2. 意図せずに
才牙はセイレンジャーとの戦いを思い出せたことで、現状を大まかに理解した。
「次元エッセンスの暴走に巻き込まれて、飛ばされたか。運が良い事だ」
次元の力は、超科学技術をもつ秘密結社イデアリスと、首領のプロトタイプボディとして作れれた才牙の頭脳をもってしても、短時間の制御で手一杯な危険な力。
そんな力の暴走に巻き込まれて、五体満足で存在で来ていることは奇跡に近い行幸だった。
「しかし、どこまで飛ばされたのか。こんな、畑も作られていない、だだっ広い草原には心当たりはないが……」
才牙は懐から携帯端末を取り出し、電源を入れる。
この端末はイデアリス謹製で、地球上のどこにいても本部と連絡がつく優れもの。アプリの地図を開けば、現在位置の特定も可能だ。
しかし才牙は端末の画面を見て、意外性から片眉を上げる。
「通信エラーが出ている。あり得ない。深海の海底でだって使用可能な設計だぞ」
才牙は訝しみ、端末の故障じゃないかと通信機能以外のアプリを立ち上げて試してみる。
確認したところ、通信機能以外は全て正常だった。
「地球上なら通信可能なはずなのに、通信だけが不可能になっている。ということは、この場所は別の星というわけなのか?」
才牙は首を傾げつつ、足元にある草を確かめてみる。別の星であるのなら、植生が違っているはずだからだ。
「シバ科とイネ科に、それとマメ科の特徴を持つ植物が、それぞれあるな。端末でデータに合致する植物か調べてみるか」
才牙は兵器開発や怪人の改造を行う部署の責任者。その端末には、兵器や怪人に使えそうな動植物や鉱物のデータが詰まっている。
写真撮影をして検索すれば、合致するデータが表示されるはずだった。
「ふむ。近似種の候補は出るが、100%合致する植物はなし。やはり、ここは地球ではないようだな」
才牙は端末を懐に仕舞うと、野花を1つ摘み取り、その香りを楽しんだ。
「ふむ。この命があるからには、イデアリスに戻ることこそが俺の役目だ。しかし別の星から帰るとなると、太陽系地球の位置の特定と、再び次元の力に手を出さざるを得ないな」
そして次元の力を完璧にものにするためには、それ相応の設備施設が必要となる。
「まずは人がいないか探すとしよう。なんなら知的生命体でもいい。どちらも改造手術すれば下僕にできるからな」
才牙は嗅いでいた花を握りつぶすと、草原を歩き出す。
とりあえず、少しでも高い位置から周囲の光景を見るため、小高い丘へと向かって。
才牙が丘の上に立って周囲を確認すると、認識可能な範囲の端に、轍が刻まれた道を発見した。
「道に車輪の跡があるということは、最低でも木を加工できる知能を持つ生き物がいるということ。前途は明るいな」
才牙は見つけた道に向かって歩きつつ、草原の中の植物に目を向ける。
そして初めて目にする植物を見かけたら、端末を向けて検索していく。
端末で表示されるのは、目標とした植物との近似種の候補でしかない。しかし、食用可能な植物の近似なら、食べられる可能性が高い。
才牙は現状遭難中である。食べられそうなものがあるのなら、確保しておくことが賢い選択だ。
もちろん、知りもしない植物を食べる気は、才牙にはない。
だが食べられそうな植物を確保しておけば、動物に食わせて毒性を調べるという機会も得られる。無事に食べられるという確証が持てたら、そのときに食べればいい。
「毒の耐性は、この体には備わっていないからな」
才牙の体は、イデアリスの首領が作ろうとしている完璧な人間の体の試作品の1つ。
しかし才牙の体は試作品の中でも、頭脳と神経と筋肉の超人化を意図して設計されたモノ。それ以外の部分については、普通の人間の体と変わらない。
毒耐性、老いと寿命の撤廃、超能力の獲得、性別の超越については、また別の試作品が担当していたからだ。
そうした別分野に長じた試作品たちのデータを集めることで、首領の完璧な肉体を作り上げる予定だった。
才牙は、ないものねだりはするまいと心に決め、地道に植物を回収しながら道を目指した。
程なくして轍が刻まれた道についた。
才牙は道の様子を見て、思わず眉を寄せてしまう。
「轍の間にある草に食われた跡がある。ということは馬車に準じる、動物が荷台を引っ張る形式か」
才牙は少しだけ憂鬱になった。
馬車が主流ということは、この星の生活様式は地球でいう近代以前のものであることが確定したからだ。
「この星の人たちの科学技術を当てにはできないか。となると1人で研究開発するしかない」
才牙はイデアリスに帰還するという望みを叶える方法が、楽できないと知って項垂れる。
しかし何時までもそうしては居られないと、頭を上げて道の前後を交互に見やった。
「さて、どちらに行くべきか」
道の先は地平線の向こうに消えているため、先に人の集落があるかどうかが分からない。
運に頼って行き先を決めてもいい。
だが才牙は科学者だ。なにか手掛かりはないかと、つい考えてしまう。
「轍がしっかりと残っていることから、それなりの頻度で人通りがあるということ。人が通るまで待つのも手だが――」
と考えを口にしたところで、才牙は自分の思考の間違いに気付く。
「地球ではない別の星であることが確定しているんだ。言葉が通じるはずもない。人と出くわすのを待ったところで、意思疎通は難しいか」
才牙は仕方がないと、道の一方に行き先を決めて歩き出した。
しかし直ぐに足を止めることになった。
何者かに見られている気配を感じたのだ。
才牙が止まり周囲を見回す。特に気配を感じた場所を中心に。
すると程なくして、地面に空いた穴から、何者かが見ていることを発見する。
「草原の穴に隠れ住む生き物か。野生動物なら良いが、人間だった場合だとロクでもないやつなことは確定だな」
才牙は道にある拳大の石を拾い上げると、大きく振りかぶって、その穴にいる何者かに投げつけた。
流石はイデアリスの首領の試作品の肉体だけあり、石は剛速球となったうえに狙い違わずに穴に飛び込んだ。
「ぎびいいいいいいい!」
「ちゃんと命中したようだな」
才牙はもう一つ石を拾い上げると、穴のある方向へと歩いていく。
すると攻撃されたことに怒った様子で、穴に隠れていたものが出てきた。
それは鷲鼻と手足を持つ矮躯な生き物で、体表が緑色をしている。先ほどの投擲で怪我を負ったらしく、額から青色の血が流れでている。そして衣服は見に付けてなく、手に大きめな石を握っている。
そんな二足歩行の不可思議な生き物に、才牙は思わず携帯端末で種族を調べてみた。
「人間の可能性20%――似ている空想上の生き物として、ゴブリンが参考資料として出ているな」
端末にあるゴブリンの画像と見比べてみると、確かに目の前の生き物と酷似していた。
むしろ、ゴブリン以外にはあり得ないという、そっくりさだった。
「これはどう考えたらいいのだろうか」
この星には地球人が考えたゴブリンに似た生き物が住んでいる。この場所は地球人の妄想が具現化されたような異世界。頭に電極を繋がれてゲームの世界に入っている。
才牙が様々な予想を立てていると、ゴブリンらしき生き物は奇声をあげながら襲い掛かってきた。
「ぎびいいいいいい!」
「少し、確かめてみようか」
才牙は落ち着き払って、迫ってくるゴブリンを待ち構えた。
そして蹴りが届く範囲までゴブリンが近づいてきた瞬間、目にも留まらぬ素早い回し蹴りが放たれた。
蹴りはゴブリンの首に命中し、首の骨が砕ける音が響いた。
「骨の強度は、人間の子供並みか少し低いな。食べ物の乏しさから、骨粗鬆症を発症していたか?」
才牙は興味深そうにゴブリンの死体を見た後で、ニタリと笑った。
そして白衣に手を突っ込むと、すぐに手を引き戻す。その手には、ピカピカに研がれた大ぶりのナイフ――否、大型の解剖刀が握られていた。
「さあ、未知の生き物だ。解剖のし甲斐がある! 心も踊る!」
才牙は嬉々として、ゴブリンの死体に解剖刀の刃を突き立てた。