3. 発見
才牙はゴブリンらしき生き物を解剖し、その中身を調べた。
「心臓と肺が、同じ背丈の人間の子供より小さいな。逆に小腸と大腸が大きくて長い。ゴブリンの酷い体臭は、排せつ物が体内に長期間留まることで、便の臭気が血液に流れ出したものと考えれば自然か。胃の内容物は、草や小動物。牛のように植物を分解する細菌を胃や腸に飼っているのか? それとも水分摂取を草で代用しているのか?」
才牙は素手にも関わらず、手指にゴブリンの青い血がつかないように器用な解剖の仕方をしている。
その見事な解剖刀の扱いぶりは、才牙が解剖をやり慣れていることを伺わせる。
「なかなかに興味深い生き物だったが、怪人の製造に役立てそうな見どころはなかったな」
才牙はゴブリンの中身で知的好奇心を満足させると、草の葉を何枚か千切って、それで解剖刀の刃から青い血を拭った。
しっかりと解剖刀が綺麗になったことを確認し、白衣の内側へと収めた。
「さて。街道に戻り、人の集落を探すとしよう」
白衣の裾をなびかせて街道へ戻り、先ほど決めていた方向へと進む。胴体を開きにされたゴブリンには、もう見向きもしなかった。
街道を進んでいくと、やがて小さな広場を見つけた。
才牙が広場の中に入ると、炊事場らしき場所を発見する。
「石で組んだだけの粗末なものだが、中に薪の燃え残りがあるな。ふむ。完全に消えていて、冷たい。かなり前に人が使用してようだな」
何もない草原のど真ん中にある、無人のキャンプ地。
才牙は、街道を行き来する人の休憩場所だろうと、予想した。
「ここで待てば、人と出くわす可能性は高い。問題は食糧と水をどうするかだが」
才牙は腕組みして考え、そして目を瞑る。これは考えに埋没するためではなく、周囲の音を聞くためだ。
どうして音を聞くのか。
それは、ここをキャンプ地とした人の考えを読み解けば、自ずとわかる。
「水の流れる音。やはり水場があるな」
才牙は聞きつけた音の方へと向かう。
キャンプ地から5分ほど離れた場所に、小川が流れていた。
その川は、地面の途中から急に現れ、そして少し先で地面の内側へと消えていく、不思議な流れ方をしていた。
「オーストラリアの砂漠地帯では、こういう水の湧き方をする川があると聞いたが、草原でも同じなのか?」
才牙は、イデアリス首領の試作体として生まれて秘密基地内で育ったため、自然に対する実体験が乏しい。
そのため、いまが始めて自然の不思議さに実際に触れた瞬間だった。
「煮沸した方が安全なのだろうが、あいにく器はないしな」
才牙は手で小川の水を掬うと、臭いを嗅ぎ、舌先で味を確かめて、自身の知識にある毒の特徴がないことを確かめる。
その後に、掬った水を口に入れた。
「うん、美味い。とりあえずは、この一口だけで済まし、長時間置いても腹を下さないようなら、もっと飲むことにしよう」
水が安全だと確認できたのなら、脱水症状に陥る心配をしなくてよくなる。
才牙は一度キャンプ地に戻ると、水の安全確認を終えるまでの間に、自分の持ち物を確かめてみることにした。
「解剖刀。イデアリス製の端末。ベルト状のエッセンスドライバー。次元エッセンス封入缶。未使用のエッセンス封入缶が5つ。整備用の複合小型工具。携帯食バーが1箱。ふむっ、見知らぬ地で換金できそうなものが1つもないな」
可能性としては小型工具や携帯食が売れるだろうが、どちらも小銭にしかならない。
そんな小銭を稼ぐぐらいなら、工具で物を作ったり、携帯食は自身の腹を満たすために使用した方が良いと、才牙は考える。
「幸いにして俺には、イデアリスの開発改造の統括責任者だった知識がある。知識を生かせば、金稼ぎぐらいは余裕でこなせる」
才牙の頭脳には、秘密結社イデアリスが蒐集した情報を、学習装置の使用tで全て入れ込まれている。自力で獲得した知識ではないため、引き出すのに少しコツがいるものの、必要に迫られれば思い出せる。
元手がなくても稼ぐ方法も、集落で人の暮らしの様子を見さえすれば、自ずと閃くに違いなかった。
「では、しばらく人が来るまで待つとしようか」
才牙は腰かけ用と思わしき岩の上に座ると、目を瞑って休息を取ることにしたのだった。
休憩からしばらく経ち、中天にあった太陽が、地平線に沈もうとしている。
才牙は、およそ5時間経過しても腹を下していない現状を鑑みて、小川の水は直に飲んでも安全であると結論付けた。
キャンプ地から小川へと歩き、流れ出ている水で腹を満たす。
「これで脱水症状になる心配は要らない。携帯食は3日に1度食べることにしよう」
人は水さえあれば1週間は生きられるという。歩き回らなければ、もっと長い時間生きられるとの考察もある。
携帯食料も間を開けて食べれば、さらに長い時間生命を保全することができるだろう。
問題は人が来るまでの暇つぶしだが、才牙には持ち前の頭脳がある。
エッセンスドライバーに次元エッセンスを使うと暴走してしまう問題の解決法を考えるには、時間はいくらあってもいい。
「設備がないため机上の空論にしか至れないが、暴走を克服できれば、首領に唯一無二の力をお渡しすることが出来る」
才牙が次元エッセンスの暴走に巻き込まれて転移してしまったことで、イデアリスは次元エッセンスを失敗だと判断しているに違いない。
しかし、暴走しなくなれば他のどの力にも勝ることを、才牙は確信している。
それこそ、イデアリスの首領を天下無双にし得る力であるのは、次元エッセンスだけであると。
セイレンジャーの腕輪は、星の力を受け入れる装置。
次元の力は星の力とは全く別種の力のため、あの腕輪では受け止めることが絶対にできない。
「次善の銀河エッセンスも強力だが、セイレンジャーの腕輪は星の集合体である銀河の力を受けられる可能性がある。やはり次元の力を扱えるように考えることが、首領のために必要不可欠だ」
そう結論付け、才牙はどうすれば次元エッセンスを完全に使いこなせるかに没頭する。
才牙がキャンプ地で静かに思案に耽っていると、キャンプ地に近づく足音が耳に入って来た。
「靴音ということは人間――もしくは靴を作られるだけの知能のある化け物だな」
才牙が人間と断言できなかったのは、半日前に解剖したゴブリンが原因だ。
二足歩行ができて両手を使う生き物なら、靴を加工してみせる可能性があると、そう考えたのだ。
才牙が待っていると、キャンプ地にやってきたのは、西洋人の特徴をもつ男女5名。
彼ら彼女らは、植物性の衣服を来て、革製の鎧やブーツを身に着け、金属が使われている武器を所有していた。
才牙はその人たちの姿を確認してから、笑顔で挨拶することにした。
「こんにちは。ハロー。オラー。言葉が通じるか?」
才牙が挨拶の言葉をかけると、男女5人が急に武器を向けてきた。
「クイ! クイ、ヤー!」
「クイ、ヒーディス!」
「インタ、ラグジー?!」
才牙は地球上の全ての言語知識を頭に入れられているにも拘らず、彼らの言葉の意味が理解できなかった。
「言葉の響き的には、欧州圏の言語のようだが、全く知らない単語ばかりだな。これは困った」
才牙が困り調子で呟くと、男女たちが色めき立って武器を突きつけてきた。
「ゴッメルス! ゴッメ、テンテス!」
「ゴッメテンテス! チュンダレ!」
なにやら良くないことが起こっているとだけは、才牙も分かった。
「交渉以前の問題だったか。仕方がない」
才牙は肩をすくめると、男女の方へと歩いて近づいていく。
不用意に接近すると、男女5人が急に攻撃しようとしてきた。才牙の思惑通りに。
「これで正当防衛が成立だ」
分かっていないだろうとは思いつつも宣言し、才牙は5人へと殴り掛かった。
素手で武器を持つ5人を相手にする。
普通なら勝てるはずのない戦いだろうが、才牙の肉体派特別性だ。
その目は振られる武器の軌道を瞬時に悟り、敵の僅かな隙を見抜く。肉体はアスリート顔負けの強度を誇り、思うがままに動く。
そして才牙の戦闘技能は、セイレンジャーを倒すために、肉弾戦を高水準で修めてある。
敵対した5人が多少戦い慣れている様子でも、問題なく相手できる力量がある。
こうして武器と拳が交差することになって、数分後。才牙は怪我1つなく立っていて、武器を持った男女が地面に倒れ伏していた。
5人を昏倒させた才牙は、軽く一息いれると、白衣の内側から解剖刀を引き抜いた。
「さて実験体はこれで確保できた。さあ、楽しい実験の始まりだ!」