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37. 新装備

 迷宮を脱出した後、才牙はタラムの街にある武器屋と鉱物商を巡って、新装備開発に必要なものを買い漁った。


「さて、準備は整った」


 宿屋に戻り、才牙は真新しい紙に新たな錬金術の魔法陣を描いていく。

 迷いなくペンで書き進めていく姿を、ミフォン、アテタ、シズゥが部屋の中で眺めている。


「なにを作るんだろう?」

「迷宮での会話からすると、迷宮の魔物からエッセンスを取り出すための装備よね?」

「でも、刃物と鉱石を買ってたです?」


 3人があれじゃないかこれじゃないかと話に花を咲かせているうちに、才牙の魔法陣は完成した。


「さて、次だ」


 才牙は紙を横に置き、今度は手の平ほどの大きさで薄い金属板に鏨を打ち付ける。

 コツコツと軽く細やかに、金属板に新たな魔法陣が刻まれていく。

 しかし打ち込まれている図柄は、一般的な円形の魔法陣とは違っていて、半円が2つというもの。


「ねえ、アテタ。半円の魔法陣って見たことある?」

「ないわ。少なくとも元素魔法には存在しないわね」

「ヒマです~」


 ミフォンとアテタは興味深そうに作業を見ているが、シズゥはもう飽きてしまったようで、ベッドの上でゴロゴロし始めていた。

 それぞれに時間を過ごす中、やがて才牙の作業がひと段落ついた。


「まずは、悪食と再建のエッセンスを武器に付与することからだ」


 才牙は買ってきた短剣を分解し始め、剣身部分とそれ以外に分けてしまう。

 そして剣身を紙に書いた方の魔法陣の中央に置き、陣の両端に悪食と再建のエッセンスが入った封入缶を1つずつ置いた。

 その後で魔法陣に手を置き、錬金術を始動させた。

 悪食と再建の封入缶から煌めきが発生し、それは剣身へと吸い込まれるようにして入っていく。刃部分が変色を始め、やや薄い赤黒い色彩へ。


「これで刃は完成。次は柄の部分の加工だ」


 才牙は新たな封入缶を取り出すと、一瞬の迷いなく、自分の腕に押し当てた。

 薄黄色の煌めき――豪力のエッセンスが才牙の両腕に入り込み、腕の筋肉が隆起して筋肉の筋が浮かび上がる。


「さて、加工だ」


 才牙は握力を増した手で、先ほど鏨を打ち付けていた薄い金属板を曲げ始める。

 紙を扱っているかのように、簡単に筒状に丸め、端と端をピッタリと合うように微調整する。

 ここでようやくミフォンとアテタは、なぜ魔法陣が半円状だったのかを悟った。


「2つをくっ付けて1つの魔法陣にしたかったんだ」

「2つの図柄とも、端が金属片の1辺の上に魔法陣の直線がかかるようになっていたのも、合わせ目を線に利用するためでもあったわけね」


 考察を深める2人とは対照的に、シズゥはベッドの上に寝転がりながらなにが出来上がるのだろうかと見ている。

 才牙は金属を筒状にし終えると、豪力のエッセンスが抜けるのを待つ。その後で、剥き出しの剣身に鍔を付けると、柄を半分の長さだけ取り付けた。そして柄に接続する形で金属の筒を付けた。

 才牙は再構築した短剣を振り、眉を寄せる。


「武器としては酷い出来だが、効果の有る無しを確かめるための検証用だからな」


 才牙は、ベッドに寝転がるシズゥを手招きする。


「なにか、ご用です?」


 才牙は素早く近くにきたシズゥの頭を撫でつつ、作ったばかりの短剣を差し出す。


「いまから迷宮に行って、適当な魔物を3、4匹ほど、これで刺してこい。ああ、刺す前に金属の筒の場所に封入瓶を入れる必要があると説明することを忘れていたな」


 才牙は荷物の中から真っ新な封入瓶を5つ取り出し、短剣と共にシズゥに押し付けた。

 シズゥはそれらを受け取りながら、小首を傾げる。


「封入『瓶』です?」

「ああ、これは検証だから、資金の節約だ。瓶の方が缶よりも安く手軽に作れるんだ」

「ホンバンは、缶にするです?」

「本番? ああ、正式版のことか。検証結果が良好なら、そうする予定だ」

「わかったです。行ってくるです!」


 シズゥは短剣と封入瓶を手に、大急ぎで宿から出ていった。

 その走りっぷりは速すぎて、話を横で聞いていて迷宮に同行しようと腰を上げていたミフォンが追いかけられないほどだった。


「ちょっと、シズゥ! ああもう、どうして1人だけで行かせたんだ」


 ミフォンが焦りながら問いかけるが、才牙は至って冷静だ。


「シズゥは元気が有り余っている様子だったからな。迷宮まで行って帰ってくる仕事にうってつけだろ」

「だからって、あんな幼い子を1人で迷宮にだなんて」

「シズゥの戦闘力は見ただろ。再建の能力もあるし、豪力のエッセンスが入った封入缶も持たせてある。死んだりはしないだろ」

「あのね。タラムの街は迷宮に挑む冒険者やならず者の巣窟だってこと、忘れてない?」

「分かっているとも。そういう輩が襲ってきたのなら、シズゥは迷いなく殺す。シズゥが噛みついた相手を吸収する怪人であることを、ミフォンの方こそ忘れているんじゃないか?」


 シズゥにとって、人間は食料と変わらない。ただし、普通の料理の方が『美味しい』から人間を進んで食べないだけで、味を気にしない栄養補給や証拠隠滅のためなら、再建の力で人を皮と毛だけにすることを躊躇わない。

 それが才牙の認識であり、そしてシズゥの本質を把握した意見でもある。

 しかしミフォンは顔を顰める。


「だからって、1人で行かせる必要はなかったでしょ。才牙が無理でも、私たちがいたんだし」

「1人で十分なところに、他に人を付けてどうする。人材の無駄遣いだろ」

「必要とか無駄とかじゃなく、心配しているんだってば」


 2人が言い合う姿に、アテタが微笑みながら独り言に装った言葉を放つ。


「そうしてシズゥちゃんのことで言い争っているの、傍目から見ると、子供を持った夫婦の会話みたいよね」


 その指摘に、才牙とミフォンは揃って嫌そうな表情を浮かべた。


「こんな頭の足りない女を妻にはしない。いや、そもそも未だ結婚する気はない」

「こっちこそ願い下げ。才牙みたいな、善性を欠片も持ち合わせていない男なんて」

「生まれきっての悪の科学者が、善の心を持っているわけないだろうに。そんなことも分からないのか?」

「善性とは暮らしの中で育むもの。生まれが悪であろうと、善の心を持つことはできるはずだけど?」

「必要がないな」


 2人の言い争いが劇化しかけていると、そこに先ほど出ていったばかりのシズゥが戻ってきた。


「迷宮で、魔物を刺してきたです! これ、成果です!」


 シズゥがニコニコと差し出したのは、先ほど渡した短剣と封入瓶。そして魔石が1つ。

 才牙はミフォンとの言い争いを止めると、短剣と封入瓶を受け取った。


「封入瓶を入れる際に接触したのか、筒の中の魔法陣に擦れが出ているな。だが瓶の中身はちゃんと入っている。シズゥ、短剣を指した直後の魔物の様子は?」

「すぐにチリになったです。で、そのチリが、短剣に吸い込まれて、入れていた瓶が自然と出てきたです」

「そうか。想定通りの結果だな。よくやった」


 才牙が頭を撫でてやると、シズゥは目を細めて嬉しそうにする。

 そんな2人の会話を聞いていて、ミフォンとアテタが共に首を傾げる。


「剣に吸い込まれたって。それにあの封入瓶。もしかして……」

「才牙様。もしかして、その剣。迷宮の魔物を即殺する剣かしら?」


 ミフォンたちの疑問に、才牙は首肯した。


「迷宮の魔物を構成しているエッセンスを奪い取る剣だ。迷宮の魔物がエッセンスで構築されているのなら、1撃で殺すことができると踏んだが、予想が当たったようだな」


 才牙は言いながら短剣と封入瓶を机に置くと、1つだけ封入瓶を摘まみ上げ、そしていきなり部屋の壁に投げつけた。

 なにをするのかとミフォンとアテタが驚く中、才牙は砕け割れた封入瓶から出てきた煌めきを見て眉を寄せる。


「この剣で一撃死という時点で予想はしていたが、煌めきの光度と数が少な過ぎる。外にいる魔物から採取した時と比べると、1匹分には到底足りていない。どうやら迷宮の魔物は――いや、迷宮の浅い場所で出くわす魔物は、構築に使用しているエッセンスをケチっているみたいだな」


 つまるところ才牙は、迷宮の浅い場所にいた魔物だから1撃で殺せただけで、より深い場所や強い魔物相手では1刺しで殺す力はないと言っているわけだ。


「やはり数が必要だな。そうなると剣や短剣じゃなく、投げナイフの形に改良したほうが良いか」


 才牙は真っ新な紙を広げると、新たな魔法陣を書き始める。1つの線を引く度に次の線の引き方を考えるという、じっくりとした書き方で。

 没頭する才牙を見て、ミフォンは呆れ顔をしながら声をかける。


「時間がかかるようなら、宿の夕食を取りに行きたいんだけど?」

「……勝手に行ってこい。俺の分は必要ない」

「分かった。じゃあ3人で行ってくるから」


 才牙に断ってから、ミフォンはアテタと部屋を出ると、食事と聞いたシズゥも嬉々として出ていった。

 静かになった部屋の中で、才牙は紙に描く魔法陣と真剣に向き合い続けていく。

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― 新着の感想 ―
[一言] 外よりもエッセンス薄めだったのか迷宮魔物
[一言] 刺せばいいなら剣である必要もなさそうだけどね? 矢というか杭とかエストックとか、封入缶なり瓶を尻の部分に取り付けられるようにすれば構造が単純化して強度も増すだろうしメンテも楽になりそうだ、杭…
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