11. 人体実験
アゥトの町の中。
少し寂れた路地に、とある男性が3人、屯していた。
その3人は、冒険者組合で才牙に突っかかりに行き、そして逆襲されて瞬殺された男たちだった。
「ちくしょう。良い身なりの優男だからって、油断した」
「ちょっと金を巻き上げてやるつもりだったのにな」
「しばらく組合に顔を出せねえぞ」
3人は組合建物の中で騒動を起こし、組合職員に目を付けられた。
それだけなら今後の働きで挽回できた。
組合にとっては、依頼を達成してくれる冒険者を常に欲している。騒動を起こした罰を受け入れれば、その後なら普通の対応をしてくれるようになる。
しかし、あのとき建物の中にいた他の冒険者たちの場合は、職員以上に厄介だった。
冒険者同士は、同じ職種の仲間であるのと同時に、競合する商売敵。
そういった特殊な関係性から、常にお互いを牽制し合う仲であることが多い。
そんな間柄の相手が、優男に伸された3人を見たら、どう思い、どんな行動をするのか。
それは3人が才牙にやろうとしたように、弱い相手を食いものにしようとするに決まっている。
だからこそ3人は、ほとぼりが冷めるまで冒険者組合に顔をだすわけにはいかない。下手に顔をだせば、揺すり集りの標的にされてしまうのだから。
「ちくしょう。もう金がねえってのに、これじゃあ依頼を受けられねえ」
「直接、荷運びとかの仕事を交渉するしないか」
「組合に通せない、グレーな仕事しかねえのが困りもんだが」
組合は、冒険者たちから依頼の仲介手数料を受け取って、それを運営費の一部に使っている。
その代わり、組合は依頼を吟味し、背後が怪しいものは受け付けないように仕事をしている。
だから組合に拒否された依頼については、町の浮浪者や3人のような不良冒険者が個人的に引き受ける形となる。
もちろん組合が拒否した仕事なので、その仕事内容は違法か違法スレスレのものもある。
そんな仕事なのでリスクが高い。しかし、引き受ける人がいないため、報酬は高額になることが多い。
特に3人は、ある程度戦闘技量を持った冒険者だ。後ろ暗い暴力的な仕事でなら、引く手あまたな人材といえた。
3人がどこに営業をかけようかと話し合っていると、そこに新たな人影が現れる。
黒のスーツに白衣を着た、才牙だ。
才牙をみかけて、3人は色めき立つ。
現状の苦境の原因が才牙にあると、3人は固く信じているからだ。
「テメエ。ここでオレらと合ったが運の尽きだ」
「ここは人があまり来ない道だ。多少騒いだところで、助けはこない」
「油断なく、ぶっ倒してやるぜ」
3人がそれぞれ、剣、手斧、こん棒を構えた。
才牙はその姿を見て、目がギラついた笑顔を向ける。
「ようやく見つけた。探していたんだ、君らをな」
「探していた、だぁ?」
「その台詞はこっちのもんだ!」
「ひき肉にしてやるぜ!」
3人の威勢の良い様子に、さらに才牙の特異な笑顔の具合が強まる。
「生きが良い。そして倫理観も欠如している。まさにゴミくず。人体実験に使うに相応しい!」
才牙は感極まったように告げると、白衣から3本の筒を取り出した。
それは素焼き色の陶器で出来ている、試験菅のような細長いもの。筒の片方の底には、虫の針のような小さな突起が備わっている。
「そんな小さな武器で、オレらが怖がると思ってんのか。ちくしょうが!」
不良冒険者の1人が、才牙へ剣を振る。
命中すれば間違いなく絶命してしまう一撃だが、才牙は強化製造された肉体が誇る動体視力で見切って避ける。そして避けざまに、攻撃してきた男の首筋に、手に持っていた筒の1つを押し付けた。
「痛っ! テメエ、なにしやが――」
男の言葉が途中で止まり、そしてガクガクと震え始めた。
その姿を見て、他の2人が驚きの声を上げるる。
「な、なんだ! 毒でも打ち込まれたのか!?」
「毒を使うなんて卑怯な真似を!」
手前勝手な論理を叫ぶ2人とは対照的に、才牙は震える男の様子をじっくりと観察している。
才牙が筒を触れさせてから10秒経過。
震えていた男の調子が変わる。
「ぐぎ、ぐぎぃぐっぐぐぎぎぎぎぎ!」
奇妙な呻き声を上げ、そして体中からビキバキと骨が折れる音がし始めた。さらには体表の色が緑色へと変化を始める。
「ひ、ひぃぃぃ! なんだ、なにをしたんだ!」
「ば、化け物に変わっていってやがる!」
その悲鳴の通り、変化を続ける男の姿は、人間のものから逸脱し、魔物に近い姿形になっていっている。
そうして変化が収まった後には、男の姿は人間とゴブリンの姿を足して割ったような見た目へと変化していた。
「ぐげ、ぐげげげげげげげ!」
奇妙な声を上げ、ゴブリン男は剣を滅茶苦茶に振り回す。
知性が欠片も存在しない様子なのに、その振る剣の威力はなかなかのもの。それこそ変化前の男と比べるなら、倍近い威力を叩き出しているように見受けられた。
才牙は、この実験結果に満足する頷きを行った。
「魔物の存在自体をエッセンス化したものなら、怪物へと変化させることができるわけか。変化したあとは、肉体的な強化もされている。なかなかに興味深い結果だが、いま必要としているものではないな」
才牙は呟きを漏らすと、男に刺した筒を地面に落とし、そして踏み付けて壊してしまう。
壊れた筒から緑色の煙が立ち上がり、そして風に吹かれて消えていった。
煙が消えたのを見定めてから、才牙はゴブリン男へと近づく。
「ぐげげげげげげ!」
「ただ振り回しているだけの剣など、棒きれを振っているのと変わらない」
才牙はゴブリン男が振った剣を紙一重で避けると、その剣を持つ手を取り、そして合気道の合理でもって投げ飛ばした。
地面に投げ倒されたゴブリン男。その首に、才牙はゴブリン男を投げる際に奪い取った剣の切っ先を突き込んだ。
「ぐげ、ぐげげげげげげ……」
ゴブリン男は赤色と青色が混ざった血を首から流し、そして絶命した。
絶命した直後、男の姿はゴブリンが混ざったものから、変化前の状態へと戻った。
その男の死体を、才牙はつま先で触れて生存確認を行う。
「死亡しているな。そして全身の骨がぐちゃぐちゃ。変化させるからには、使い切りと考えた方が良いか」
才牙は所見をまとめると、他の2人に目を向ける。
化け物に変化した後に殺された男の姿を見て、すでに2人は才牙に対して震え上がっていた。
「お、お、お前、なんなんだ!」
「ど、ど、どうして、こんなことができる!」
「どうしてだと? 悪の存在である俺と同類である、お前たちなら分かっているだろ? 自分の利益のために、他者を食いものにしているだけだ」
才牙は語りかけながら近づき、一瞬の隙を突いて2人にそれぞれ1本ずつ筒を押し付けた。
筒の一撃を食らった直後、2人は大慌てで自身の体を抱き寄せる。
「い、いやだ! あんな化け物になるなんて!」
「毒消しポーションがねえ! 前に使ったときに補充しておけば!」
「安心しろ。さっきとは別のエッセンスだ。さて、ゴブリンから採れた3つのエッセンス。1つは、ゴブリン変化。残る2つの効果はなんだろうな?」
才牙は興味深そうに、2人の変化を見つめる。
そうしていると、2人の体に変化が現れ始めた。
「おふっぅ。な、なんだ。なんだか、凄くムラムラしてきて。こ、股間が!?」
片方の男が自身の股間に手を置く。どうしてそんな行動をしているのかというと、男のズボンの股間部が内側からの圧力で大きく張り出しているから。
つまりは、いつにないほどに、強く勃起していた。
「な、なんでこんな、あ、だ、ダメだ。あ、あ、あ、堪えられな――ああああぁぁぁ……」
勃起男が全身を震わせた直後、そのズボンの股間部に染みが広がった。
小便とは違った臭いの液体が、ズボンから染み出してきて、地面にボタボタと落ちる。
染み出す液体は留まることを知らず、男の足元のできる水たまりが徐々に広まっていく。
「ふむっ。効果は精力ないしは性欲が増加するエッセンスか。資金集めには、ちょうど良い」
古今東西。男性は精力絶倫を求めるもの。
特に老いて衰えた精力を取り戻したいと願う輩にとって、この効能はいくら払ってでも手に入れたいものだろう。
良い商品になりそうだと、才牙は筒を白衣に戻す。
「さて、もう一方は?」
才牙が見つめる先にいる、最後の男。
しかし前の2人とは違い、見た目に大きな変化は現れていないようだった。
「へ、へへへ。ど、どうやら失敗品のようだな。残念だったな!」
勝ち誇った顔で言葉を吐く男。
その吐く息を嗅いだ瞬間、才牙は顔を大きく顰める。
「ドブのような臭いだ。これはまさか」
才牙が懸念を口にした直後、最後の男から異常な悪臭が放たれた。
その臭いは、発している男自身も悶絶するほどの強烈さだった。
「ぐべっ。なんだ、この臭い――おぼろろろろろろ!」
あまりの悪臭に触発されたのか、臭い男が盛大に吐瀉した。
才牙も悪臭から逃れるため、男の近くから大きく離れる。
「臭気のエッセンスか。非殺傷武器に流用できそうだが、使い道があまりないな」
才牙は臭気エッセンスの筒を、臭い男へと投げつけた。
男の額に命中した筒が割れ、紫色の煙が現れ、風に吹かれて消えた。そして臭い男は、命中した筒の衝撃か、それとも強烈な臭気のせいか、目を回して失神した。
「さて、実験は終了。ゴブリンから採れる有用なエッセンスは1つきり。しかもエッセンスドライバーで使用しても意味が薄いものとはな」
才牙は実験結果に肩を落とし、そして3人の男たちの様子を改めて確認する。
1人は首を剣で疲れて死亡。1人は地面に蹲り、手で押さえた股間から止めどなく液体を出している。1人は臭気を振りまきながら吐き続けている。
中々に地獄のような光景だ。
しかし才牙は、光景を気にした素振りもなく、生き残っている2人へと言葉をかける。
「実験協力感謝する。本来なら命を奪って口封じするところだが――いや、必要ないか」
才牙は男たちに背を向けて歩き去る。
どうして才牙は男たちの命を取らなかったのか。
それは漏らす男が精気を吐きだし続けてやつれだしていたことと、気絶した臭い男の口内が吐瀉物で埋まっていたから。
つまり漏らす男は腎虚で、臭い男は吐瀉物で喉を塞がれた窒息で、どちらも死ぬと判断したからだった。