20. 町の外
官憲に模造品の関与を疑われた翌日から、才牙はミフォンとアテタとシズゥを連れて、アゥトの町の外へと出た。
アゥトの町から逃亡するわけではなく、冒険者として活動するため。冒険者組合で、アゥトの町周辺にいる魔物の討伐の依頼を受託している。
才牙は冒険者組合で渡された、アゥトの町の周辺にでる魔物の絵姿と簡単な説明が入った紙を見る。
「ゴブリン、草犬、大爪兎、強襲鳥。ごく稀に、オーク、音波狼、鱗猪が出るわけか。ミフォンとアテタは、これらの魔物と戦ったことがあるのか?」
「駆け出しの頃は、その魔物たちと戦う日々だった。ゴブリン以外、どれも食用になるから、討伐料と肉の売却で資金集めに丁度良かったし」
「ついでに薬草採取の依頼も受けておいて、頑張って装備を整えるお金を集めたっけ。懐かしいわ」
ミフォンとアテタは、見たところ20代。その彼女たちが『懐かしい』と言い放ったことに、才牙は疑問を抱いた。
「懐かしいと言うほど、町近くの魔物を討伐する依頼は受けていないのか?」
「冒険者になりたての頃以来だから、3年ぐらい前かな?」
「私は5年前ね。ミフォンのパーティーと合流する前から、開拓村まで強い魔物の討伐に言っていたから」
アテタの言葉を聞き、才牙は開拓村に出るという強い魔物について興味を抱いた。
しかし才牙は、そのことについて質問することはなかった。
なぜなら、体毛が緑色の中型犬を、草原の茂った草むらの中に見つけたからだ。
「あれが草犬か。体毛が保護色となっているのを見るに、待ち伏せからの強襲が得意のようだな」
才牙と草犬の視線が交わってすぐに、草犬が草むらの中から出てきた。
肋骨が浮いた痩せた、中型犬の大きさの体。犬歯が大きく、下顎の少し先まで長く伸びている。飢えからか、口からはダラダラと涎を出している。
そんな草犬の姿を目にして、才牙は危機感より疑問を抱いた。
「ふむ。犬なのに、草犬は群れない生態なのか?」
「基本的に単独で、繁殖するときだけ家族単位の群れを作るらしいってさ」
「なぜ伝聞系なんだ。戦った経験があるんだろ?」
「魔物の詳しい生態なんて、学者じゃなきゃ知らないって。冒険者の場合は、ぶっ殺せば同じだって、そう考えるものだし」
冒険者にとって大事なのは、依頼を達成して金を得ること。魔物の生態に詳しくなったところで、銅貨1枚の儲けにもならないのなら、覚える必要を感じない。
ミフォンの説明に、才牙はそう考えるのかと驚く。
「魔物の生態に詳しくなれば、その魔物がどこにいて、どう戦えば楽に勝てるか分かるだろうに」
「そんな手間をかけるのは、もっと強い魔物からかな。知らなくたって、草犬程度なら楽に勝てるし」
「魔法1発で倒せるような、弱い魔物だものね」
アテタがミフォンへ同意するのを見て、才牙はそれが冒険者の認識なのだと理解した。
「まあいい。新たな研究材料が前にあるんだ。検体確保と行こうじゃないか。シズゥ、やれ」
「はーい! やるですよ!」
シズゥが草犬へと駆け出していく。
草犬は、10代前半の少女という小さく弱そうな見た目の生き物が近づいてくることに、尻尾が喜びの感情を表す様子で揺らす。
そして草犬は一足で跳びかかれるいちまで、シズゥの接近を待った。
「グルアアアア!」
草犬が声を上げ、大口を開け、シズゥへと跳びかかる。
狙いは喉。鋭い犬歯による噛みつきで、失血死と窒息死を狙う攻撃だ。
攻撃が成功すれば、まさに致命の一撃になりかねない。
しかしシズゥは、怖気づいた様子もなく、首元へとくる草犬を迎撃するべく手を出した。
駆けていた勢いを乗せた、思いっきり踏み込んでの右アッパー。
その拳は草犬の顔面を的確に捉えた。
「キャワ――」
草犬が痛みによる悲鳴を上げようとしたようだが、途中で途切れる。
シズゥの勢いを乗せた拳の一撃によって、草犬の首から骨が折れる音がしたことが理由で。
「シズゥの拳で一撃か。確かに弱いな」
才牙の呟いた感想に、ミフォンが驚きの目を向ける。
「いやいや。流石にシズゥちゃんぐらいの子が殴って倒せる魔物じゃ――でも、実際に倒せてるし??」
ミフォンが自分が培った常識といまある現実が噛み合わないことに、混乱をきたしている。
アテタの表情も、苦笑い気味な微笑みだ。
「確かに駆け出し冒険者が相手にできるほどに弱い魔物だけど、それは武器を持っての話だったのよ」
2人の意見に、才牙は首を傾げる。
「俺の知る犬と耐久度が同じなら、シズゥが殴り殺せることに驚きはないんだが?」
ここでも2人との認識に差があった。
一方でシズゥは、危なげなく草犬を倒せたことに喜びながら、その草犬の死体を才牙のもとへと持ってきた。
「才牙さま、やったです!」
「うむ。褒めてやろう」
才牙がシズゥの頭をワシワシと撫でると、きゃっきゃと喜びの声が上がった。
その姿を見て才牙は、シズゥは犬っぽいなという感想を抱いたのだった。