38. 迷宮に戻り
新たな装備を作った、その翌日。
才牙たちは再び迷宮へとやってきていた。
「簡単です! 簡単なのです!」
シズゥが嬉々として迷宮の魔物と戦っている。その手には左右一本ずつ、奇妙な線が剣身に刻まれた短剣が握られている。
その短剣で魔物を刺すと、刺された魔物は瞬く間に塵に変わり、魔石が残る。
まさに1撃必殺な武器に、シズゥは喜んでテンション高く魔物を次から次へと屠っていく。
そんなシズゥの後ろに、才牙とミフォンとアテタが続く。
「ふむ。新武器の『エッセンステイカー』は稼働順調のようだな」
「弱い魔物限定とはいっても、一撃で死ぬなんて破格の性能じゃない」
「あたしたちにも1本ずつくれるなんて、豪気よね」
才牙には長剣、ミフォンとアテタには短剣のエッセンステイカーが装備されている。
才牙はシズゥが魔物を倒し損ねた場合の用心のための武器だが、ミフォンとアテタは魔法使いなので基本的に短剣は必要としていない。
それでも持たせているのは、迷宮の魔物を一撃で殺せる武器を持っている、という安心感を抱かせるためだ。
事実シズゥの無双っぷりがあるからか、ミフォンはエッセンステイカーをお守りのように手に持っている。
「この短剣で刺すと、魔物のエッセンスを吸い取って柄の封入缶に保存しているとは説明されたけど。大丈夫?」
ミフォンの質問を、才牙は理解しきれなかった。
「大丈夫とは、なんのことだ?」
「いやだって、いままでは魔物1匹ごとに何個も封入缶を分けて、エッセンスを集めていたでしょ。なのに、シズゥは魔物種類関係なく倒しちゃっているし」
「エッセンステイカーの封入缶に、色々な魔物のエッセンスを吸い込ませて平気なのかという意味なら、それは問題ない」
「色々な魔物のエッセンスが、ごちゃ混ぜに入っているのに?」
「迷宮の魔物は、外に出る魔物と比べると、エッセンスの量が微々たる量しかない。エッセンスドライバーに使えるほどの量にするには、魔物を数多く倒す必要がある。しかし、魔物の種類毎に武器を用意したのでは非効率だ。そのため、後でエッセンステイカーに蓄積したエッセンスを分離する方向に仕組みを変えることにした」
才牙には、人間複数人の記憶が入った封入缶からアテタの記憶だけを分離した、という実績がある。
様々な魔物から集めてごちゃ混ぜになったエッセンスを、種類毎に分離することは技術的に可能だ。
エッセンスの分離という面倒な作業を後に持ってくることを選んだからこそ、シズゥは武器の持ち帰を考えることなくのびのびと戦えている。
まさに才牙の目論見通りだ。
「しかし予定していた通りとはいえ、順調も順調だな」
才牙が呟いた通り、魔物がはびこる迷宮の中なのに、シズゥが魔物を瞬殺してくれるおかげで、普通の町中を歩くような気楽な道中になっている。
「苦労することになるのは、エッセンステイカーで1撃で殺さない魔物が出てきた後になるか」
そう才牙が予想を立てていると、シズゥが大きな声をあげた。
「才牙さま! 箱! 箱があるです!」
シズゥが指したのは、才牙たちの進む先にある行き止まり。
その行き止まりの壁際に、木製と思わしき見た目の蓋つきの四角い箱が置かれていた。
「ゲームなら、あれが宝箱ということになるんだが?」
才牙が確認のために迷宮を知るアテタに目を向けると、頷きが返ってきた。
「そうよ。あれが宝箱。見つけることができたのは運がいいけど、迷宮の浅い場所だから『木』の宝箱なのは当然ね」
「その口ぶりだと、木の箱以外の宝箱があると?」
「宝箱にはランクがあって、高ランクほど良い物が出やすいと言われているわ。ランクが低い方から、木、石、鉄、銅、銀、金となるわ。あたしが開けたことがあるものは『石』までよ」
詳しい説明に納得して、才牙はシズゥに命令を出すことにした。
「シズゥ。あの箱を開けてこい」
「わかったです!」
駆け出したシズゥに、アテタが慌てて呼び止めようとする。
「待ちなさい。宝箱には罠があるものもあって――」
アテタの制止の声が届いていなかったのか、シズゥはあっさりと木の宝箱の蓋を開けた。
その直後、箱から真っ赤な煙が現れて、シズゥをすっぽりと覆い隠してしまった。
「げほげほげほげほ! か、からいです! 空気がからいです!」
どうやら香辛料の粉を噴き上げる罠だったようで、シズゥが辛そうに咳をしている。
アテタは、言わんこっちゃないといった表情を浮かべる。
「シズゥちゃん。息を止めて、目を瞑って、こっちに戻って来なさいな。魔法で水を出して、顔を洗ってあげるわ」
「うぅ、頼むです」
シズゥは言われた通りに、口を閉じて目を瞑って戻ってきた。アテタは呪文を唱え、頭大の水を空中に生み出すと、シズゥの頭をその水球へと押し入れた。そして目元と鼻と口を手で良く擦り洗いする。
シズゥにまとわりついていた香辛料の粉が水に移ったようで、少しだけ水球が赤く染まっている。
「ううぅ、酷い目にあったです」
頭の丸洗いを終えて、シズゥは目を瞬かせる。その目に小さな煌めき。それは涙ではなく、再建の力を使った治療の光だ。
ここまでの一連の出来事を、才牙は観察していた。
「再建の力があるシズゥなら、致死性の罠でも生還できると踏んで開けさせてみたのだが、逆に非致死性の罠だと再建の力は生かしにくいようだな」
人の心がない言いっぷりに、ミフォンとアテタが怒りの目を向ける。
しかし才牙は、人の評価など知ったことではないと言いたげな態度で、赤い煙が収まった宝箱へと近づいた。
中身を伺うと、銀貨が数枚入っていた。
「……どうして現金が宝箱に?」
迷宮の宝箱にでてくるようなものかと、才牙は首を傾げる。
しかしアテタからすると、宝箱から現金が出てくるのは当然らしい。
「宝箱は、現金が入っている率が一番高いわよ。木なら銀貨、石なら金貨。金の宝箱には『魔貨』がぎっしりなんて話もあるぐらいよ」
初めて耳にする単語に、才牙はこの世界の人から抽出して得た知識を参照する。
「魔貨――魔力が凝縮された状態で封じられている金貨のことか。魔法使いには垂涎の品というが、本当か?」
「そりゃね。魔貨1枚あれば、魔力の残りを気にせずに魔法を撃ち放題だもの」
「たった1枚で、どれぐらい魔法が放てるものなんだ?」
「実物を持ったことがないから分からないわ。けれど、大量の魔物が人の集落を襲うスタンピードがあった際、魔貨1枚を持っていた魔法使いが10日間ずっと魔法を使って平気だった噂はあるわね」
噂ということで、話半分に聞く必要はあるだろうが、それでもかなりの魔力を込められた貨幣であることは予想がつく。
才牙は、その魔貨に興味を持った。
それほどに大量の魔力だ。多数の魔貨を集めれば、才牙が元の世界に戻るための推進剤や移動用の燃料に使えるかもしれないからだ。
「迷宮での新たな目的が加わったな」
迷宮に出てくる魔物からエッセンスを集めて、有用なエッセンスを選別する。魔貨を宝箱から可能な限り集める。
その2つを、才牙はこの迷宮で行うべきことだと定めたのだった。