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39. 新たな問題

 シズゥが先頭に立ち、ズンズンと迷宮を進み、サクサクと魔物を倒していく。

 才牙、ミフォン、アテタはシズゥの後に続きながら、魔物が稀に落とす魔石や装備などの品々を拾っていく。


「アテタは拾い慣れている感じがあるな」


 才牙がそう話を向けると、アテタは微笑みを返してきた。


「魔法使いは、後衛だし速く動く必要もないから、荷物持ちを兼業することもあるの。迷宮に挑戦し始めたときの駆け出しの頃なんて、特にね」


 アテタは理由を語りながら、事前に用意していたズダ袋に消滅した魔物が残す品々を拾っては入れていく。

 ここで才牙がミフォンに視線を向けると、ミフォンのバツが悪そうな顔になる。


「私は迷宮にあまり入ったことないから……」

「それは、教会から出向している形で活動しているって話と関係あるか?」

「当たり。教会は迷宮のことを良く思ってないからって理由があってさ」


 才牙が理由に疑問を抱くと、ミフォンは詳しい話に入った。


「迷宮って、魔物を次々と生み出すし、財宝が出現するっていう、人の世の脅威と人の欲を増長させる場所でしょ。そんな場所は、人間を大切み思う神の意思に反するっていう見解でさ」

「迷宮の在り方が、教会の考えと合わないわけか」

「そう。だから教会に所属する人に、あまり迷宮と関わるなって言ってきたりするわけ」

「教会の考えは分かるが、お前と同じ神聖魔法使いが迷宮に入っているだろ。回復系や魔物を寄せ付けない魔法は、迷宮でこそ役立つ魔法だろうしな」

「冒険者活動をやらされているような、私のような底辺神聖魔法使いに、教会のお偉いさんたちは興味がないってだけ。お偉いさんが目をかけている人が迷宮に行こうとしようものなら、烈火のように怒るんじゃないかな」


 神を奉じる教会にも人間関係に贔屓が存在することに、才牙は人間が作りだした組織としては当然だなという印象しかない。むしろ、その贔屓関係に食い込んで教会を支配できないかと、悪い企みに利用する材料にできないか考えるほどだ。

 そんな会話をしていると、シズゥが自身の腹部に手を当てながら戻ってきた。


「お腹、減ったです」


 才牙が腕時計――元の世界から持ってきていたもの――を確認すると、正午過ぎの時間だった。


「そうだな。食事にするか」


 才牙が取り出したのは、冒険者組合で売られていた携帯食料――幾つかあったうち、あまり日持ちはしないが高カロリーのものを買っていた。

 それを包んでいる油紙を剥がすと、揚げた穀物と砕いた木の実を粘性のある甘味料でまとめた、いわゆるカロリーバーだった。

 才牙は、そのカロリーバーから漂ってくる酷く甘い匂いに顔を顰め、剥いたばかりのものをシズゥへと差し出した。


「ほら、食べるといい」

「わーい! いただくですよ!」


 シズゥは大口をあけると、才牙の手にある状態のままで、カロリーバーに噛みついた。その瞬間、目がキラキラと輝かせた。


「甘くて、ちょっと塩っぱくて、ゴリゴリして、美味いです~」


 もちゃもちゃと音を立てながら、シズゥはカロリーバーを咀嚼している。

 才牙は『美味しい』という評価を聞いて、バーの欠片を指で千切り取って、それを口に入れてみた。

 まず感じたのは、舌から脳天を突き上げるほどの強烈かつ粘ついた甘さ。水あめに砂糖を追加で加えたかのような甘味に、思わず眉が寄るほど。

 続いて、揚げた穀物に微量まぶしている塩気が舌の味蕾を鋭敏化させる働きを行い、より舌に感じる甘さを引き立てる。そこに揚げ物特有の油っぽさが追加される。

 最後は、砕かれた木の実の大きさがまちまちなために、大きい破片に当たると不意に石を噛んだかのような不快な噛み応え。


「甘いだけの、クソ不味さだな」


 才牙が顔を顰め続けながら残りを差し出すと、シズゥはご褒美とばかりに全て食べてしまう。

 同じ携帯食料をミフォンとアテタにも渡していたなと、才牙は目を向ける。

 しかし2人は、特に不快に感じている様子もなく、ちょびちょびとバーを齧り取りながら食べていた。

 男女の性差による甘味への許容性の違いなのか、それとも才牙が殊更に甘いものが苦手なのか。

 そうした疑問を抱えながらも、才牙はもう一度腕時計を見る。


「ここで正午過ぎか。未だにアゥトの町で見かけたような魔物しか出てきていないんだがな」


 才牙はをすくめながら言ったが、四半日ほど迷宮を進んでいるため、出入口付近で出くわすゴブリンなどの弱い魔物とは違っている。

 この地点でシズゥが先ほどまで倒していた魔物は、オークなどのアゥトの町では珍しいとされていた強めの魔物になっているのだ。

 しかし才牙にとってみれば、既にエッセンスを入手した魔物でしかないため、代わり映えしないと思ってしまっても仕方がないことだった。


「夜までに帰るのならば、ここで引き返すことになるか。新たな魔物と出会うには、泊りがけで迷宮を進むべきなのだろうが」


 才牙が言い淀んでいるのには理由がある。

 それは迷宮で泊まる用意を一切してきていないこと。今日はエッセンステイカーの試運転を兼ねた迷宮行なので、不備が出た際にすぐに戻れるよう、日帰りの予定だったのだ。

 そしてアテタが持つズダ袋。魔物から出てきた魔石などで満杯で、これ以上は入らないこともそう。

 つまるところ、今日無理に迷宮に泊まったところで、危険が高い割に得られるものが薄くなるということ。


「今日のところは、ここで引き返すのが良いだろうな。1日エッセンステイカーを使うと、どの程度エッセンスが採れるかの調査も必要だしな」


 ということで、才牙たちは来た道を引き返すことにした。

 その道すがらに、他の冒険者たちとすれ違うことが数度あった。

 どの冒険者たちも、特にオークなどの少し強い魔物がでてくる場所まで来れる人たちだと、ちゃんと泊りがけの用意をしていた。

 むしろ、それら冒険者たちから才牙へ向けられた目は、よくそんな軽装でここまで来たなという驚きがあるものばかりだった。

 それらの視線を受けて、やはり泊まるための装備は必須であることを、才牙は再確認した。


「しかしなぁ……」


 才牙が思わずそう零してしまったのは、才牙の一行の面々にある。

 迷宮で泊まるための装備は、冒険者たちが背負っていたものを見るに、長期間登山をする人と似たような感じだった。

 大きなバックパックを背負い、その中に食料や水などを詰め込んでいる。迷宮で魔物と戦うことを考えるなら、武器や防具の予備も入っていることだろう。

 高重量の大荷物を持って歩くには、シズゥは体格が小さすぎるし、ミフォンとアテタは華奢で重量に耐えられなさそう。

 そして才牙に至っては、肉体自体は大荷物に耐えられるが、そんな物を持って歩く作業は自身の仕事ではないと拒否する気でいる。

 となると才牙一行には、大荷物を持って歩く人間がいないことになる。

 その問題を解消するには、才牙が改心して大荷物を持つことを了承するか、新たな人材を雇う必要がある。

 しかし才牙たちには秘密が多い。特に迷宮の魔物をエッセンスを奪うことで瞬殺する、エッセンステイカー。この存在が冒険者たちに知られたら、面倒なことになるのは確実だ。

 情報秘匿の観点からするなら、加入させる荷物持ちを洗脳するしかない。

 才牙がそこまで予定を立てたところで、不意に不思議な光景を目にすることになった。


「あれは、子供か?」


 才牙が思わず疑問を口にしたように、視界の先にはある冒険者グループがいた。

 武器や鎧を着た男たちは、才牙たちのように大荷物を持っていない。しかし彼らの後ろには、痩せぎすな子供が2人大荷物を背負っている。よく見ると、アテタが持ってきていたものと同じズダ袋を何枚も、2人の子供は腕に抱えている。


「子供の荷物持ち?」


 積載可能重量を考えるのなら、非力な子供を使う利点はない。

 才牙がそんな疑問を持っていると、アテタがその冒険者たちのことを説明してくれた。


「あの冒険者たちは、ロクに装備を買えない新人を運搬人ポーターとして雇っているのよ」

「それは人道的な理由でか?」

「人それぞれよ。良い冒険者が雇っているのなら、少額だけど分け前を渡すわ。悪い冒険者だと、食べ物の保証をしてくれるぐらいかしら」

「ああいう子供は、多いのか?」

「そうね。このタラムの街は、迷宮を中心に経済が回っている街だもの。冒険者相手の夜の商売で孕んだ子が捨てられたり、冒険者の親が死んで孤児になったり、家族が食い詰めて子捨てで追い出されて流れついたりと、かなりの数の子供が貧民街にいるって噂を聞いたことがあるわ」

「そういった子供たちのうち、しぶとく生き残ったものが新たな冒険者になる。冒険者が増えれば街が潤うから、捨て子問題を放置しているってところか」


 なかなかに厳しい現実の話だが、才牙は悪の科学者であるため、子供たちの境遇を知って痛む心を持ち合わせていない。

 むしろ、そういう子供たちがいるのなら、利用しない手はないと考えていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] まあ、荷物運びなんて悪の幹部ではなく下っ端こそがやる仕事ですわな
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