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24. 成果

 才牙たちがポーションの販売を止めてから10日が経過した。

 その間、才牙たちは町の外での活動を中心とし、町の中には寝に戻るぐらいしか滞在していない。

 それだけの日数を掛けたため、アゥトの町周辺に出没する魔物は全種類遭遇し終え、それらからエッセンスを抽出し終えてもいた。

 オークからは、オーク化、剛力、悪食、精力絶倫を。音波狼からは、音波狼化、音圧、音波索敵、振動を得た。

 ひとまず近場のエッセンスは全て抽出し終えたため、才牙は1日は屋敷で研究し、次の日は町の外で冒険者の依頼をこなすという日常を送っていた。

 そうして日にちが何事もなく過ぎていくが、何事もないのは才牙と才牙の屋敷に住むものたちだけ。

 アゥトの町の中では、ポーションに関する騒動があちこちで芽吹いていた。

 その騒動の情報は、調べなくても入手することが可能だった。


「才牙様。新聞をお持ちしました」


 ヌアハが、すっかりと統括執事の役が上手くなった様子で、才牙に1枚の紙を差し出す。

 新聞とは言っているが、才牙が元いた世界の常識で当てはめて考えるのなら、これは町内新聞とも言えない瓦版のようなものでしかない。

 しかし町の中の出来事を知るには、一番適している紙でもある。

 才牙がヌアハから新聞を受け取って確認すると、目を引く見出しが幾つか書かれていた。


「性欲増加のポーションの使用過多で、老人1人が腹上死。冒険者が仲間の1人を斬り殺して投獄されたが、町の中に入り込んでいたゴブリンを倒したはずなんだと意味不明の供述。ふむふむ、混乱が表に出てきたな」


 才牙がヌアハに新聞を返すと、その代わりかのように質問が来た。


「才牙様の予想通りの展開でしょうか?」

「現状は、俺が予想した中でも、まともな方だな。悪ければ、今頃この町の中は、粗悪品に混ざったゴブリン化のエッセンスによって、住民がゴブリンと化しているはずだったからな」

「では、町は良く持ちこたえていると?」

「俺の落ち度ではある。性欲増加のポーションを色街にしか卸さなかった。そのため、金に余裕がある連中か、冒険者のような宵越しの金に執着しない連中しか、ゴブリン化の中毒者にならないようだからな」


 才牙はそう質問に答えた後で、ヌアハに1つのエッセンス封入缶を手渡した。


「これは?」

「迷彩のエッセンスだ。柔軟のお前と相性が良さそうだからな。渡しておく」

「他の者から視認され難くなるエッセンスですか。執事業でも、柔軟を生かした戦闘でも、役に立ちそうですね。ありがとうございます」


 ヌアハが一礼して研究室から出ようとすると、入れ替わりにシズゥが入ってきた。


「才牙様、才牙様! これ、やっぱり使いづらいです!」


 言いながら差し出してきたのは、以前にシズゥに渡した斬撃のエッセンス封入缶。

 才牙はその封入缶を受け取りつつも、首を傾げる。


「このエッセンスは、噛みつき攻撃にも効果があるはずだが?」


 斬撃のエッセンスは、薄平べったいものに、切れ味を直接付与するエッセンス。

 人間の門歯も平べったいので、噛みつきの威力が増す効果が期待できた。

 しかしシズゥは、それが気に入らないらしい。


「これ使うと、すぐに噛み切っちゃうです。再建の能力、生かせないです」


 シズゥの訴えに、才牙は失念していたことに気付く。


「そうか。再建の能力を使う際は、噛みつき続けなければ、対象の肉体を分解できないんだったな。噛み切ってしまっては意味がないわけか」

「そうです、そうです。だから別のがいいです」


 ちょうだい、とばかりに手を伸ばしてくる、シズゥ。

 才牙は少し考えて、2つ候補のエッセンスを提示した。


「1つは、剛力のエッセンス。これなら、一度噛みついたら離れない顎の力を手に入れられる。もう1つは、音波索敵。こちらは噛みつく相手を瞬時に見つけることができる。ただし音が出るから、相手に気付かれるとうデメリットもある」


 どちらにすると才牙は問いかけて、シズゥは両手を伸ばした。


「両方、ちょうだいです」

「……2つともか。それは予想していなかった」


 才牙は少し考えて、一度判断を保留した。保留の理由は、実験で確かめたいからだった。


「シズゥ。エッセンスプレスレットに再建を入れて、戦闘服姿に変化してみてくれ」

「? よく分からないけど、変化するです!」


 シズゥが所持している封入缶を取り出し、出っ張っている頭を叩く。


『リビルド、ディテクティブ』


 英語による音声が流れ、封入缶に入っている再建のエッセンスが活性化し始める。


「再建変化、です!」


 シズゥは、ブレスレットにある窪みの肘側から手首側へと、封入缶を差し込んだ。

 その瞬間、赤黒い輝きがシズゥを包み込む。そして数瞬後には、輝きと同じ赤黒い色で統一された戦闘服姿になる。

 大まかに才牙が変化する際と似た形状ではあるが、頭部を覆い隠すヘルメットだけが違っている。

 シズゥのヘルメットは、口部分が開いたファスナーのような形状になっていて、シズゥの口の開閉に合わせてその銀色の合わせ目が上下している。

 これは明らかに、シズゥが敵に噛みつくことを想定した作りだった。


「変化したですよ?」


 シズゥが戦闘服姿で首を傾げると、すぐに才牙から新たな命令が下された。


「剛力と音波索敵のエッセンスを、一回ずつ使ってみろ」

「分かったです!」


 シズゥは2つの封入缶を受け取ると、まず剛力の封入缶を自身の体に押し当てた。

 薄黄色の光が溢れ、それがシズゥの中へと入り込み、そして変化が現れる。


「力が、力が溢れてくるです!」


 シズゥの筋肉が、幼い少女の骨格に沿った状態で、増強された。

 使用前は少女らしい柔らかそうにラインだったのが、使用後はワイヤーで束ねた筋肉を持つかのような深い筋が刻まれた発達した筋肉に変わっている。体のラインが如実に出る全身タイツ状の戦闘服姿のため、この肉体変化は外から見てもよくわかる。

 シズゥは変化した肉体で、軽く体の動きを確かめ出す。

 突きや蹴りの速度は据え置きだが、手足が振るわれる度に重い風切り音が鳴る。

 その重々しい音は、大人でも一発で殺せる威力があることを伺わせた。

 しかし少しすると、シズゥの肉体が元に戻ってしまった。

 才牙はここで、頭の中で行っていたカウントを止めた。


「およそ180秒――3分間だけの剛力化だな。シズゥ、肉体の調子はどうだ?」

「すっごく、筋肉痛です。でも、すぐ治るです」


 シズゥは辛そうに地面にへたり込んでいたが、自身の体に赤黒い輝きが発生した直後、元気いっぱいな調子で立ち上がった。


「再建、おわったです。復活です!」

「相性は良さそうだな。それでシズゥは、剛力のエッセンスを使いたいか?」

「使いたいです! これを使えば、力負けしないです!」


 シズゥの強い要望もあり、剛力のエッセンスを使わせることにした。


「では、もう1つの方だ。音波索敵を使ってみろ」

「はい、です!」


 シズゥは音波索敵のエッセンスを自身に押し当てる。すると白い光の煌めきが、ガラスを鳴動させたような音とともに封入缶から現れた。

 その鳴動する煌めきがシズゥの体内に入り込み、効果を発動させる。

 直後シズゥの体から、木を斧で叩いたような、コーンという音が発生した。


「これは、人のいる場所が、よくわかるで――あぐぅ!?」


 シズゥは言葉の途中で頭を抱えると、その場に蹲ってしまう。


「頭の、頭の中に、生き物のいる場所が、勝手に入り込んでくるです……」


 シズゥは頭というより耳を抑えて音を聞こえなくしようとしているようだが、再びコーンと音が体が出ると苦しげな声を上げる。


「止めろです。町にいる、人、虫、植物の場所なんて、知りたくないです……」


 それからシズゥは、10秒間隔で発生するコーンという音に苦しめられることになる。それも封入缶の効果が切れる、3分間ずっと。

 ようやく効果が終わった後、シズゥはノロノロと立ち上がると、才牙に音波索敵の封入缶を押し付けるように返した。


「これ、要らないです。使うと音が頭の中にあふれて、気持ち悪いです」

「相性が悪かったようだが、効果はちゃんとあったようだな」

「いろいろな生き物の場所がわかったです。でも、いろいろ分かり過ぎるです」


 情報量が過多となり、シズゥの頭脳では処理しきれなかったのだと、才牙はその感想から判断した。


「再建の力で、その気持ち悪さは治らないのか?」

「頭の中が傷ついたんじゃないから、再建しても意味ないです」

「そういうものか。分かった、音波索敵は返してもらおう」


 才牙がそう返すと、シズゥは変化を解いて通常の姿に戻り、再建の力を使ってお腹が減ったからと食堂へと向かっていった。

 ヌアハとシズゥが去って、才牙がこれからエッセンスの研究に入ろうとすると、3度目の訪問者が現れた。

 ミフォンとアテタが揃って、研究室の扉をノックしてきたのだ。


「どうした2人とも。何か問題が起こったって顔をしているが?」


 才牙が察し良く質問すると、ミフォンが呆れ顔になる。


「そう予想通りって顔をされると、才牙の掌の上で転がされている気分になるなー」

「褒め言葉は別に要らない。用件を言え」

「褒めてないんだけど?」


 ミフォンはそう苦情を言ってから、本題を切り出した。


「色街から連絡が来たわ。性欲増加のポーションの件で、話がしたいって」

「差し詰め、お得意様がゴブリン化して困っているから、どうにかしてくれってことだろうな」

「……連絡を持ってきた人が、内緒だけどって断りをいれてから、同じことを言ってた」


 ますますミフォンの顔が、この事態は才牙が裏で手引をしているんじゃないかと疑うものに変わる。

 才牙は、そんなミフォンのことなど構いなしに、幾つかのエッセンス封入缶を携え、ミフォン、アテタを連れて色街へと出かけることにした。

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― 新着の感想 ―
特撮あるある 聴覚強化フォームは使いずらい
[一言] エッセンス同士の相性ってのもあるんですねえ 音波索敵は才牙の脳だったら情報に耐えきれるのかなあ
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