13. ポーション交渉
町民へのポーションの行商。色街で性欲増加ポーションの売却。
半額のポーションは不意の怪我――荷物運び人のぎっくり腰や、料理中での手指の切り傷などに気軽に使えると有難がれる。性欲増加の方も、色街に訪れる客が挙ってかうと、大評判となっていく。
それらの薬の評判が評判を呼び、ミフォンとアテタを見かけると、町民が『薬はあるか』と問いかけてくるようになった。
そうした商売の好調さから、才牙は小金を得ていた。
この資金を使って町の中に拠点を構えることを、才牙は考えている。
宿暮らしから家暮らしへと変えれば、より薬を増産することが可能となるし、錬金術の研究も捗る事は間違いない。
そう分かっているものの、具体的な動きには繋げていない。
それはなぜかというと、今後の騒動に予想がついているからだった。
「さて、商売の縄張りを荒らしてやったぞ。どう動くかな?」
才牙が楽しみにしていると、ミフォンが宿の部屋に顔を出した。手にある籠の中身は空になっていて、今日もポーションが良く売れたらしい。
しかしながら、ミフォンの表情はうかないものだった。
「才牙。少し問題が」
「誰かに、俺と話がしたいとでも言われたか?」
「えっ!? あ、うん、その通り……」
ミフォンは、どうして分かったのだと言いたげな表情だ。
才牙は予想通りだと思いつつ、誰がミフォンに接触してきたかを考える。
「冒険者組合の職員か、薬師の集まりの代表といったところか?」
「えっと、どちらからもだよ」
「そうか。予想の内でも、上々な反応だな」
才牙は悪い事を考えている表情を浮かべる。
「ミフォン。では、その職員と代表と同時に面会したい。どこか会える場所をセッティングできるか?」
「同時に? うーん。喫茶店とか?」
ミフォンにその手の仕事は無理だとわかり、才牙はどうしたものかと悩む。
ちょうどそのとき、色街から戻ってきたアテタが宿の部屋に入ってきた。
「あら、2人とも揃っているわね。ちょうど良かったわ」
アテタの表情は、先ほどミフォンがしていたものと似通っていた。
「性欲増加ポーションが、売った店で評判になっているみたいでね。製造責任者と話しがしたいって」
「そっちもか。タイミングというものは重なるもんだな」
才牙は腕組みして考え、とりあえず冒険者組合と薬師の方の面会を先に済ますことにした。
才牙は冒険者組合の職員と薬師の集まりの代表者を呼びつけて、同時に面会することにした。
面会場所は、ミフォンが知っていた、隠れ酒場。
『隠れ』といっても、非合法ではなく、正式の酒場だ。
才牙が元いた世界の様式で言い表すなら、この世界の酒場は居酒屋やPUBのことで、隠れ酒場はBARのこと。
才牙は隠れ酒場の個室を借り、冒険者組合の職員と薬師代表と向かい合う。
職員は30代の男性で、代表は50過ぎの老いた見た目の男性だ。
「俺は才牙。このポーションを作成している、錬金術師だ」
才牙がテーブルの上に、土気色の陶器瓶に入ったポーションを置く。
その特異な見た目の瓶に、職員も代表も、才牙が目的の人物であることを再確認したようだった。
「実物は始めて見るので、少し試してみても?」
「こちらも試させていただきたい」
「構わんよ。これは試供品だからな」
才牙が気前よく瓶を差し出す。
職員と代表は瓶を受け取り、それぞれの掌に少し中身を出し、舐め取った。
「簡易じゃない、ちゃんとしたポーションだ。しかも混ぜ物を一切してない」
「これが市場の半値で売るとは。商売あがったりだな」
職員は手放しで喜んでいるが、代表は睨んできた。
それもそうだろう。薬師の代表としては、強力な競合他社が現れたようなものなのだから。
ここで才牙は、挑戦的な笑みを代表へと向ける。
「俺は冒険者としても活動しているからな。その瓶も、ポーションとなる材料も言質調達――つまりは無料で手に入れることができる。半値で売っても、丸儲けだ」
「冒険者? その見た目でか?」
仕立ての良い黒いスーツの上に、真っ白な白衣。この世界の常識からすると、とても戦う者の格好ではない。代表の疑問に感じることはもっともだった。
しかし才牙は、余裕の笑みを崩さない。
「ゴブリン程度なら素手で殺せるぐらいには、戦闘力は有している」
余計な詮索だと言外に告げてから、本題を切り出す。
「それで、お二方は、どうして俺との面会を希望した? ポーションのことだとは見当はつくが?」
才牙があえて問いかけると、職員が先に理由を口にした。
「冒険者にも、半値でポーションを売ってもらいたい。そうして貰えるよう、交渉しに来た」
予想通りの提案に、才牙はすぐには返答しなかった。
それはなぜかといえば、薬師代表が噛みついてくると分かっていたから。
「ちょっと待ってくれ。冒険者組合には、我々薬師が卸しているだろ。ポーションだけでなく、ポーションより安い通常の塗り薬のものもだ」
才牙が半額ポーションを卸すようになったら、それらの薬が売れなくなる。
薬師の代表としての危惧に、冒険者を守る立場の職員が言い返す。
「冒険者は危険な仕事が多い。しかし良い報酬が出る依頼は少ない。冒険者の身の安全を考えるのなら、即効性のあるポーションが安値で手に入ることこそが第一。たとえ薬師側へ不義理を働いたとしても確保するべきなのですよ」
「理屈は分かるが、こちらも薬師の生活を守らにゃならん。引き下がれん」
視線を戦わせる2人の様子を、才牙は意地悪く見ていた。
しかし才牙の目的からすると、この2人を仲違いさせても意味がないと考え直した。
「言っておくが、いつまでもポーションを売る気はない。生活費と活動拠点の確保のために金が必要になり、手っ取り早く稼ぐためにポーションを作っているんだしな」
「えっ。ということは、当組合には卸してもらえないと?」
「なるほど。その金が貯まるまでは目を瞑れといいたいわけか」
都合の良い言い分に、職員も代表も良い顔をしていない。
しかし才牙は、その表情を晴らす策を持ってきていた。
「もちろん見返りは用意してある。これだ」
才牙が取り出したのは、土気色ながらに陶器の艶がある、1メートル四方ほどの大きな板。
その板には大きく魔法陣が描かれている。
「これは、錬金術の道具なので?」
職員の質問に、才牙は頷く。
「こうやって使うものだと、実践してみせよう」
才牙は個室の扉を開けると、ミフォンとアテタを呼び寄せる。彼女たちの手には、インクと刷毛に大きな皮紙、陶器瓶と数束の薬草が乗っている。
才牙はインクを魔法陣板に刷毛で塗ると、皮紙を板の上に乗せ、優しい手つきで押さえていく。
一連の作業の後で皮紙を剥がすと、紙に魔法陣が大写しとなっていた。
「こうして魔法陣を書き終えたら、あとは薬草と入れ物を用意する」
才牙が陶器瓶と薬草を紙の上に乗せ、そして所定の位置に手を当てる。
直後、錬金術の光が現れる。そして光が消えた後には、ポーションが詰まった瓶と乾燥しきった薬草と魔法陣の形に穴が空いた紙が残った。
「差し詰め、土判印刷製造法といったところか。この板を、お前たち2人に1つずつ渡す。材料さえ揃えれば、ポーションが作り放題にできる」
才牙の話に、職員も代表も驚いた顔を向ける。
「こ、この板を譲ってくれると?!」
「ポーションを作る魔導具だぞ。それをか!?」
「さっき言ったが、俺はポーションだけを作りたいわけじゃない。ある程度稼げたら、もうポーション作りは用なしだ。要らないものなのだから、与えても惜しくない。これはそういう話だ」
才牙の論理は傲慢だが、職員も代表も言い返したりはしない。この板を貰えるのなら、些細なことだからだ。
「そういう話であれば、冒険者組合は受け入れましょう」
「薬師もだ。しかし板は1つしかないが?」
「慌てずとも、ちゃんともう1つ用意してある。これだ」
才牙がもう1つを傍らから出してテーブルに置くと、職員と代表とで視線の戦いが再発した。そして、どちらの板を貰いたいかを、手で示す。
職員が取り出したばかりの未使用品を、代表がインクで汚れた方の板を所望した。
おそらく、職員は自分の手や衣服がインクで汚れることを嫌がっての判断で、代表は使えることを確認した方が欲しいと思っての判断だ。
ともあれ、2人が別々の板を欲しがったことで、交渉はスムーズに終わることになる。
「では、組合はこの板でもって、貴方のポーション販売には関わらないことにします」
「なら薬師も、あんたのポーション販売を見逃そう。もう一度確認するが期間限定なのだよな?」
「ああ、限定だ。それに、もうそろそろ売るのを止める。ポーションの使い心地を知った町民が、元の生活に戻れずに薬師をあてにするかもな」
才牙の何気ない言葉に、代表は薬師の仕事が忙しくなりそうな予感を抱いた希望で笑顔だ。
こうして2人は、ポーションが作れる版画機を手に、隠れ酒屋から立ち去った。
入れ替わりに部屋の中に、ミフォンとアテタが入ってくる。ちゃっかりと、その手には酒のグラスが握られていた。
「いいんだ、あんな板を渡しちゃっても」
ミフォンが揶揄うように言ってくるので、才牙は悪い企みが叶ったと笑みを浮かべる。
「あの板は版画機だ。使えば使うほどに摩耗するし、扱いを雑にすればすぐに破損する。さて、何枚刷れるだろうかな。俺は確かめていないから分からんが」
「呆れた。あの板が使えなくなったら泣きついてくると見越して、あの板を渡したわけ?」
「今回はサービスだが、次回からは買い取ってもらう。さて、いくらで売ることにしようか?」
才牙は悪の組織の幹部らしい悪い笑みを浮かべ、その将来がくるときを楽しみに待つことにした。