19. 目的と目標
才牙は粗悪品や模造品が出回っていることを知って、研究室にミフォンとアテタを呼んだ。
「これからしばらく、行商には行かなくていい」
唐突な宣言に、ミフォンは喜びの表情を浮かべかけてから顔を顰めるという器用なことをしてみせた。
「ポーションを売りに行かないのは良いけど、またぞろ何か怪しいことを考えているわけ?」
「失礼な。今回は、純粋にお前たちの身の安全を考えての提案だぞ」
珍しい才牙の発言に、ミフォンもアテタも目を丸くしている。
「心配してくれて、ありがとう。それで本音は?」
「そうです、才牙様。あたしは才牙様の僕。本音を語って欲しいわ」
信用されていない様子に、才牙は肩をすくませる。
「本当にお前たちの身の安全のためだ。馬鹿な買い手は、本物と模造品との違いはわからない。お前たちが行商を続ければ、その馬鹿な買い手に詰られることになる。買った薬が効かないだの、副作用が出ただのな」
「行商を止めれば、その危険から遠ざかることができるってこと?」
「そうだ。あとは、100人の配下たちが仕事で稼いでくれるからな。お前たちに行商で小金を集めてもらう役目は終わりにして、次の段階に移行したい」
「次の段階って?」
ミフォンが問い返すと、才牙は腕組みする。
「俺の目的は、元の世界へ帰還することだ。そのためには、帰還するに足る力が必要。その力を得られる、エッセンスがな」
「アゥトの町の中で、そのエッセンスがないかを探すということ?」
「世界を渡る力が町の中にあるはずもない。だが、手がかりや指かかりになる情報はあるはずだ。例えば、魔法に世界を渡るものがあるかもしれないし、ゴブリンよりも強力な魔物のエッセンスなら十二分な力を発生できる可能性もあるし、お前が前に言っていた神の力も候補の1つだ」
才牙の計画に、ミフォンは途方もないと呆れる。
「魔法と魔物を調べるのは納得するけど、神の力を得ようって、馬鹿じゃないの」
「その反応からすると、この世界の常識では、神の力を入手することは難しいのか? お前は神聖魔法とやらが使えるのにか?」
「神聖魔法は、神のお力のごく僅かな欠片を借りているだけ。つまり砂粒ほどの神のお力が、魔物を退治できてしまう。それほどに強力ってわけ」
「それほどに強い力なら、時の権力者が手にしたいと思うはずだが?」
極まった権力者が望むものは決まっている。死の恐怖から逃れる永遠の命と、敵対者を退けて我が侭を通す無敵の力。
ミフォンが語る神の力は、一片で生き物の生命を断てるという、まさに無敵の力。
権力者が望まないはずがない。
しかしミフォンは、首を横に振った。
「大昔に、そういった人がいたって昔話はある。けど、神罰で死んだらしくて、それ以降は無暗に神の力を得ようとする人はでてない」
「ふむ、話の流れから考えるとだ。その大昔の人物が神聖魔法を編み出したのか?」
「当たり。その人は神聖魔法の開祖であり、世界で唯一神の御手で命を奪われた神に背いた者ってっことになってる」
巨大な力を求め、神に挑み、神聖魔法という成果を出しながらも、野望に潰えたという人物。
才牙は、その探求心に敬意を抱いた。そして、最終目標も定まった。
「それほどに強い力ならば、世界を渡ることも容易いだろう。そして憎きセイレンジャーを倒すためにも使えるだろう。狙わない手はないな」
「私の話、聞いていた? 無理だって言ったでしょうに」
「何事も挑戦だ! 過去に無理でも、いまは違うかもしれない! その開祖とやらが失敗しただけで、この俺なら成功するかもしれない!」
才牙が譲る気がないと分かって、ミフォンは呆れを突き抜けて無感情になっている。
「馬鹿な真似を死んでもいいんだ」
「ふん。次元エッセンスの試行で終わるはずだった、この命。失われたところで、秘密結社イデアリスの損失にはならない。だが逆に神の力を手に入れられたのならば、大きな利益となる。挑まない理由がないな!」
言い切ったところで、才牙のテンションが下がり冷静になる。
「もっとも、神の力の奪取は最終目標だ。その力を得るためには、神の力に屈さないだけの他の力が必要。まずはそれを得る」
「神に匹敵する力なんて、この世界にはないけど?」
「匹敵はしなくていい、比肩でなくてもいい。ただ1度だけ耐えられれば良い、その神罰とやらにな」
「1回耐えたところで、次の神罰が来ると思うけど?」
「ふん。1回を耐えさえすれば、俺なら耐えた間に神の力を得られる。そして神の力を得たのなら、神罰など恐れることはない」
壮大な目標に、ミフォンはもうついていけなかった。
「勝手にしなさい。私はアテタを以前と同じに戻してくれるのなら、それでいいし」
「約束は果たす。もう少ししたら、この町が面白いことになる。その後に戻してやろう」
「面白いこと?」
ミフォンは嫌な予感がして問い返したが、才牙はニヤニヤ笑いをするだけで答えを与えはしなかった。