14. 色街の店舗にて
冒険者組合と薬師代表との話し合いを終えて、才牙は1人で色街の元締めのところへとやってきた。
招待されての出席だったが、才牙が指定された店に入るや否や、周囲を武器を持った人たちで囲まれてしまった。
才牙はその様子をぐるりと見渡した後で、唯一武器を持っていないうえに椅子に座ったままの老女を見つける。そして、その老女とテーブルをはさんで対面にある席に、何事も感じていないかの様子で座った。
「さて。俺と話し合いたいということだが、話題は性欲増加のポーションでいいのか?」
その肝が据わりきった態度に、武器を持って囲っている人たちの方が狼狽えている。
対面に座る老女も、才牙へ異様な人物を見る目を向けている。
「この状況をわかってんのかい?」
長年酒や煙草で傷つけ続けたとわかる、しゃがれた声。
その声で問われて、才牙は頷く。
「予想できたことだ。俺が作った性欲増加ポーションは効果が高いからな。お前たちのような裏稼業に近いものなら、懐柔しようとしてくるか、武力で脅してくるかのどちらかだろうとな」
「分かっていたから、慌てないってのかい? それとも、こっちは脅すだけだと見くびっているのかい?」
老女の言葉に反応して、才牙を囲む人の群れの輪が、じりっと少し縮まった。
しかし才牙は余裕の態度を崩さない。
「俺は話し合いに来たんだ。だが、先に俺の武力を見たいというのなら、見せてやっても良いぞ?」
才牙はエッセンスドライバーのスロットを開き、癒しのエッセンスが入った封入瓶を白衣から取り出す。
その行動の意味を、老女は真には理解出来ていないようだが、危ない気配は感じ取れたらしい。少し焦った表情になると、手を一振りする。周囲の人間はその身振りを見て、すぐに武器を収めた。
老女は周囲から戦気が消えたのを確認してから、呆れ顔を才牙へ向ける。
「クソ度胸に感服した。本当にアンタ、錬金術師かい? 他の場所で幅を利かせていた、同業者じゃないのかい?」
「中らずと雖も遠からず、といったところだ。だがいまの俺は、戦える錬金術師だと思ってくれればいい」
組織ではなく個人として会談に臨んでいると、才牙が示す。
老女は安心した表情に変わると、本題に入ることにした。
「悪い事は言わないから、精力剤のレシピを渡しちゃくれないかい? もちろん、レシピの代金は払うからさ」
老女が手振りをすると、囲んでいる人たちのうちの1人かが動き出し、才牙の目の前にあるテーブルにバスケットボール大に膨らんだ袋を置いた。
才牙が中身を確認すると、金貨と銀貨が混在していた状態で詰まっている。
「全て金貨じゃないことが、少し意外だ」
「そちらのことを考えて、銀貨を入れてやったんだけどねえ。ここの町じゃ金貨を使える店は限られているし、金貨から銀貨に両替するにも、両替商で手数料が取られるんだからね」
「そう言いつつ、実際は嵩増しのために入れたんだろ。まあいい。レシピが欲しいのならくれてやろう。ただし、そちらに錬金術師はいるのか?」
才牙が問いかけると、老女が顎をしゃくる。周囲の人の群れが割れ、そうしてできた道を通って、老人と青年が1人ずつ近寄ってきた。
「こいつらが、こっちが抱えている錬金術師だよ。このジジイの腕は確かだし、青年も腕を上げつつある。レシピさえもらえれば、再現は可能なはずさ」
「ふむっ。そういうことならいいだろう。錬金術の指導をしなければいけないのなら、その分の手間賃も要求するつもりだったが、作れそうな人間がいるのなら手間がなくていい」
才牙はあらかじめ紙に書いておいた、性欲増加ポーションのレシピを老女に渡した。
老女はレシピの内容を見るが、錬金術の素養がないらしく、すぐに抱えている2人の錬金術師たちへと紙を渡してしまう。
「さて、お前たち。そのレシピは本物かい? 忌憚なく言いな」
「少々、お待ちを。内容を理解するための時間が要るので」
「えっ、うわぁ。魔法陣が3つも。手間がかかっているなぁ」
老人と青年は、才牙のレシピを確認して、お互いに意見を交換し始める。
そして真偽の結論が出たようだ。
「レシピは本物で、書いてある魔法陣にも誤魔化しはないように見える」
「あとは実際に作ってみて、出来たものが本物か確かめる必要はるけどね」
本当に真っ当なレシピを渡してきたことが証明されて、老女の方が驚いているようだった。
「アンタ。こんなにあっさり渡すなんて、何を考えているんだい?」
「俺は自分の目的を果たすために行動しているだけだ。性欲増加ポーションは目的を叶えるための資金調達のために作った。資金が調達できたのならば、無用の長物だ。だから売った。それだけのことだ」
「馬鹿を言いでないよ。あれだけ効果が良い精力剤。他の錬金術師が作ろうと思っても作れていないんだよ。それを金集めのために投げ出すだって?」
「それは見解の相違だ。俺が重視するものと、お前が重視するものが違う。俺にとって性欲増加ポーションなど、一時的な金稼ぎの道具でしかない」
「精力剤を作り続ければ、資金は永遠に手に入り続けるというのにかい?」
「さっきに言ったはずだ。金稼ぎは目的のための手段だと。不必要に手段に拘って時間を浪費するなど、考えられん」
ここまでの言葉の交換で、才牙と老女の価値観が合わないということが証明された。
老女は肩をすくめると、建物の外へと手を向ける。
「これで、お互いに用は済んだね。さあ、お帰りはあちらだよ」
「用事は終わったからな、帰らせてもらう」
才牙は席を立つと、周囲を囲んでいる人たちが居ないかのような振舞いで、店の出入口へと歩いていく。
あと一歩で外という地点で、才牙は老女の方へと振り向く。
「アフターサービスだ。性欲増加ポーションが上手く作れないようなら教えてやる。指導料は頂くがな」
「余計なお世話だよ。もし、なんらかの細工がレシピにあったとしても、こいつらがどうにかするはずだからね」
さっさと行けと老女に手振りされて、才牙はニヤリと笑ってから店を出て行った。
老女との会談を終えて、才牙は部屋を取っている宿屋への道を歩いていく。
レシピが思いの外に高値で売れたので、町に拠点を構える目処がついた。
(あとは人手が欲しいところだが)
才牙の手持ちの配下は、ミフォンとアテタ。しかしミフォンは造反する可能性を持っているため、実質的にアテタ1人と言える。
何事においても人力は必須であることを、才牙は秘密結社イデアリスの幹部だった経験から学んでいる。
(手駒を増やすためにも、怪人よりも戦闘員の確保を優先するべきだな)
怪人への改造は体への負担が大きいため、被験体にある程度の強度が必要になる。
しかし戦闘員は、それこそその辺で捕まえた人間に簡単な処置を施すだけで済むため、被験体を吟味する必要がない。
今後の展開のためにも、人数を楽に増やせる戦闘員こそが、いまの才牙が求める人材といえた。
(さて、予想通りに、俺は後を付けられている。あの老女の仕込みか、はたまた勝手な行動か。どちらにせよ、やるべきことは変わらない)
才牙は脇道へとあえて入ると、少し奥に進んだ先で後ろに振り返った。
人気のない場所にきたので襲おうとしていたのだろう、才牙の後を付けてきていた、5人の男たちが武器を手に接近してきていた。
「たったの5人か。舐められたもんだ」
才牙は開放しっぱなしだったエッセンスドライバーのスロットに、癒しのエッセンスが入った封入瓶を入れ、薄緑色の戦闘服姿へと変化し、瞬く間に武器を持った5人を行動不能にした。
才牙は変化を解くと、体重が軽そうな2名の足を掴む。その2名を地面に引きずりながら、先ほど老女と会談した店へとトンボ返りした。
店の出入口までやってくると、店の中へと引きずってきた2名を投げ入れる。
その後で、ドスを利かせた声を作ってから、店の中へと押し入った。
「おい。こいつはどういうことだ? こいつらは、この店で俺を囲んでいた奴だ。俺を闇討ちしようと企んだってことで良いんだな?」
才牙の恫喝に、店にいた何人かが奥へと駆けていく。そして何人かが、才牙に近寄ってくる。
「なにか行き違いが――」
「五月蠅い。黙れよ、お前は」
才牙は問答無用で、近づいてきた者全員を殴りつけて失神させた。
仲間を倒されて、店内が一気に色めき立つ。
才牙の方も、演技ではあるが、容赦するつもりはないと態度で示す。
そんな一触即発の雰囲気の中、あの老女が再び姿を現わした。
「止めな! その人に手を出すんじゃないよ!」
老女の一喝に、店内から争いの雰囲気が霧散した。
しかし才牙は、怒っているんだぞという演技を続ける。
「おい、ババア。お前の手下が俺を襲って来たんだが、どう落とし前を付けてくれるんだ?」
「あたしの指示じゃない。こいつらが勝手にやったこと――って理屈は通じそうにないねえ」
「当たり前だ。手下の手綱をちゃんと握れないのなら、その咎を責任者は受けるべきだからな」
「まったく、困ったことをしてかしてくれたよ」
老女は肩をすくめると、真っ直ぐに才牙を見る。
「ここまでの状況が、アンタの思い通りってんだろうね」
「仮にそうだとしても、お前の失態だ。この状況はな」
「精力剤のレシピを手に入れたことに浮かれて、部下に釘刺しを怠ったわけだからね、落とし前を付けるのは仕方がない」
老女が手を振ると、よく切れそうな剣を持った人物が進み出た。そして、才牙が引きずってもってきた2人の胸を、その剣で貫いた。
「片付けな」
老女が命令すると、心臓部から血を流す2名がどこかへと運ばれていった。
「これで手打ちにしてくれるほど、アンタは甘い人じゃないね」
「当たり前だ。不義理を働いたうえに手間まで駆けさせた相手を、手土産の1つや2つもなく帰そうっていうのか?」
「まったく、困ったもんだよ。それで、要求は?」
才牙は求めるものは決めていたが、あえて悩む素振りをする。
「そうだな。金――は十二分にあるからいい。無料で楽しませてもらう――なんて低い見返りを求めるのは損だな」
「……猿芝居はよしな。さっさと、お言い」
「なら、要求させてもらおうか。色街で働く、病気で死にかけている従業員。それを寄越せ。出来るだけ多くな」
才牙の要求の珍妙さに、老女は予想外だと目を丸くしている。
「わざわざ病気で死にかけているヤツが欲しいのかい?」
「あえて言うが、俺はお前と敵対する気はない。そして錬金術で作る物には、被験体を必要とするものも多い。後は分かるな?」
「こちらにとって要らない存在でも、そっちでは十二分に生かしようがあるということかい?」
「そっちは処分ができて、こっちは被験体が手に入って、お互いに良しだろう」
「……死にかけばかりでいいってのなら、渡してやるさ。死体の処理は、そっちでやってくれるんだろうね」
「当然だ」
才牙が当然のように頷くと、老女は肩をすくめた。
「アンタは拠点となる家を探しているんだって噂があるんだが、それは本当かい?」
「聞き耳を立てていたとは人が悪いな」
「その家。わたしが世話してやろうかい?」
予想外の提案に、才牙は片眉を上げる。
「なにが目的だ?」
「ふんっ。どうせならアンタに死にかけを全て押し付けようと思ってね。押し付けるからには、広い家を見繕ってやろうと思っただけさ。ちょうど、馬鹿な商人が金に明かせて建てた豪邸が、商人が借金で潰れて売りに出されているからね。そこを詫び料に含んでやるよ」
「商人が建てた豪邸か。それだけの広さに見合った人数を押し付けられるということか」
「嫌なのかい?」
「いいや、全く。有り難く受け取らせてもらおう」
こうして才牙は、少し想定外ではあったものの、豪邸と手下になりそうな人間の確保に成功したのだった。