35. 初めての迷宮
迷宮。
それは魔物が絶えず湧き出す、不思議な洞穴のこと。
その洞穴は地下深くまで伸びていて、道の途中には宝箱が、終点には山と積まれた財宝とそれを守る強敵がいるという。
才牙は、そういった感じの説明を冒険者組合にて受けた後、迷宮の中までやってきた。
「説明を受けたが、まんまローグライクやハクスラゲームだな」
才牙の独り言に、隣にいたシズゥが首を傾げる。
「ローグライク、ハクスラ、ってなんです?」
「俺がいた世界には、こういう魔物が湧き出る洞窟を攻略する卓上遊戯みたいなものがあったんだ。その遊戯は大別して2種類あり。それがローグライクとハックアンドスラッシュと呼ばれていた」
「どんな意味です?」
「自動生成される迷宮を攻略する方が、原初の遊戯名をとってローグライク。魔物を殺して経験点と財貨を得るのがハクスラだ」
シズゥは説明を聞いて、目を瞬かせる。
「それ、同じじゃないです?」
「ローグライクの目的は迷宮攻略だから、必ずしも魔物と戦う必要はない。なんなら、魔物から逃げ回って攻略してもいいんだ。逆にハクスラは魔物を倒す方に主眼が置かれていて、経験点や財貨だって魔物を倒すためにキャラクターを改造するための要素だからな」
「へー。才牙さま、詳しいです」
「イデアリスでRPGをモチーフにした怪人を作る際に、色々とゲームをやってみたからな」
3人1組の怪人というコンセプトは強かったものの、結局はセイレンジャーに倒されてしまったことを思い返し、才牙は軽く肩を落とす。
「ともあれだ。冒険者たちも、迷宮攻略を考える者と、魔物を倒して日銭を稼ぎたい者とで分かれている。だから、ローグライクかハクスラかと言ったわけだ」
そう説明を締めくくったところで、才牙はシズゥ、ミフォン、アテタと共に迷宮の中に入ることにした。
迷宮は洞穴というだけあり、土や岩が地面や壁や天井を形作っている。
しかし薄っすらと壁が発光していて、少し先なら見渡せるようになっていた。
「親切なことだ。この迷宮を作った奴は、迷宮を攻略されたがっているのか、それとも迷宮に人を誘いやすくするためか。壁を光らせている理由に、興味が湧くな」
才牙は発光している壁に手を当てて、どうやって光っているのかを確かめる。
ヒカリゴケのような発光する植物が生えているわけではなく、壁自体が光を放っている。
しかし才牙が試しにと壁を削った粉を採取してみたところ、その粉の方は光を放たない。
「ふむ。妙な壁だな。これからエッセンスを取り出せたら、良さそうな物が出てきそうではあるが」
才牙は習得している錬金術の魔法陣を全て思い返すが、この壁からエッセンスを分離する的確な魔法陣はなかった。
時間をかけて作成すれば出来そうだが、それは宿屋で休憩する際にやればいいことだと判断し、ひとまず棚上げすることにした。
才牙一行は迷宮歩きを再開させ、少しずつ迷宮の奥へと入っていく。
土と岩が混在する地面は歩きにくく、魔物との戦いになった際には足がとられそうな危険を孕んでいる。
しかしそうした欠点は、なにも迷宮を探索する者だけが被るわけじゃないようだった。
「魔物と出くわしたな。あれはゴブリンか?」
才牙が先の暗がりに目を細めて見ると、たしかにゴブリンが1匹いた。
そのゴブリンは才牙たちを見つけると、武器すら持っていないのにもかかわらず、突撃してきた。
「武器なしで単身突撃をしてくるなど、迷宮のゴブリンは街道に出るゴブリンより頭が悪いのか?」
才牙のその予想が当たっていると示すかのように、突撃してきていたゴブリンは迷宮の地面のデコボコに躓いて転んだ。
地面に倒れて大きな隙を晒すゴブリンに、シズゥがチャンスとばかりに跳びかかった。
「とぅ、です!」
シズゥの渾身の跳躍からの踏み付けで、ゴブリンは首の骨を踏み折られて絶命した。
呆気ない終わりだったが、この後の光景に才牙は興味を引かれた。
「ほうほう。迷宮で死んだ魔物は、本当に塵となって消えていくな」
シズゥが倒したゴブリンが、まるで砂細工だったかのように、ボロボロと崩れていく。やがて地面の土に吸い込まれるようにして、その崩れたゴブリンは消えてしまった。
「稀に魔石とやらが残るという話だったが、今回はなし。ハズレということだな」
「ゴブリンは弱い魔物です。強い魔物なら良く出ると言ってたです!」
「冒険者組合の職員が、たしかに言っていたな。では、強い魔物を探すことに――」
才牙は途中で言葉を途切れさせ、腕組みした。
「――待て。殺した魔物が塵に変わるのなら、エッセンスを取り出すには生け捕りにする必要があるということか」
意外な難点に気づき、才牙はどうしたものかと考える。
しかし、その考慮の材料を得るためにも、実地体験は必要と考え直し、迷宮探索を続行することにした。