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15. 実治験

 才牙は色街の老婆から、豪商が落ちぶれる前に建てたという、豪邸を貰うことになった。

 後日に鍵と地図を貰い、その場に行ってみると、聞きしに勝る豪邸があった。


「『コの字』型の、総焼成レンガ造りの2階建て。部屋数は窓の数だけでも40室はありそうだな」


 20メートル四方はありそうな土地の周囲は、赤いレンガで囲われている。その囲いの限界ギリギリになるまで、大きく豪邸が作られている。

 詫び料代わりの物件とはいえ、無料ただでくれるにしては大仰な建物だ。

 しかしこの豪邸をあの老婆が『押し付けてきた』理由が、すぐにわかった。

 豪邸の方は綺麗な状態で残っているが、コの字の真ん中の部分は草が伸び放題で荒れている。屋敷を囲う外壁も、こちらは日干し煉瓦を使用していたらしく、風雨の影響で壁のいたるところが崩れている。

 そしてなにより、この豪邸の門の前に集まっている、大量の人たち。

 誰も彼もが大小様々な病気を患っているようで、中には担架で運ばれて地面に転がされた虫の息な者もいる。

 まさに半死半生と言う表現がピッタリな人たちが、およそ100人。


「この病人を押し付ける先が出来ると思えば、崩れた外壁を直さなきゃいけない豪邸を手放しても惜しくはないってことだな」


 色街という人と人が肌を触れ合わせる場所の特性上、病気が移るかもしれないと客が嫌がるため、病人100人に働き口はない。

 しかしこの100人は、飯も食べれば排泄もするし、治療を受けさせることもしなければならない。それらを無常に制限して死なせたとしても、死体処理をするにも金がかかる。

 それらの経費が積み上がれば、なるほど豪邸の購入代金をも上回るに違いない。


「まあいい。病人は俺が望んだことだしな。幸いなことに、死にかけも10人以上いるようだからな」


 才牙は実験材料に事欠かないと笑顔を浮かべて、豪邸の門を鍵で開け、100人の病人と共に豪邸の中へと入った。



 才牙は秘密結社イデアリスで仕事をしていた経験を生かし、病状の重いものと軽い者を分けた。

 そして今すぐ死にそうな病人17人を、すぐに実験に用いることにした。


「喜べ。実験が上手くいけば、お前たちは命が助かる!」


 才牙が悪の研究者らしい傲慢な物言いをするが、死にかけの患者は息をするので精一杯な様子で反応がない。

 その無反応ぶりに、才牙は興が削がれたと言いたげな顔になる。


「まったく、ノリが悪い。少しは怯えた表情でも見せればいいのにな」


 才牙は肩を落としつつ、一番手近にいた30歳過ぎの体表のいたる場所に大きく張り出した腫瘍がある女性に近づく。そして癒しのエッセンスを詰めた封入瓶を押し当てる。

 封入瓶から薄緑色の煌めきが発生し、その輝きが女性の腫瘍がある体へと入り込んでいく。

 その効果はすぐに現れ、女性の土気色だった顔色に朱色が戻ってくる。

 しかし直後、その女性は声を潰さんばかりの大絶叫を口から吐き出す。


「いぎいいいあああああああああああ!」

「ふむっ。癒しのエッセンスの影響で、腫瘍が大きくなって神経を圧迫しているのか。癒しのエッセンスは肉体的な損傷や体力回復には使えるが、腫瘍が拡大するリスクがあるようだな」


 才牙は納得から頷くと、別の封入瓶を取り出す。そしてそれを、女性の腫瘍の一番大きな場所に当てた。

 すると封入瓶から、今度は黒紫色の毒々しい輝きが現れ、腫瘍の中へと入り込んでいく。

 直後、子供の握り拳ほどもあった腫瘍が紫色に変じ、やがて黒くドロドロと溶解した。

 腫瘍が溶けた影響で、女性の肉体に大穴が空いていた。


「毒のエッセンスの効果は劇的だな。これなら、腫瘍を全て毒で溶かすことができる。よし、これは『溶毒』のエッセンスと名付けよう」


 才牙が女性の腫瘍全てに毒のエッセンスの封入瓶を押し当て、体表にある全ての腫瘍が取り除かれ、女性の体は穴がボコボコと10箇所ほど空いた状態になった。


「ではもう一度、癒しのエッセンスの効果検証だ」


 才牙が癒しのエッセンスの封入瓶を、穴あきの女性の胸元へ押し付ける。薄緑色の煌めきが女性の体へ入り込み、毒のエッセンスで空いた穴の形に新たな皮膚が形成された。


「欠損状態を直す力はないのか。いや、小さい穴は消えている。欠損具合の大きさが問題か」


 才牙は状態をつぶさに観察しつつも、目の前の女性が死の危険から脱したことを察知する。

 才牙はこの女性を軽度の病人を詰めた部屋へ入れ替え、また新たな死にかけの病人に向き合う。


「さあ、ここからは新たなエッセンスの検証だ。病に効くという薬草から抽出し、癒しとも毒とも違うエッセンス。恐らくは消毒か抗菌のエッセンスだと予想しているが、さてどうかな?」


 才牙は、粗末な服の胸元がカビ混じりの痰で汚れている、10代の少年に新発見のエッセンスを投与してみた。

 発生した煌めきの色味は癒しのエッセンスと同じ、薄緑色。

 投与して10秒ほど待つと、急に少年が大きく咳き込み始めた。


「ごほごほごほ――ゴボッ!」


 少年は口から大量の痰を吐きだし、咳の終わり際に白黒の毛玉のようなものまで口から出した。そして咳き込みで腹筋を強く使ったからか、小便と大便までもが股間から流れでている。

 才牙は少年が出したものを観察し、満足のいく結果だと口だけを曲げる笑顔になる。


「肺を蝕んでいたカビやら細菌やらがまとめて吐きだされ、膀胱や消化管に蔓延っていた病魔も便として排出されている。瀉血すれば、血液中の病原体すら体から追い出せそうな所感がある」


 この病気を体から追い出すエッセンスを、才牙は『退病』のエッセンスと名付けた。


「さて、この退病のエッセンス。全ての病気に効くのかは、後に実証しよう。それより先に、この世界の動植物から分離したエッセンスの試用だ。さて、調べたいエッセンスがあり、実験体も多くある。これは久々に楽しい時間が過ごせそうだな」


 才牙は自身の知識欲を満たす目的で、色街から追い出された病人たちに様々なエッセンスを投入していった。



 才牙が一通りのエッセンスを確認し終えたので、実験に参加してくれた病人たちをエッセンスを用いて健康体に戻してやった。

 軽い病状なら退病のエッセンス1発で、重い病状でも癒しのエッセンスを併用すれば、治療は簡単だった。

 しかし、全ての病人が無事に健康になったわけじゃない。

 用途不明のエッセンスの被験体にしたのだ。運悪くハズレを引いて、死亡してしまった者もいる。


「100人ほどいて、死者と人格崩壊者が合算で13人か。予想外に少ないな」


 才牙は、危険がありそうな植物や動物から得たエッセンスは、重病人に使用することにしていた。仮に実験に失敗しても、治療の甲斐なく死亡してしまったと、そう言い訳できるからだ。

 そうした用心をしたうえで、恐らく病人の半数は死ぬだろうと、実験前の才牙は考えていた。

 しかし才牙の予想に反して、この世界の色々な動植物から分離したエッセンスは、人体に効果がないか有益なものが多くて、病人に被害が出なかった。

 それこそ死んだ病人に投与されたエッセンスは、麻薬草や毒草、蛇や虫などの人を害する能力がある存在から抽出されたものに限定されていた。

 しかもそれらから取り出したエッセンスも、全てが全て人間に害があるものではなかった。


「予想外だったのは麻薬草から抽出した『恍惚』と『鎮痛』に『幻覚』のエッセンスに中毒性がなかったこと。中毒性を示したのは『快楽』と『依存』のエッセンスだった点か」


 恍惚も快楽も似た系統の効果だったが、恍惚は気分が良くなるだけの弱いエッセンスで、快楽は人格が壊れるほどの気持ち良さを与える強力なエッセンス。

 実験で快楽のエッセンスを投与された患者は、快楽による嬌声を上げ続け、やがて快楽で人格が壊れて力なく笑うモノになった。

 エッセンス封入瓶の効果だけで、これだ。

 もし才牙がエッセンスドライバーで快楽のエッセンスで変身して必殺技を使用したら、必殺技を食らった相手は瞬間的に天上へ至る快楽を得て絶命することになる。


「なかなかに強力なエッセンスが手に入ったのは嬉しい成果だが、しかし『快楽』か……」


 強力なエッセンスには間違いないが、才牙は敵対した相手が幸福な状態で死ぬことに違和感を覚える。


「毒をもつ野蛇から得た2つのエッセンスが『柔軟』と『硬直』だったことが計算外だった」


 体関節を柔らかくするだけと、身動きを取れなくするだけのエッセンス。どちらも使い所が限られて使いにくい。


「やはり野生にある動植物では、あまり良いエッセンスは見込めないということか」


 手近で手に入れられるものを全て試して、この結果。

 錬金術の本に書かれているような、物珍しい物品でないと、才牙が求める『強いエッセンス』は入手できないという証明となった。



 才牙が新たなエッセンスをどう入手するかについて頭を悩ませていると、1人の女性が近寄ってきた。

 彼女は才牙が今日初めに実験に使った病人、腫瘍まみれになっていた女性で、癒しと溶毒、そしてトカゲから抽出した『再建』のエッセンスにより、空いていた穴が盛り上がった肉で埋まって綺麗な肉体に戻っている。

 才牙が接近に気付いて顔を向けると、女性はオドオドと礼を言ってきた。


「えっと、その、体を治してくれて、ありがとよ。みんなも、感謝している」

「礼は受け取ろう。それで、なにか聞きたいんだろ?」

「じゃあ、聞くけどさ。あたしらを、どうする気なんだ」

「どうするとは?」

「あたしらは、あんたへ売られ、ここにきた。そしてあたしらができることといえば、1つしかないでしょ」


 体が治ったのだから性的な目的に使うのだろうと示唆されて、才牙はやっていなかった実験を思い出した。


「生き乗ったやつを、この屋敷のホールに集めてくれ。あそこなら100人が入れる。入ったら、整列して床に座っていてくれ。準備ができ次第、俺も向かう」

「分かったよ。じゃあ、みんなを呼んで集めておくから」


 女性は熱っぽい視線を才牙に向けてから、屋敷のホールへと向かっていく。

 才牙はその姿を見送ってから、エッセンスドライバーに硬直のエッセンスが入った封入瓶を入れ、その後に『新品の封入缶』を白衣から取り出した。


「さて、今日最後の実験だ。この世界の素材と錬金術で作った、この封入缶。ちゃんと動作するのか確かめないとな」


 才牙はドライバーの引き金を引くと、硬直のエッセンスによる変化を行い、灰色の戦闘服姿へと変わった。

 そしてその格好のまま、屋敷のホールへ。

 必殺技で全ての元病人たちを硬直させて動けなくして、新たな封入缶で全員の記憶を吸い出すために。

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― 新着の感想 ―
恍惚で死んでいく…そんな有情破顔拳
[良い点] しっかり悪の科学者してる
[一言] もっとばったばった実験で死ぬかと思ってましたが案外助かりましたねー まあ、死んだやつと生き残ったやつどちらの運が良かったのかは分かりませんが
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