12. 次への布石
才牙は冒険者として、アゥトの町で依頼をこなしていた。
俗に『お使い依頼』と呼ばれる、町の雑用だ。
「荷物の搬入、終わりました」
才牙は依頼主に対し、爽やかな笑顔で作業終わりの報告をする。
本性を知っている人から見れば、誰だお前と言いたくなる顔だ。
しかし依頼主は今日あったばかりなので、違和感を抱いた様子はない。
「おー、早いな。いやー助かったよ。作業員の1人が昨日、ぎっくり腰をやっちまってな。作業が滞ってたんだ」
「お手伝いできたようで、良かったです。それで、その作業員の方は?」
「寄宿舎のベッドで横になってるな。酷く腰をやっちまったようで、トイレに行くのも一苦労って話だ」
「そうなんですね。お見舞いに行っても?」
「ん? ああ、まあ、良いんじゃないか??」
依頼主は、才牙がどうして見舞いに行くのか分からない様子。だが作業を真面目にこなした才牙のことを信頼していたこともあり、あっさりとぎっくり腰の作業員の居場所を教えてくれた。
才牙は依頼達成の印を受け取ると、倉庫を後にした。
そして道を歩いていると、すっと近寄ってくる存在――別行動をしていたミフォンだ。
「上手く擬態したね。あの人、才牙のことを好青年だと勘違いしてたし」
「社会に溶け込む術を身に着けてなければ、秘密結社の構成員とは言えないからな」
才牙はなんてことはないと呟いた後で、ミフォンの手元に目をやる。そこには中身がからの、手提げ籠がある。
「行商は上手くいったようだな」
「ポーションを半額で売られていたら、誰だって買うって。特に、冒険者じゃない町の住民なら、もしものための1本として保持しておきたいだろうし」
ポーションは、1本飲めば怪我や骨折が直る水薬だ。
普通に暮らす人にはやや高い買い物で手が出せないが、それが半額となればつい手を出してしまうもの。
買い渋る相手に少量の試供品を与えることもやらせたため、効果を実感して買う決断をする人も多く出たことだろう。
その証拠に、ミフォンが才牙に差し出した売り上げの入った革袋は、銅貨や銀貨で膨れている。
「アテタの方も売れていると良いんだがな」
「色街の方へ、精力剤を売りに行かせるなんて」
「アテタの方が、お前よりも肉付きがいいからな。売る商品に説得力が出る」
「むっ。私の体が貧相だといいたいわけ?」
「貧相じゃないと、胸を張って言えるのか?」
才牙の切り返しに、ミフォンは思わずといった感じで自身の胸に手を当てる。
女性らしいふくらみはある者の、神聖魔法使いらしい貞淑な慎ましさの盛り上がりしかない。
一方でアテタの胸は、服を内側から押し上げるほどに隆盛している。
アレと比べれば、ミフォンは貧相に見えてしまう。
「いいの。この胸で満足しているし」
負け惜しみのような言葉に、才牙は半笑いの表情になる。
「設備が整った後なら、豊胸手術をしてやってもいいが?」
ミフォンは手術という物がどういった方法なのかを才牙に教えてもらい、そして顔を歪める。
「嫌よ。体に刃物を入れるなんて、絶対に嫌」
「ポーションがあるから、手術痕なんてすぐに直るが?」
「そういうことじゃない。皮膚の下をまさぐられるなんて、想像しただけでもおぞまいってこと」
ミフォンにとってみれば、才牙と連るんでいるのは、アテタの人格を元に戻すため。仲良くしようと思ってすらいない。
そんな低好感度の相手。体に触れられるだけでも嫌気が走るのに、ましてや体の内側をや、ということのようだった。
その才牙にはない視点の意見は、才牙にとって興味深かった。
「自分の肉体が更に良くなるのなら、手を入れるべきだと思うが――そう考えてしまうのは俺の生い立ちが理由か」
才牙は、悪の首領の試験体であり、怪人の開発改造を行う部門の責任者でもある。
悪の首領のために身体データを提供することはもとより、怪人たちの改造プランを考えることも仕事だった。
そうした特殊な環境から、むしろ肉体改造手術は正しいことだと感じていた。
そんな価値観の持ち主だからこそ、人体実験をする際にも良心の呵責などというものはない。
しかし呵責はなくとも、美容整形手術すら嫌がる人間がいることは考慮に入れるべきだと、才牙は考えを直した。
「まあいい。ゴブリンから抽出した、性欲のエッセンス。そのエッセンスを材料に錬金術で作った、性欲増加のポーション。あれは色街なら売れる」
「女性1人になんてもの売らせにいくのかって反対したけど、アテタ自身が望んで行っちゃったし」
「なに。一番最初の取引で、アテタが害される心配はない。ポーションとしては破格の安さで売るんだ。購入者は半ば偽物だと考えながら買う」
「偽物の商品を売る相手を捕まえても仕方がないってこと?」
「偽物でも、売りつける先には苦労しないからな。色街の客なら、性欲増加する薬があると知れば、偽物であろうと試したがるはずだ」
「客に試させて、効果が本物だと分かった後が問題ってこと?」
「なにせ俺たちがやっているのは、いわば闇商売だ。その点をついて、性欲増加ポーションを根後削ぎ奪おうとしてくるだろう」
才牙の口振りは、その状況になって欲しいと語っている。
そしてミフォンは、そう考えている理由を理解していた。
「敵対した相手をぶっ潰す。もしくは敵対してきた組織を乗っ取る気でいるわけね」
「一から作るよりも、既にある組織を乗っ取って活用したほうが、手間が少ないからな」
そんな会話をしながら歩いていると、視界の先に冒険者組合の建物が見えてきた。その前にはアテタが立って待っている。その手にある籠の中は空になっていた。




