36. 過去と迷宮の魔物
才牙たち一行は、迷宮の中を歩いていく。
先頭は、やる気がみなぎっている、シズゥ。その後ろをミフォンが心配そうに歩き、最後方が才牙とアテタだ。
出会う魔物の尽くをシズゥが瞬殺し、稀に魔物が消滅した跡に現れる物品をミフォンが拾う。
そして才牙とアテタは、迷宮のことについて会話をしていた。
「アテタも迷宮に来たことがあるんだよな?」
「冒険者が通る王道ってのを辿っただけだけれどね」
「王道?」
「冒険者が良く通る道ってことよ。生まれ故郷を飛び出し、少し大きな町で冒険者登録をする。その町で簡単な依頼をこなしてお金を貯めて、それなりの装備を整える。ある程度の装備ができたら、今度は迷宮のある街へ。迷宮で戦闘経験と落ち物の売却でお金を貯めつつ、もっと良い装備を買うか運よく宝箱から得るかで身に着けていく。ある程度戦えるようになったら、今度は強い魔物がでる村へ行ったり、行商の護衛をする。戦いの腕を買われて村に駐在する兵士になったり、行商に専属で雇われる護衛になったり、冒険者組合が手放したくないと認める冒険者になれたら、ひとまずのあがりかしらね。ああ、迷宮の底へと挑みつづける冒険者も、一種の極みではあるわね」
「……それが冒険者の王道なのか」
才牙の認識からすると、労苦の割に報われているとはいえない『あがり』だと感じる。
しかしアテタからすると、これでも上等なのだという。
「冒険者なんて、生まれ故郷を飛び出すような跳ねっ返りたちよ。その中には、まともに読み書きも出来ない人もいるわ。そんな真っ当と言えない人間が、社会的に認められる職や立場に就けるなんてこと、滅多にないんだから」
「そういう話なら分かる。イデアリスの戦闘員の多くは、社会から外れた不良だったしな」
自分で選ぼうと他者からの影響だろうと、一度社会に背を向けた者は、まともな職業から弾かれる存在になってしまう。
そういった存在は、金を得るためには真っ当じゃない職に就くしかない。
学歴不問で集めた社員を使い潰すブラック企業しかり、似たものが寄り集まる反社会的な組織しかり、もともと表の組織ではない秘密結社イデアリスしかりだ。
そう回想したところで、才牙は気付く。
「ということは、アテタとミフォンもなのか?」
才牙がイデアリスで戦闘員たちと関わった経験からすると、アテタとミフォンは道から外れた感じのない人物――つまりは真っ当な感性を持っているとわかる。
だからこそ社会から外れた冒険者になっていることに、才牙は不思議さを感じたわけだ。
才牙の疑問に、アテタは苦笑いを零す。
「あたしはね、魔法使いの学校から落ちこぼれたの。ある程度の攻撃魔法は習得したけど、それ以上を求める気にはなれなかったのが原因でね」
「それ以上とは?」
「新しい魔法の研究とか、魔法を通じて世界の真理にたどり着くための考察とかね。そんなことに血道を上げるくらいなら、魔法で魔物を倒す方が人のためになるって思ってたの」
「なるほどな。アテタは実地で使える魔法を重視し、その学校の魔法使いとやらは先の展望や論文を重視したというところか」
現場主義か理想主義か。
いまある技術を生活に役立てようと動くか、よりよい技術を生み出すことに挑むのか。
どちらも人の行動としては正しいが、魔法学校が理想主義に固まっている場所なら、現場主義者は立ち去らなければならないのは道理と言える。
そうした理解を才牙が示すと、アテタは意外そうな目で見てきた。
「才牙様は、あたしの考えを否定する側だと思っていたのだけど?」
「どうして、そう思った?」
「だって才牙様って、エッセンスなんてものを追い求めているぐらいだから、研究とかが好きなんじゃないかなって」
「確かにエッセンスの研究は好きでやっているが、すぐに役立てることを考えながらやっている。活用法もないままに学術目的で研究はしていない」
才牙は悪の科学者。悪の首領が掲げる目標のため、科学技術でもって悪を成す人材だ。
だからこそ、輝かしい未来を約束する机上の空論よりも、明日にシンパを1人増やせる手法の方を有難がる気質を持っている。
そんな気質でなければ、セイレンジャーを倒すための怪人を、手を変え品を変えで次々と生み出せたりはしない。なにせ理想主義の研究者なら、セイレンジャーを倒せる究極の怪人を生み出す研究を延々と続け、そして1体も生み出せずに終わるに違いないのだから。
「研究分野の話はともかくとして、アテタが道を踏み外すと決心した理由は分かった。ミフォンも同じ感じなのか?」
「ミィは少し違うかな。神聖魔法使いは、基本的に神を奉じる教会に所属しているわ。そして教会は、階位の低い人に奉仕活動を行うよう推奨しているの」
「冒険者活動が、奉仕活動の一種なわけか?」
「あまり将来を期待していない人を、苦境に身置いて精神修練するようにと命じて厄介払いしているんだって、あたしは思っているけどね」
「ミフォン自身はそう思っていないと?」
「ミィってば、けっこうな純心だもの」
ミフォンの純心さや生真面目さは、才牙も感じているところだった。
ミフォンがそういった気質でないのなら、悪を行う才牙に噛みつくようなことを言ったり、アテタの知識を元に戻すよう求めたりしないからだ。
そうした純心さから、ミフォンは教会に命じられたことを建前通りに受け取っているんだろう。
ここまで会話が進んだところで、才牙は話の元に立ち返ることにした。
「生い立ちは分かった。それで、ミフォンは迷宮に来たことがあるんだな?」
「そういえば、話の発端はそれだったわね。ええ、あるわ」
「じゃあ質問するが、迷宮に出る魔物は、迷宮の外に出る魔物と違って、全てがあれなのか?」
才牙が指す先では、シズゥが蹴りの1発で茶色の毛色の草犬の首をへし折った光景があった。そして倒された魔物が塵となり、消えていく塵の中から綺麗な小石――小さな魔石が現れる。
「倒された迷宮の魔物が崩れて消えることを意味しているのなら、全てがああなるわね。少なくとも、あたしが戦った魔物は全部ね」
「倒した後でも形が残ったままの魔物がいる可能性もあると?」
「迷宮の奥にいるような強い魔物と戦ったことがないから、なんとも言えないってこと」
アテタの意見を聞いて、才牙は少し困った様子で眉を寄せている。
「不都合って顔ね?」
「迷宮には、迷宮の宝箱から出るという珍品と、出てくる魔物からエッセンスを抽出することを目的として来たんだ。エッセンスの抽出が難しい作業になると困る」
「塵にならないように生け捕りじゃないと、エッセンスが採れないんだものね」
「作業効率を考えるのなら、生け捕りにしなくても済むよう、新たな手法を生む必要がある。そのためには、迷宮の魔物について、更なる調査が必要だな」
才牙はシズゥに、次に出くわす魔物をなるべく殺さないようにと命じた。
その命令は忠実に実行され、運悪く出くわしたゴブリンは、手足の骨を全て砕かれた状態で生け捕りにされた。
「さあ、実験だ。迷宮の魔物は倒されると塵となる。であれば、迷宮の魔物の本質は、その塵にあると思うのだが、どうだろうか?」
エッセンスを全て抜き取るための錬金術の魔法陣。それが書かれた紙を広げると、才牙は手足が折られた迷宮のゴブリンに使用してみた。
するとゴブリンは、エッセンスが抜き取られた瞬間、唐突に塵に変わった。
この結果を受けて、才牙は結論を出す。
「迷宮の魔物は、塵とエッセンスないしはエッセンスに似た魔法によって構築されている、エッセンス生命体だ。つまり、エッセンスを抜き取れば、即死させることが可能だ」
才牙は迷宮の魔物に対する新たな攻略法を編み出し、その攻略法を実現するための装備を作るために、一度迷宮から脱出することにした。
この物語を楽しみにしてくださっている方々には申し訳ありませんが、更新頻度を落とそうと考えております。
大変に申し訳なく思っておりますが、よろしくお願いいたします。