に襲われる際に見殺しにするなら、殺された少年少女のバックパックを回収していれば、もし布地が破れた際には回収したバックパックを使わせることができる。そうする気なら余計な金を使う必要はなくなる。
しかし才牙は、少年少女たちをイタズラに消費する気はない。
「人間は――特にこの世界の人間は、まともに使えるようになるまで誕生から10年も時間がかかる。そんな時間効率の悪い生き物だ。簡単に使い捨てにしては資源が枯渇する」
「貴重な資源だから、丁寧に使いたいってことかしら?」
「人間ほど、使い方次第で玉にも石にも成れる存在は稀だ。的確に配置できる俺ならば、取るに足りない人間を巨万の富を生む存在に変えることだってできる。本当にどうしようもない人間でも、改造して怪人にするという手も使えるしな」
「あの子たちも例外じゃないってことね?」
「真面目に働く気はありそうだから心配していないが、人間という存在は魔が差すときがあるというしな。そのときは、魔に屈した責任を取ってもらうことになるだろう」
才牙の予言めいた言葉に、アテタはそんな未来が来ないことを願った。