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23. 食後休憩

 残った半身と1匹丸々の鱗猪の丸焼きを、シズゥは全て食べてしまった。

 二次性徴前のような幼い体の体重以上の量のため、当然エッセンスの力を用いての完食だ。


「残るのが皮だけだから死体処理に有用な力ではあるが――」


 才牙は目の向きを、鱗猪の皮と皮にまとわりつく殻からシズゥに向ける。幸せそうに自身のお腹を撫でているシズゥを見て、首を横に振った。


「折角の異世界における直接の配下1号だ。本人が望まないものを食べさせることは止めよう。処理に用いるなら、適当な人間を捕まえて再建のエッセンスを使わせればいいしな」


 そんな感想を漏らしながら、錬金術の魔法陣が描かれていた紙――使用後に陣の形に焼け焦げたそれを、才牙は回収する。

 その作業を、ミフォンは見ながら、才牙に尋ねる。


「さっき、自分でエッセンスを回収しにいかなきゃって言ってたけど、人に任せるのはできないわけ? その紙を使えば、魔力があれば誰だって錬金術ができるんでしょ?」


 当然の疑問だと、才牙は質問内容には頷いてから、意見を否定する首振りを行った。 


「基本的に、俺は人を信用していない。正確に言えば、人格や正確ではなく、その能力をだ」

「傲慢な言い草じゃない?」

「そうじゃない。俺の肉体は全ての人間を越えるスペックになるよう製造されたものだ。つまり、頭の出来も常人以上なのは確定している事実だ。そんな俺が実行できる程度のことを他の者に要求する、このことこそが傲慢じゃないか?」

「つまり、優秀な貴方ができることでも、他の人はできないに違いないって考えなわけか」

「俺が他人に仕事を頼むときは、頼んだ半分も出来れば上々だと思うようにしている。1割でも満足だ」

「でも完璧な仕事をしなければいけない場合は、自分自身でやるしかないと考えているわけでしょ。やっぱり傲慢でしょ」


 ミフォンの意見に、才牙は肩をすくめる。


「それが真実だ。実際、アゥトの町でポーションの模造品や粗悪品が出回っている理由も、俺以外の者の低能さによるものだぞ」


 変な言い分に、ミフォンだけでなく、横で話を聞いていたアテタも首を傾げる。


「どうして、そういう考えになるわけ?」

「才牙様が、なにか企んだ結果なのではないの?」


 不信と信頼の両方向の言葉に、才牙は呆れ顔を返す。


「俺が渡した錬金術の板やレシピが偽物だと考えているのなら、それは間違いだ。どれも真正直に従えば、俺が作ったものと同じものができるようになっている」

「じゃあ、どうして模造品や粗悪品が?」

「それは作る者が無能だからだ。いや、勤勉でないからと言い換えてもいいか」


 その説明ではわからないと、ミフォンとアテタも首を傾げたまま。

 仕方なく才牙は、アテタに持たせていた鞄の中から、5枚の魔法陣が書かれた紙を取り出した。


「この5枚の魔法陣は、ゴブリンから各種エッセンスを取り出し、精製する際に使用するものだ」

「5枚? ゴブリンのエッセンスは、ゴブリン化、悪臭、性欲増加の3つじゃ?」


 ミフォンの疑問に、才牙はその通りと頷く。


「その3つを分けるために、1つずつ魔法陣が必要になる。つまり色街に卸していた性欲増加のポーションだけ作る気なら、この2枚は必要ないことになる」


 才牙はゴブリン化と悪臭のエッセンスを作るための魔法陣を、鞄の中に戻した。


「性欲増加のエッセンスを分けるこの魔法陣ではない、残る2枚の魔法陣について。1枚はゴブリンの体から全てのエッセンスを抜きだすためのもので、もう1枚は抜きだしたエッセンスを純化させるもの。性欲増加のポーションを作る行程で例えるなら、まず全てのエッセンスを抜き出し、次にそのエッセンスから性欲増加だけを抜き出す。そして性欲増加の中にある邪魔な他のエッセンスの残滓を純化させて、綺麗な性欲増加ポーションの元が出来上がる」

「ポーションの元って、それで完成じゃないんだ?」

「純化したエッセンスは強力だからな。水やら酒やらで薄めないで使えば、廃人になることが実証済みだ」


 才牙の錬金術の講義を聞いて、ミフォンに新たな疑問が沸き上がる。


「聞いたところ、難しいことはないんじゃない? 3枚の魔法陣を使えばいいんでしょ?」

「お前は手間を軽く考えすぎだ。性欲増加のポーションを作るには、ゴブリンの死体と、3枚の魔法陣を書かなければいけない。ゴブリンの方は冒険者が狩って持ってきてくれるとしてもだ、魔法陣は文字が1つでも間違っていたら作り直しになるため気が抜けない作業だ。そんな神経を使う作業、普通の人間はやりたがらないものだろう」


 才牙が掲げている錬金術の魔法陣が書かれた紙を、ミフォンは改めて観察している。

 紙にある魔法陣は、幾何学模様や円形が多用され、その中に複雑な字が書き込まれてある。

 それを1つ1つ手書きで作ることを考えたのだろう、ミフォンの表情が嫌そうに歪んだ。


「前に錬金術師は教わったままの魔法陣を使うって言ってたけど、それってつまり、その魔法陣を意味が分からないままに丸写ししなきゃいけないってことでしょ。写本作業を手伝ったことがあるけど、あれは本の内容がわかるから気が楽だったけど、それがないとなると……」

「ミフォンのように、普通の人間なら誰もが掛ける手間が惜しくなるもの。恥じることはない。実際、省こうと思えば、省けなくもないしな」


 才牙は3枚持っていた紙の内、1枚だけ抜き出す。


「究極的に言ってしまえば、この性欲増加のエッセンスを抜き出す魔法陣だけで作れなくもないからな」

「じゃあなんで3枚も――って待って、才牙の事だから無駄なことはしてないことは確定。ってことは、3枚使わないと不都合がでるってこと?」

「その通り。この1枚だけで作ると、エッセンスの中に色々な不純物が混ざってしまう。ゴブリンの血や体の臭い、ゴブリン化や悪臭のエッセンスなどがな」

「つまり、その1枚の魔法陣で作ったポーションが、粗悪品ってことね」

「模造品は、純化の魔法陣を使っていたり、もしくは別の方法で多少は精製されているもののことだ」


 ミフォンがなるほどと頷いていると、アテタが挙手して質問をしてきた。


「怪我が治るポーションの方の、粗悪品と模造品はどうやって作っているのかしら?」

「俺が冒険者組合に渡した板を使えば、本来なら粗悪品や模造品が出来るはずがない。って疑問か?」

「だってポーションを作る際、才牙様は魔法陣1つだけしか使ってなかったでしょう? 手間を省くところがない気がするわ」

「確かに魔法陣については、省ける部分がないな。ただし、使用する薬草の量や、その薬草に別の草が混ざっていたりした場合はどうだ?」

「順当に考えるなら、薬草の量を減らせば、効果は薄くなるかもしれないけどポーションの数を多く作れるんじゃないかしら。少し別の草が混ざっていても、少し効能が悪くなるだけの気がするわね」 

「そうだな。薬草の量を適当にやっても、薬草の選別が大雑把でも、それなりの効能があるポーションが作れてしまう。なら真面目に薬草の量を図ったり、薬草だけを素材にするよう気を配ったりはしなくなるものだ」


 そうした作業者の手抜きによって、効果が悪いポーションが出来ているのだと、才牙は確信していた。


「つまるところ、アゥトの町に粗悪品や模造品が出回っている件については、俺が企んでのことじゃない。人間特有の手抜きによる人災でしかない」


 そんな間抜けな理由の騒動に関わるのは御免だからと、才牙はアゥトの町から出ての活動に移行したわけだ。


「さて、十二分に休憩は取れた。未だ出会っていない、オークと音波狼を探しに行くぞ」

「探しにって、もう日が中天から傾いているんだけど。いまから探したら、日が暮れるってば」

「日が暮れたなら野宿すればいい。食料なら、大爪兎か強襲鳥を食えばいい。向こうから襲ってくるんだから、探す手間が省けて好都合だろ」


 聞く耳のない才牙の様子に、ミフォンとアテタは顔を見合わせ、ミフォンは肩を落としてアテタは苦笑を漏らした。

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― 新着の感想 ―
[一言] 全てがそうではないにしても現役の冒険者からして勤勉な感じではないみたいですからねえ なるべくして今の状況になった感じですなあ
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