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16. 予想外

 才牙が貰った屋敷に、ミフォンとアテタがやってきた。才牙が治験を終えるまで、宿屋の部屋の引き払いと、ポーションの行商に行ってもらっていたのだ。

 行商の売り上げ金を携えて、2人が屋敷の敷地に入ると、すぐに人がやってきた。

 才牙の治験を乗り越えた、元病人の男性だ。


「お二方。この屋敷に、どのような御用件で?」


 男性の口調は、病気でやつれた顔と着ている粗末な衣服とは裏腹の、教養を感じさせるもの。

 ミフォンは違和感を抱いた表情になるが、その疑問を棚上げしたようだった。


「才牙――この屋敷の主となった人の仲間です。通して貰っても?」

「お話は伺っております。おそらく、貴方様がミフォン様で、そちらの方がアテタ様ですね。どうぞ中に」


 男性に迎え入れられて、ミフォンとアテタは屋敷の敷地へと入る。そして屋敷の玄関までの道を歩きつつ、周囲を確認する。

 屋敷の外には30人ほどがいて、外壁の修理や中庭の掃除を行っている。

 屋敷の窓から内側を覗くと、多数の人が部屋や廊下を掃除している姿がある。

 傍目から見れば、治した病人を働かせているだけの光景だ。

 しかしミフォンは、その人たちの身動きを見て、言いようのない不安感に襲われた。


「なに。なにに、私は気持ち悪がっているんだろう?」


 ミフォンは疑問に思いつつ、屋敷の中へ。

 玄関近くにいた女性に呼びかけ、才牙のいる場所まで案内してもらう。

 その道すがらにい出くわす人々に、やはりミフォンは違和感を感じる。


「病気の痕跡が残っている人がいて、それを違和感だと思っている――ってわけじゃないし」


 ミフォンはなにに疑問を感じているか分からないまま、案内された部屋へ。

 中に入ると、そこは屋敷の主の寝室――だったはずだが、部屋の中はガランとしている。

 部屋の中にあるのは、人間の背丈ほどまで箱に乗せられて調節された長椅子、それに向かい合っている才牙、そして12の死体――長椅子に1人横たわっているので、13人の死者たちだった。

 ミフォン達が中に入ってきたことに、才牙が気付いて振り返る。


「お使いと行商は万事順調か?」


 才牙の体の横を越して、横たわっている死体を、ミフォンは目にする。

 病魔に蝕まれ続けてガリガリに痩せた体を持ち、そして死が喜びであるかのような恍惚とした表情をしている、年端もいかない少女だった。

 病死したと思わしき少女を全裸にして、高い位置に調節した長椅子に横たえている。

 日が良く当たる部屋の中という状況を考えても、怪しげな儀式の最中にしか見えない。


「才牙。なにをやっている」

「なに、死体が13個もあるからな。元いた世界での仕事のノウハウを生かして、有効活用しようと思ってな」


 才牙は一度長椅子から離れると、大人の男の死体を引きずって戻る。そして白衣から解剖刀を引き抜くと、少女の死体の鳩尾から股上までを一気に切り裂いた。

 内容物がまろび出る様を見せられて、ミフォンは気持ちが悪くなる。横ではアテタも、才牙の蛮行に顔色を青くしている。

 気持ち悪がる2人の様子などお構いなしに、才牙は少女の切り裂かれた腹の内側に、先ほど引っ張ってきた男性の死体の片腕を突っ込む。

 そんな猟奇的な前衛芸術のような姿にした後で、才牙は封入瓶を1つ取り出す。


「では、再建のエッセンスの出番だ」


 才牙が封入瓶をエッセンスドライバーのスロットに入れて変化し、ドライバーの引き金を引いて必殺技を発動。赤黒い煌めきがまとわりついた腕を、少女の死体に押し付ける。

 すると赤黒い煌めきは、少女の肉体へと入り込んでいった。

 その直後、少女とその腹に腕を突っ込ませらえた男性の死体に、変化が現れる。

 少女の死体は、まるで健康だったときまで巻き戻るかのように、ガリガリに痩せていた体が、少女らしいふっくらとした肉体に戻っていく。

 逆に男性の死体は、栄養を吸い取られているかのように、さらに痩せた様子へと変化していく。

 その異様な光景に、ミフォンは思わず才牙に問いかけていた。


「な、なにをしているんだってば!」

「トカゲが尻尾を再建するように、他の死体を使って、死体の肉体の再生をやってみているんだ。しかし、死体の中で1番体躯が小さい個体を選んだのに、再建で消費される量が予想以上に多いな」


 この返答に、ミフォンは驚愕する。


「もしかして、死体を生き返らせようとしているの!?」

「俺が元いた世界では、脳と神経の損傷さえ治すことができたら、死体は生き返るものだったぞ?」


 そんな技術があるのは、秘密結社イデアリスだけだという点を棚上げしての、才牙の言葉。

 ミフォンは、才牙が冗談を言っているんだと思い込みくなった。しかし現実に、少女に肉体は見た目では健康的なものになりつつある。

 そうしてミフォンが驚愕している間に、才牙の変化が解けて白衣と黒スーツの姿に戻った。エッセンスドライバーのスロットから封入瓶が吐きだされ、瓶が空中で砕けて霧散した。


「時間切れか。いや、処置は成功したと見ていい」


 才牙が呟いた通りに、死体である少女の見た目は、まるで寝ているだけのように見える姿まで回復していた。

 再建素材として使われた男性はというと、まるで空気が抜けた風船のように皮と毛だけの姿になって、少女の閉じた腹のへその部分から垂れさがっている。

 才牙が男性の死体だったモノを引っぱると、少女の腹の内側から細長く絞られた皮がズルリと抜けて出てきた。


「へその穴は後で塞ぐとしてだ。損傷は治したんだ。後は心肺蘇生を行えば、理論上では生き返るはず」


 才牙は全裸の少女を長椅子から床に横たえし替えると、心臓マッサージと人工呼吸を行う。

 全力で心肺蘇生を行うと、少女の喉から呼吸する音が発生した。


「ひゅ、あ」

「よし、自発呼吸が始まった」


 才牙は指で少女の目を開かせて、手で日陰を作ったり、窓から差し込む日差しに顔を向けさせたりする。


「瞳孔の反射もある。蘇生成功だ。あとは仕上げだな」


 才牙は白衣の内側から、この世界の素材で作った封入缶を取り出し、それを少女の額に押し付けた。

 その光景を見て、ミフォンは屋敷で働いている人たちに抱いていた違和感の正体に気付いた。


「才牙、貴方! アテタと同じことを、病人の人たちにやったんでしょ!」


 ミフォンが抱いた違和感は、屋敷で作業をしている人たちの仕草が、誰も彼も似通っていたから――人型ロボットの動きを見て抱く違和感に近いものだった。

 突然の非難に、才牙は訝しげな視線をミフォンに向ける。


「同じじゃない。この封入缶に入っているのは、100人の病人の記憶であって、お前の仲間だった者たちの記憶じゃない。それに知識の選別と精製もしてある」

「選別? 精製?」

「お前が要望したんだろうに。封入缶にある仲間の記憶が混ざったものから、アテタだけの記憶を分離してくれ。それが褒美に欲しいとな。この実験は、その作業の試行でもあるんだが?」


 ミフォンにも責任の一端があると言いたげな口振りだ。

 そんな口論をしている間に、記憶の封入缶から出ていた煌めきが途絶えた。処置が終わったのだ。

 少女は目を見開くと、間近にいた才牙をじっと見る。その視線には、ご主人様を見る飼い犬のような、信頼感と服従欲がある。

 その瞳のままで、少女は体を起こしてから、口を開く。


「才牙様。お腹減ったです」


 予想外の言葉に、流石の才牙も面食らった。


「今までの記憶処置を行った者とは違った発言だな。興味深いが――空腹なのか?」

「はい。あれ、食べていいです?」


 少女が指す先にあるのは、残り11体の死体。

 言葉と指したモノの意味を考え、才牙はこの少女に更なる興味と期待を抱いた。


「食べていいが、いくつ欲しい?」

「2つ。お胸が豊かな女性のものがいいです」

「いいぞ。自分で選んで食べろ」


 才牙が促すと、少女は立ち上がり、そして11体の死体に近づく。

 そして死体の中から、病気で肉体が衰えても乳房が豊かなまま残っていた女性を2人引っ張り出した。


「では、いただきますです」


 少女は大口をあけると、1体目に噛みついた。直後、少女の口から赤黒い煌めき――再建のエッセンスの光が発生した。

 死体の体が見る見るうちに縮んでいき、やがて皮と毛しかない状態になった。

 少女は「けぷっ」と可愛らしいゲップをした後、なぜか自分の胸元をペタペタと叩いてから、2体目に歯を突き立てた。

 その2体目も、すぐに皮と毛だけの姿になった。

 少女は満足そうな顔で自分の腹を撫で、そして再び自分の胸元を叩いて、なぜか不満そうな顔になる。


「育たないです?」


 その独り言を聞いて、才牙は少女の不満の原因に気付いた。


「お前が、なぜか自発的に使えているエッセンスは『再建』だ。元の状態に戻すものであって、胸部を膨らませるような改造の力はない」

「戻すだけかです……」


 少女は期待外れだとばかりに、肩を落とす。

 そんな姿を見て、才牙は更なる興味を持った。封入缶や封入瓶もなしに、1つだけとはいえエッセンスを浸かって見せている、この存在を。


「お前の肉体は成長期だ。十二分に栄養をとれば、自ずと胸は膨らんでくるだろう。そのときが来るのが待てないというのなら、俺が改造してやろう」

「できるんです?!」

「女性の胸が膨らむのは、女性ホルモンの影響だ。俺が元いた世界で、女性ホルモンを注射して胸を大きくすることは実証されている。こちらの世界で、女性ホルモンを増加させるエッセンスが見つかれば、それをお前に投与してやろう」

「さすがは才牙様です! いっしょう、ついていくです!」

「よし。ならお前を、この世界における俺の直属の部下1号に任じてやろう。記憶を消して名前もなくさせてしまったからな、名付けもしてやる」


 才牙は少女の特徴を考えて、名前を決定する。


「お前は『シズゥ』――元いた世界における、古来からある言語での再建を意味する名前だ」

「しずぅ。うん、シズゥはシズゥなのです!」


 喜ぶシズゥの頭を、才牙が撫でる。シズゥは犬が飼い主にされているように、頭を手に押し付けるように動かして喜びを表現している。

 そんな2人の様子を、ミフォンは死体が蘇ったことが信じられない面持ちで、アテタは手放しに喜んでいる様子で見ていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] エッセンスをそのまま自分の能力として扱える様になっているとは 言動や欲求はある意味普通の人間の様ですが死体を食べたいって言う辺り倫理観は普通ではないですし いやあ、不思議な個体になりましたね…
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