40. 提案
冒険者組合に入った、才牙たち。
ミフォンとアテタに魔物が焼失した後に落とすものの売却を任せ、才牙とシズゥは組合建物の中を見回す。
「才牙さま、あれじゃないです?」
「そのようだな」
2人が見つけたのは、大きなカバンを背中に背負っている少年少女10人ほどの集まり。
彼ら彼女らは建物内の隅の一画の床に座っていて、時刻は夕方になりつつあるが、家に帰る素振りすらない。それどころか、10人のうちの何人かは座った状態で寝ている。
恐らくは帰る家がないうえに金欠で宿にも泊まれないため、止むに止まれずで組合建物の一画で寝泊まりしているんだろう。
10人全員が寝ていないのは、他の冒険者から声をかけられるのを待っているからというのもあるだろうが、寝ている少年少女は待ちつかれて居眠りしているだけという体裁を取っているからだろう。
なにせ冒険者組合は宿屋じゃなく、冒険者のサポートをする場所だ。そんな建物内で寝泊まりしようとする人間は邪魔でしかないのだから。
しかし、少年少女たちが寝泊まりしている事実を組合側は知っているはずなのに、職員はチラリと見やるだけで放置して排除しようとはしない。
冒険者たちも同じで、少年少女たちを視界には入れても、積極的に関わろうとしていない。
では何も気にしていないのかというと、それも少し違う様子だ。
それこそ、才牙とシズゥが少年少女たちに近づこうとすると、職員と冒険者たちから見咎める視線を向けられているぐらいなのだから。
「おい。少し話がしたいのだが?」
才牙が呼びかけると、起きている少年の1人がパッと顔を上げた。
「はい。なんでしょう。荷物持ちの依頼ですか!?」
応対する少年の顔はこけていて、七分袖と七分丈の衣服から見える手足にも脂肪が薄い。しかし筋肉は少しはあるようで、荷物持ち程度ならできそうな体格はしていた。
才牙は観察を終えると、視線を少年から別の少年少女へと向ける。
どの面々も似たり寄ったりの体格で、持ち運べる重量に差があるようには見えない。
「ふむ。まあ、荷物持ちの依頼ではある。迷宮に泊りがけで入る予定を立てているので、寝泊まりする装備や食料、そして魔物が落とす物を集めて運ぶ者が必要としている」
「そ、それじゃあ、何人か雇っていただけるわけですね?」
少年が期待を膨らませている目で見つめてくる。何人か雇ってくれるかもと期待して、寝ていたはずの少年少女も起きて期待する顔つきになる。
ここで才牙は、満面の笑顔を作る。
「そうとも。かなりの人数を雇いたい。お前たちの仲間は、どれほど居るんだ?」
「どれほど? ここにいる全員じゃ足りないってこと?」
「ああ。出来るだけ多くの人数が欲しい。泊りがけといっても1泊2日じゃない。何日も迷宮に入る予定だ。お前たちが持てる程度に、運んで集める荷物は収まらないだろうからな」
大量雇用の誘いに、10人中9人は希望を得たような表情になる。
しかし残りの1人――才牙と応対している少年だけは、訝しみを感じたようだった。
「本当に、集められるだけ集めていいの? 声をかけたら30人ぐらいは楽に集められるけど?」
「いいとも。それだけの人数がいれば、荷物を大量に集められるだろうしな」
「大人数で迷宮に入ると、襲ってくる魔物の数も多くなるって噂があるのに?」
「ほう、それはいい。多くの魔物と戦う必要があるからな。願ったり叶ったりだ」
「……迷宮に入っている間、ちゃんと飯は食わせてくれるんだろうな」
「携帯食料でいいのならな。なんなら手付けとして、いまからお前ら全員に食事を奢ってやろうか?」
才牙が作り笑顔のまま告げると、応対している少年以外から声が上がった。
「ごはん、くれるの!?」
「ほんとう!? 働いてないのに、たべていいの!?」
「いいぞ。沢山食べさせてやろう」
才牙が安請け合いすると、9人の少年少女の目が、応対していた少年へと向けられた。
期待と食欲に満ちた目で射貫かれて、少年は疑念を棚上げすることを選んだようだ。
「ごしょうばんに、おあずかりします。旦那」
「難しい言葉を使わなくていい。それで、どこで食べる? 良い店を知っているのか?」
「組合建物の近場には、多くの飲食店があります。冒険者が打ち上げで飲み食いするための店ばかりなので、値段も量も良心的です」
「味に言及はなかったが?」
「冒険者が打ち上げで酒を飲む店ですから、濃い味付けのツマミか、量が多いだけしか取り柄のない料理しかないです」
「……そんな店の料理でいいのか?」
「ええ、まあ。あまり上等なお店の料理で舌を肥しちゃったら、後が辛いですし」
才牙は、中々に知恵の回る少年だと、評価を上げる。
そうして話がひと段落ついたところで、シズゥが会話に入ってきた。
「食事です? シズゥも沢山食べていいんです?」
「シズゥは今日頑張ってくれたからな、遠慮なく食べていい。あまり美味しくはないらしいがな」
「食べられるだけで幸せです!」
大喜びで抱き着いてきたシズゥを、才牙はよしよしと撫でてやる。
そんな2人の姿を見たからか、応対していた少年は少しだけ安心したような素振りを見せていた。