10. 新たな力
翌朝、才牙はミフォンとアテタを連れて、町の外にある草原へとやってきた。
「ここで薬草と毒草を収集する」
「冒険者組合で常時張り出されている依頼をこなすの?」
「それもあるが、連勤術の実験が主な目的だ」
才牙はアテタと会話しながら草原を進む。
2人は楽しげな様子で歩いているが、ミフォンは少し心配そうに周囲を見ながらだ。
「ちょっと2人とも。ここは町の外。魔物がいるかもしれないんだから」
才牙たちは3人きり。しかもアテタとミフォンは後衛なので、前衛は才牙しかいない。その才牙の実力も、初対面時に殴り倒されたことぐらいしか把握していない。
そんな戦力が不確かな状態だからこそ、ミフォンは安全かを心配しているようだ。
しかしそんな心配を、才牙は鼻で笑う。
「お前たちが冒険者としてやっていけていたんだ。危険だという魔物も、大した存在じゃないだろう」
「むっ。私たちの実力が低いっていうの。これでも中堅冒険者として、少しは有名だったんだから」
「初対面の人間相手に剣を向けながら、相手の実力を侮って瞬殺された中堅冒険者の言葉。ためになる」
才牙の皮肉に、ミフォンは怒りから顔を赤くする。しかし才牙の言葉は事実であるため、反論の言葉が出てこなかった。
才牙はミフォンの態度に構わず言葉を続ける。
「その中堅冒険者様には、冒険者初心者である俺に、ここの草のどれが薬草か毒草かを教えて欲しいんだがな?」
「才牙様、ミィをイジメちゃ駄目よ。薬草と毒草のことについてなら、あたしが教えてあげるからね」
アテタは才牙の腕を取ると、草原の中を歩き、ある一画へと案内した。
「これがエイバ草。よく採れる薬草の1つよ。こうして一塊に何本も出てくるから、収集が楽なの。楽な分、買い取り額も低いけどね」
「どうやって回収するんだ?」
「どうやってって、普通に引っこ抜けばいいだけよ?」
「根まで掘り起こすんじゃないのか?」
「そんなこと、しないしない。根元を掴んで、ぐっと引っ張るだけで、すぐ抜けるわ」
アテタの助言の通りに、才牙が薬草採取をやってみた。すると草の根が千切れるブチブチという音しながら、簡単にエイバ草が抜けた。
才牙は抜けたエイバ草の根元の方を見て、納得から頷く。
「引っこ抜くと根が切れる。そして群生して生えている。ということは、この薬草は根で増えるタイプだな」
才牙は予想を呟くと、草原の中に落ちていた手のひらほどの石を拾い上げると、新たなエイバ草の根元を掘り返し始めた。そして根っこが残るように工夫して引き抜いた。
今回はしっかりと根っこが残った状態で、エイバ草が出てきた。
その根を見てみると、少し膨らんだ場所を持つ、得意な形状をしている。
「やはり根に栄養を蓄えておき、切れた根1本1本から、それぞれ新たな草へと伸び出てくるタイプだったな」
才牙は新たに4本、同じように根っこからエイバ草を回収した。どうして根っこ付きを5本回収したのかというと、冒険者組合の依頼内容で、エイバ草5本で1組で買い取りをしているから。
もっと言えば、エイバ草5本で傷薬ないしはポーションが作れるのだと、そう予想できるからだ。
「これで比較サンプルは採れた。あとは普通にエイバ草を回収する。組合に売るのと、俺が実験を使うので、大量に持っていくぞ」
「大量に欲しいんなら、少し町から離れた場所の方が良いかもね。薬草採取なんて駆け出し冒険者しかやらないから、遠くの方が多く残っているわ。町から離れると魔物と出くわす可能性も高くなるけど、才牙様なら平気なんでしょう?」
「人間の大人ぐらいの力量の相手なら、素の状態でも10人は一度に殺せる。それ以上に強い魔物だと、少し困るが」
「じゃあ平気ね。町の近くに来る魔物なんて、群れを追い出された弱い魔物だけだしね」
「それは実証されている話なのか?」
「実証というか、経験則ね。草原の奥で出くわした魔物と、町の近くで出くわした魔物。同種のはずなのに、町近くの方が明らかに弱いの。その理由を考えるとね」
「あり得る話だ。町は人間の領域で危険だと魔物が分かっているのなら、町まで出てくる奴は、危険地域に足を踏みれなければ生きていけない弱者か、もしくは危険地域でも生きていける自信のある強者だけだ。そして強者なら、わざわざ町に来なくても、元の場所で普通に暮らしていけるのだからな」
理由に納得しつつ、才牙とアテタは薬草を次から次へと回収する。
回収した草が山となり、才牙がどうやって運ぼうかと考えていると、アテタが横腰につけていたポーチを開いた。そしてそのポーチに、次々に薬草を押し込んで入れていく。
見た目からすると入りきる量じゃないのに、山となっていた薬草が全て収まってしまった。
「興味深い。それも魔法か?」
「空間拡張鞄よ。これ1つで、背嚢3つ分の量を入れることが出来るの。たぶんだけど、錬金術で作られたものだと思うわ」
「ほほう。それが拡張鞄か。たしかに錬金術の本にあった。もの凄く複雑な偽装が施されていて、錬金術師が情報を隠したいという強い意志が見えて、印象に残っていた」
「ということは、材料さえあれば、才牙様は作れちゃったり?」
「作れるだろうが、いまは薬草と毒草の採取を優先したい」
「えっ!? お金稼ぎなら、空間拡張鞄を作った方が、もの凄く儲けられるわよ?」
「ちなみに、そのポーチでどのぐらいした?」
「ええっと、金貨で15枚だったかな?」
「……金貨1枚で、なにがどれぐらい買える?」
「最高級の宿を1泊。良い剣を1振り。1家族が30日慎ましく食べられるぐらいかな?」
「およそ金貨1枚が、30万円から50万円といったところか」
そう考えると、アテタの腰にあるポーチは500万円を越える価値ということ。
素材さえあれば常用車1台ほどの値段で売れるとなれば、確かに良い稼ぎになりそうだ。
しかし才牙の目的である元の世界への帰還を考えると、あまり研究したいとは思えない物であることも確かだった。
「資金繰りが苦しくなったら作るだろうが、今は薬草と毒草が先だ」
「どうしてそんなに固執するの?」
「ポーション作りは、俺の力を取り戻すための1ポでもあるからだ」
「才牙様の力?」
「論より証拠というしな。少し見せてやる」
才牙は新たなエイバ草の群生地に入ると、エイバ草を回収した後でその場の地面を掘り返し始めた。そして土がむき出しの状態になった地面に、小石で魔法陣を描いていく。
「まずは入れ物だ」
才牙が魔法陣に手を振れると、才牙の魔力を吸って魔法陣が輝き出す。その後で出現したのは、封入缶に似た形の土器の瓶と蓋。土色はしているものの、陶器のように表面がガラス化しているとわかる艶がある。
才牙はその陶器瓶を取り除くと、新たな魔法陣を描いていく。
「次に、エイバ草から回復する成分を取り出し、いま作った容器に詰める」
魔法陣の中央に陶器瓶を置き、その周りに先ほど抜いたエイバ草を全て置く。明らかに10本以上あるため、ポーションを作るのなら過剰のように見える。
しかし才牙は気にしたようすもなく、魔法陣を発動させる。
エイバ草は灰色の枯草に変わり、陶器瓶の中には緑色の液体が満たされている。
才牙は瓶に蓋をすると、腰のベルトのバックルにあるエッセンスドライバーの上部にあるスロットを開放する。
「ヒールエッセンス。薬身」
才牙はスロットに陶器瓶を入れ込み、スロットを閉鎖。そしてドライバーの横についている引き金を引いた。
『ヒール。グルーアップ』
ドライバーから声と、そして目に優しい煌めきが出てきた。
その優しい煌めきは才牙にまとわりつき、その外見を変化させる。
やがて現れたのは、全てが薄緑色のフルフェイスヘッドギアと全身タイツ状の戦闘服。
「さ、才牙様?」
いきなり姿が変わった才牙に、アテタは呆気に取られている。
しかし才牙は気にした様子もなく、新たな戦闘服の調子を確かめていく。
「身体的な強化はいま一つだが、少しずつ体調が整っていく感覚があることから察するに、時限式の回復能力を備えているようだな」
才牙はおおよその戦闘服の性能を把握すると、次の確認項目に移る。
ドライバー横の引き金を引き、必殺技を発動させた。
『ヒール・エナジー。チャージアップ』
優しい煌めきが巻き起こり、そして才牙の右腕へとまとわりつく。
その煌めきの感触を得て、才牙はヘッドギアの内側で興味深そうな声を出した。
「なるほど。癒しのエッセンスらしい必殺技だ」
才牙は煌めく腕を、呆けたままのアテタの肩に置いた。
すると腕にあった煌めきが、アテタの方へと移動して彼女の全身を輝かせた。
その直後、アテタは意識を取り戻したかと思うと、恍惚とした顔つきに変わる。
「ふわああああぁぁ~~~。なにこれぇ、きもちいいいいわ~~~~!」
突然の嬌声に、ミフォンが慌てて近寄る。
「アテタ、大丈夫!?」
「平気よ、ミィ。なんだか、全身マッサージを受けたきみたいに、気持ちイイの~~」
そう感想を告げた直後、アテタの体にあった煌めきが弾け飛んだ。
そうして現れたのは、髪艶と肌艶と全身の生気満ち溢れ、衣服の汚れすら消え去った、まさに全快といった感じのアテタの姿だった。
「なにこれ。体がすっごい軽い。頭と目がすっきりしているし、関節もすっごく柔らかくなってる?!」
アテタは立位体前屈で地面に手を付けたかと思えば、背を伸ばして背中に両手を回して手を繋いでみせる。
その様子を見て、ミフォンは信じられないといった表情になる。
「遠征帰りは、いつも体がガチガチで困るって言っていたアテタが、タコみたいに柔らかくなってる」
「ほんと、凄いわ! これが才牙様の力なのね!」
嬉しがるアテタに対し、才牙は冷静なままだ。
「エッセンスを入れれば、俺は特殊能力を持つ超人へと変わる。それこそ、エッセンスの種類毎に、違った能力を持ったな」
「薬草のエッセンスだから、体調が回復する能力ってことかしら?」
「そうだ。では毒草ではどうなるかわかるか?」
「回復の逆で、全身毒塗れになるってことかしら?」
「試してみないと確証とはならないが、そうなるはずだ」
その問答の間に、才牙の姿が元に戻ってしまう。その直後、エッセンスドライバーのスロットが独りでに開き、陶器瓶が外へと吐きだされる。飛び出てきた陶器瓶は、地面に落ちる前に空中で粉々になり、風に吹かれて散っていった。
「ふむっ。簡易敵に作ったエッセンス封入缶では、変化していられるのは5分ほどで必殺技も1発だけか。有用なエッセンスを見つけ、金属製の封入缶を再開発できるまでの繋ぎとして考えるのなら悪くはないか」
才牙は使用感の所見を呟いていたが、唐突に視線をあらぬ方向へと向ける。
ミフォンとアテタも同じ方向へと顔を巡らすと、走り寄ってきている存在が見えた。
「あれはゴブリン。しかも3匹も!」
「距離があるから、いまの内に魔法を――」
「いや、2人は手を出さないでいい。俺が仕留める。ちょうど良い素材が来てくれたんだからな!」
才牙は駆け出すと、ゴブリンへと接近する。
ゴブリンは3対1という優位な状況だと理解しているようで、侮った顔つきで近づいてきた才牙に攻撃しようとした。
しかし走り込んできた勢いを乗せての前蹴りで、ゴブリンの1匹が内臓破裂で即死する。その直後、蹴り足を引き戻しながらの、逆足での回し蹴りで、さらにもう一匹が首の骨を折られて死亡。
あっという間に1対1の状況になり、最後の1匹が背を向けて逃げだそうとする。
しかし才牙は、ゴブリンの首を後ろから掴んで引き寄せ、その後ろ首に膝を叩き込んだ。頸椎が潰れる音が鳴り、ゴブリンの四肢の力が消え失せた。
一仕事を終えて、才牙は新たな実験が出来ることへの喜びに満ちた顔となる。
「さあ、ゴブリンにはどんなエッセンスがあるのか。錬金術で分割して調べてやろうじゃないか」
ゴブリンの死体は3つある。
うち2つをエッセンスの解明だけに使う検体として使い潰す気で、才牙は実験を始めたのだった。