9. 学び
錬金術がアテタを助ける要因となるかもしれない。
そう気付いたからか、ミフォンの態度が一変する。才牙に協力的になったのだ。
「錬金術には他になにが必要? お金なら、ある分だけ出す」
「そうだな。錬金術の大全があるのなら、それを買いたい。確実に、意図的な情報隠蔽が入っているだろうが、俺が知りたいのは錬金術で使う文字の部分だから問題ない」
いわば大全を辞書として使いたいと、才牙は考えていた。
「分かった。その他には要らない?」
「ひとまずはない――いや、冒険者から見て、錬金術が関係する商品の中で、なにがあったら嬉しい?」
「嬉しい商品といえば、やっぱりポーションかな。冒険者って生傷が耐えない仕事だし」
ゴブリンを始めとする魔物との戦いだけでなく、採取で藪の葉で皮膚が切れたり、地形に足を取られて足を捻ったりと、怪我するシチュエーションは多いのだと、ミフォンが語る。
「ポーションがあれば、怪我がすくに直る。値段が高いから、気軽には使えないけど」
「なら、ポーションづくりが当面の目標とする。それで資金を稼ぎ、その後に次の目標を定める」
「分かった。手助けする」
ミフォンが乗り気でいると、アテタが才牙の腕を抱き寄せてきた。
そして、才牙の興味をミフォンに奪われたと、嫉妬を含んだ顔で見上げてくる。
「才牙様。あたしも手伝うからね」
「ああ、頼りにしている」
才牙が頬を軽く撫でてやると、ミフォンは恍惚とした表情で笑う。
その笑顔を見て、ミフォンは早く何とかしないとと決意した表情になっていた。
ミフォンの財布の金を使い、才牙は錬金術の魔法陣が多数書かれている本を入手した。
事前に見越していた通りに、この本の中に書かれている内容も魔法陣も、意図的な『抜け』や『誤魔化し』が存在している。
その間違った部分を、才牙は本の中にある情報をひとまず取り込んでから、クロスワードパズルの感覚で穴埋めしていく。
買ったインクとペンで抜けている部分に書き込みを加え、誤魔化しや間違いのある部分には訂正を入れていく。
その作業を宿の一室で行っていると、ミフォンとアテタが背中側から覗き込んできた。
「……ねえ、アテタ。なにが書いてあるのかとか、なにをしているのかって分かる?」
「分かんないわ。書き直された魔法陣を見て、魔法使いの直感的に合っているっぽいとは分かるけどね」
そうだよねと頷き合う2人に、作業を一区切りつけた才牙が目を向ける。
「俺とて、無教養な状態で解けるほど、この本にある偽装は生ぬるくない。しかし技術的に似たものを既に修めていたから、読み解けるんだだ」
「才牙様が以前言っていた『科学』というやつ?」
「それも含まれるが、それだけではない」
才牙が否定の言葉を出しながら出したのは、エッセンスの封入缶。
「これは科学では説明のつかない技術で作られている。もとはセイレンジャーの腕輪――星の力を借り受ける装置で、それを解析して独自に技術を再構成したものだ」
「話の流れからすると、その筒みたいなものに使われている技術と本にある錬金術の技術が似ている、ってことね」
「その通り。この封入缶の技術を流用し、本にある錬金術に必要な魔法陣と文字を学べば、俺に作れないものはないな」
「じゃあ、ポーションが作り放題ってことね」
「普通のポーションどころか、上級や特級もだ。それどころか、エリクサーとかいう伝説のポーションも作れるかもしれないな」
「エリクサーが!?」
驚くアテタに、才牙は本の最終ページを開いてみせる。
「ここにエリクサーの作り方が書いてある。ただし、書かれている全ての素材は現存していないと、注釈がかかれてあるがな」
「それじゃあ作れないんじゃない?」
「と思うだろうが、錬金術の本質を知っていれば、いまある材料からでも作れる可能性があると分かるんだ」
「錬金術の本質って?」
「錬金術の根本は、魔力を物体に付与すること、物体から目的の物質を取り出して純化させること、そして物質と魔力を混ぜ合わせて新たな物を創造することだ。だからエリクサーとやらが、どんな物質と魔力を混ぜて構成したかを魔法陣から読み解けば、その構成物質が含まれる代用品を探すだけで作れる。理論上はな」
「すごい! 本当にエリクサーが作れたら、1本で億万長者になれるわ!」
「ふむっ。今後の資金繰りを考えるなら、エリクサー狙いもありか……」
しかし才牙は、考えを翻す。
「いや、まずはポーションからだ。ポーションなら手軽に作れるし、売り先にも困らない」
「売り先って、冒険者に売るの?」
「そちらにも売りはするが、怪我をするのは冒険者だけじゃないぞ。人は生活しているだけで痛みを感じる場面に遭遇するものだからな」
才牙はポーション作りのために必要な魔法陣を、新たな紙に書き写す。その上で、効率化と高効能化ができるよう、魔法陣の改造を行っていく。
その作業姿を、アテタはうっとりと見つめ、ミフォンは期待する表情で黙って見ていた。