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ハート・ブリコラージュ  作者: まさす
8/10

008:三つ巴

入出力ゲートの開放で、状況は一気に騒がしくなる。200以上の契約企業からリアルタイムで送られてくるバックアップデータは、約3分間という短い時間に蓄積したとは思えないほどのボリュームとなって一斉に流れ込み、我先にと収められるべき格納領域へ散り散りに広がっていく。そんな中、自立型エージェントだけは、周辺の状況を何度も確認するように四方にレーダーを照射しながら、一直線にこちらへ向かってくる。問題の発生源である第4351エリアに迷わず進むその姿は、目立つ真っ白な立方体の外見と相まって、性能の高さをさりげなく誇示しているように思わせる。多分、かなり手強い。


「外周部の配置されたトラップ装置も拝借します」


性能の高さという点では、こちらのエリザベスも負けてはいない。未来予測に特化したAIとはいえ、その基本性能は折り紙付き。独立型のジャミング装置と環境寄生型のトラップ装置を組み合わせ、ドローン兵器に似た小型攻撃兵器を即席で作って応戦する。一部は、巣を守る足長蜂の編隊が連携して襲撃するように、自立型エージェントの周囲を取り囲むような形で一斉に攻撃する。別の一部は、自身と一体化した罠で獲物を待ち構える蟻地獄のように、移動ルートを先読みしてトラップの発動に備える。残った少数は、餌の位置をフェロモンで伝搬する蟻のように、周辺環境を観測して作戦本部に最新の戦況情報を伝える。その中心でエリザベスは少し先の未来を予測しながら、個々の動きを細かく指示して最大の効果を狙う。


しかし、それでも歯が立たない。自立型エージェントの周囲で複数の光が発生すると同時に、同じ数の即席兵器が蒸発していく。急激に減少していくジャミング装置とトラップ装置に対して、得られる足止め効果はおそらくマイナス7%程度。1287から始まった相対距離は、あっという間に500を切り、400、387、374、360とペースをほとんど変えずに縮まっていく。


「これほどまでに強いとは」


「少なく見積もっても3倍の性能向上、と説明しましたが、この感触だと10倍あるいはそれ以上ですね」


「見積もりが甘かったのでは?」


「あなたにだけはダメ出しされたくありません!」


「まぁまぁ、とにかく情報収集。公式資料から噂話の脆弱性まで、手に入る情報なら何でも」


「それは今やってます!」エリザベスの余裕の無さが、状況の悪さを物語る。


他方で捕獲対象AIも黙っていない。自立型エージェントの計算リソースを直接的に強奪しようと、おそらく唯一の必殺技を展開して応戦。2者の間に張られた青く半透明な細いラインが、縮まる距離と反比例しながら数を増やしていく。おそらくラインの接続を起点として攻撃を発生させ、対象の計算負荷を何らかの仕組みで急上昇させるのだろう。まるでカツオノエボシの触手のよう。是非ともデバッグ接続して仕組みを解析したいところだが、うかうかしていると自分までも攻撃対象として巻き込まれてしまいそうで、怖い。


対する自立型エージェントは、施設の計算リソースの浄化で対応。幾千もの構成要素の中から問題を発生させているプロセスをピンポイントで特定し、所持するセキュリテイ特権を発動しながら次々に該当プロセスを強制終了させる。捕獲対象AIの攻撃が続く中でも、施設の処理負荷が微妙に減少し始めているということは、問題の根本原因にも対策しているはず。攻撃で利用された脆弱性への暫定パッチをリアルタイムで作り上げ適用しているのか。


そうして空いた計算リソースは、施設の通常処理であっという間に消費されていく。全体の一部とは言え、暗号化や署名付与が必要な大量のバックアップデータは、列をなして今か今かと処理を待っている。適切に設定された優先度により、捕獲対象AIや環境寄生型トラップが入り込むスキは微塵も残されない。


捕獲対象AI、自立型エージェント、施設の設備と大量データ、そしてエリザベスの攻撃。複数の要素が絡み合う混乱した状況の中で、捕獲対象AIの確保という自身の目的について少し考える。全体としては、自立型エージェントの性能の高さが際立ち、パワーバランスは大きく崩壊している。上手に均衡状態に持ち込みたいところだが、生身の人間が今の戦況に参戦しても軽く踏み潰されるだけ。自分に有利な状況を整備して、ここぞというタイミングで的確な攻撃を仕掛ける必要がある。おそらくチャンスは多くて一度。


パワーバランスという点では、捕獲対象AIが新たな得意能力の一つでも発現してくれれば助かるのだが。現時点では対象の計算リソースを無駄に消費する能力のようだが、強奪した計算リソースを攻撃に転用する仕組みを少し入れ込んであげれば、強力な能力に転化できそうな予感はある。エリザベスによる機能解析が半分も進んでいない状態では難易度が高いけれど。


「情報収集が完了しました。時間的な制約で、表面的な情報ですが…」と申し訳なさそうなエリザベスからのメッセージに合わせて、一束の情報が届く。


公式パンフレットとスペックシート

大きめのフォントで表現された美辞麗句、優良誤認を招かない明瞭な説明文、適切に期待値をコントロールするための控えめなスペック表記。製造責任や株主責任など多数の社会的責任を負う企業から発信する情報としては申し分ないけれど、得られる技術的な情報の密度は薄い。ただひとつ評価できるのは機能の網羅性。ソフトウェア集合体として提供する機能のカテゴリ境界が曖昧になるなかで、提供される機能の一覧が一望できる資料はありがたい。複数のエージェントをクラスタ構成して自動で集団動作させる機能、攻撃シグネチャを自動生成してユーザ間で相互交換する機能、周辺計算リソースを活用して自己能力を向上させるオプション機能などなど、自立型エージェントと対峙する側には恐ろしい文言ばかりだけれど。必要に応じて最大32台までを即時レンタルして、クラスタ構成を一時的に増強する機能(費用は要相談)に関しては、相談していないことを願うばかり。


アナリストによる製品評価:7件

客観的な立場を装いながらも、その実態は広告費やコンサルティング費などの名目を隠れ蓑に、企業と蜜月の関係を続ける極めて偏った存在。少しでも優れた機能はゴテゴテに盛り付けて全力で褒めちぎるのに、問題点については小さな文字で目立たない場所に小さく小さく表記する。個人営業の独立系アナリストによる2件の評価はそれなりに辛辣で読みどころもあるけれど、裏にライバル企業の影が見え隠れして、結局は同じ穴のムジナを思わせる。市場動向と企業へのヒアリング結果をもとに算出した近い将来の改善予測や、他社製品との性能比較は資料としては有益だけれど、自立型エージェントが距離120まで迫っている状況では残念ながら何の役にも立ちそうもない。


特定セキュリティ認定機関による評価結果:3件

公的機関による認証としてそれなりに信頼できるものの、お役所仕事の気配がいつまでも抜けず、技術進歩の荒波から一歩遅れた評価軸になりがち。評価結果の公表は製造企業側で自由で選択できてしまうから、認定過程において重大な瑕疵が見つかった場合などは、評価自体が公開されなかったりもするのも大きなマイナス点。官僚的な組織のお偉いさんが、自分が取るべき責任を最小限にするための小道具として使われるのが主な利用方法。戦っている相手に大きな欠陥が含まれていないことは確認できたが、それはつまり現在の状況がどれだけ悪いかを説明することでもあり、どんな風に読んでも楽しくはない。


自称スペシャリストによる解析レポート:2件

匿名で怪しさ満点だが、たまに驚くほど価値の高い情報を発信していることがあるから侮れない。無名エンジニアの承認欲求なのか専門家の暇つぶしなのか、金銭的価値を生み出すのが難しいニッチでマニアックな分野でも、隙間がないほどに網羅され濃縮された情報を毅然と展開していく姿には、ちょっとした尊敬の念を抱くこともある。ただし、それらは全体のほんの一部に限られて、大多数は玉石混交の石のほう。読み手にも目利きとしての技量を問われる。逆に、自分で情報の成否判断と取捨選択ができれば、間違いなく強い武器になる。今回はエリザベスの方でフィルタリングしているのか、2件とも匿名ながら良質なレポート。見栄えのある情報を散りばめながらも、本当に価値のある情報についてはその存在を匂わす程度に押し留めいているところにプロっぽさを感じる。少し特徴的な文体を起点に書き手を絞り込むことができれば、情報の取引チャンスもありそうだけれど、時間制限のある現状では厳しいか。


匿名の消費者レビュー:392件

不特定多数で多様性のあるユーザ群からのレビューであれば、その内容に高い価値が期待できる。しかし、今回のようにエンタープライズ向けセキュリティ ソフトウェア集合体となると、そもそも購入して導入するユーザは限られ、その中で公開市場でレビューを投稿となるとその数は更に絞られる。にも関わらず、3桁のレビュー数で、加えてどれも同じように微妙にネガティブな内容となると、ライバル企業による足の引っ張り合いの可能性が極めて高い。レビューによると、管理画面のUIが使いにくい、ベーシック契約ではサポート態勢が不十分、定期的な有料バージョンアップが足かせ、などなど書かれているが、世の中の製品は大概そんなものだろう。


「現状を打破する有益な情報は見つかりませんね」


エリザベスは不安を表現し、一方で状況は悪化し続ける。自立型エージェントは周囲の攻撃に瞬時に対応しながら、着実に距離を詰めてくる。環境寄生型トラップの拘束率は50%を切り、捕獲対象AIがゆっくりだが自由に移動し始めた。仕方なく拘束は諦めて、動作中のトラップ装置は全てシャットダウン。まだ使える装置は、エリザベスに攻撃兵器ストックとして横流す。気休め程度だが無いよりマシだろう。


これで反撃に利用できる装備は1つ減少し、残りは環境寄生型のAI消去装置、反射型防壁が4シート、二世代前の機能解析ライブラリ、手に馴染んだデバッグ装備一式、暗号化圧縮ツールと中規模AI捕獲容器。計算リソースが著しく制限される現在の環境では、利用できる装備はどうしても限られてしまう。


こうなると残された選択肢は2つしかない。一つは全てを放り投げて即時撤退する。そして、もう一つは。


「マーケットFに連絡して、自立型エージェントに関する情報提供を打診する。エリザベスは、電子迷彩カーテンを周囲に展開して時間稼ぎ」


「…電子迷彩カーテンの展開を始めます」エリザベスは、メッセージ先頭の微小な間で不満を表現する。


そして僕は、対応するように小さくため息をついて、マーケットFへの通信接続を開始する。

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