32. 次の目標へ
才牙の目的は元の世界の帰還だ。
それはアゥトの町の影の支配者になっても変わらない。
そのため、世界を渡れそうだったり有用そうなエッセンス、それらが採れそうな存在の情報を、商人や冒険者組合や犯罪者たちの情報網から得ようとしていた。
そうした様々な方向から収集した情報から、才牙はこの世界について少し分かることができた。
そして分かったからこそ、才牙は悩ましい問題に直面した。
「なるほど。人間の生活圏に近い場所に住む魔物は弱い。しかし人間の生活圏の中心地こそ、各種の魔法が発達しているわけか」
才牙が収集したいと考えている、強力なエッセンス。
アゥトの町の周囲の魔物から収集した感じからすると、強い魔物ほど多種類のエッセンスを持っている傾向がある。
エッセンスの種類を確保するのなら、強力な魔物を倒した方が効率が良い。
しかし魔物から採れるエッセンスに、才牙が望む世界を渡れるだけの効果があるのかは謎だ。
逆に魔法は不可思議な現象の宝庫であり、神聖魔法に至っては神の力の欠片を用いているとすら言われている。
そうした魔法からエッセンスを取り出すことが出来たのならば、世界を渡れる術を発見できる確率は高い。
しかし、どうやってエッセンスを取り出すのか、取り出すにしても魔法を使う者の力量によってエッセンスに差ができるのかどうか。
そもそも才牙の卓越した頭脳をもってしても、呪文と想像力で発現する魔法という現象を科学や錬金術に落とし込むことは難事だった。
「ミフォンとアテタに協力を頼み、色々と魔法を使ってみてもらいはしたが……」
試しに魔法をエッセンス化しようと試みたものの、魔法の効果は瞬間的なものが多く、それらの魔法はエッセンス化を行うための時間が確保できなかった。
もちろん長時間効果が続く魔法もあるため、そちらはエッセンス化することができた。しかし長時間効果が続く魔法は、威力が弱い傾向があり、採取したエッセンスも役に立たないものばかりだった。
「錬金術の本を集めて検証したが、魔法を道具に固着化しようと考えて成功した者はいない。魔導具という物はあるが、あれは電子基板を魔法的な回路に置き換えた機械と大差なかったしな」
魔力で動く機械が魔導具であるため、科学的に理解可能な構造ばかり。とても魔法を理解する材料にはならなかった。
「この世界の人間には作れない、ダンジョンなる場所で拾うことのできる超越品。それには魔法的効果が付加されたものがあるらしいが、そちらは滅多に手に入らない上に売られているのも超高額なのがな」
滾々と水ないしは酒が湧く盃。物が見た目以上にはいる袋。刃から火を噴く剣。傷が一切つかない鎧。などなど。
迷宮で回収できる品々には、魔法を付与されたと思われる物品がある。
しかしその品は、冒険者をごまんと迷宮に突っ込んで、1つ2つ持ち出されることがあり得るという回収率の悪さを誇る。
そのため、それらの物品は非常に高額で取り引きされているという。
ミフォンとアテタに超越品について話を聞くと――
『冒険者になりたい人が誰もが夢見る、一攫千金の話ではあるけどね。夢見るだけで終わる人の方が大多数かな』
『装備品や魔法の袋以外なら、迷宮に挑んでいる冒険者はすぐに売ちゃうんだけど、貴族がすぐに買っちゃうらしいわ』
――2人ともから、入手は難しいという答えが返ってきただけだった。
「錬金術で作るポーションは、超越品にある怪我や病気を一服で快癒する水薬の模倣品らしいという情報は得られたが……」
錬金術で超越品を作りだすことは、効果が劣る模倣品とはいえ、一応は出来ている。
そして錬金術は、才牙が理解しやすい文字と図形を用いた魔法だ。
ならば、この錬金術を突き詰めていけば、世界を渡れる文字と図形を発見する可能性もある。
「となると、俺が取るべきルートは4つ――いや3つだな」
強力な魔物が出る人類の生活圏の外へと踏み出し、エッセンスの種類を拡充すること。
魔法の解析を進めるため、人類の文化の製造地となっている場所に赴くか、迷宮に入って超越品を手に入れること。
錬金術の知識を深めて、文字と図形で世界を渡る方法を探すこと。
どれも一筋縄ではいかないルートではある。
才牙は少し悩み、そして効率重視の判断でルートの1つを選んだ。
「よし、迷宮に行くとしよう。迷宮には魔物がいて超越品も手に入るんだ。エッセンスの種類の確保と魔法の解析という両得が狙えるしな」
才牙は決断すると、早速迷宮についての情報の収集に励むことにした。