表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ハート・ブリコラージュ  作者: まさす
10/10

010:怪獣大戦争

「取引はどうでしたか?」


マーケットFとの通信を切断すると、直後にエリザベスから不安そうなメッセージが届く。


「良い知らせは、使える武器が少し増えた。悪い知らせは、面倒な仕事が1つ増えた」


返答と同時に、必要な情報を強度の高い秘密経路で伝達する。自立型エージェントの脆弱性情報、独立型トラップ FL-A12に関する詳細、それらが格納されたストレージの位置情報と開封用の少し変わった暗号鍵。悪い知らせの詳細については、今は止めておこう。


「シューベルトによる歌曲D257の譜面を初期化ベクトルに利用するなんて、ビジネス取引における暗号鍵としては少し気取り過ぎじゃないですか。セキュリティ的にも好ましくありません。もしかして、うら若き乙女の不透明な前途に対する皮肉とか?」


「皮肉が理解できるのか、試されているのかも」


「だとしたら、合格してますよね?」


マーケットFと最後に暗号鍵を取り交わしたタイミングを考えると、人工知能であるエリザベスに対する先見や訓戒が含まれていたとしても不思議はない。0と1で構成されたデータから隠れた意図が姿を表す道筋は、いつだって受け手に託されている。


「それにしても高性能トラップFL-A12を短時間に3ダースも用意するとは。納期未定が続く人気商品です。一体どのような経路で入手しているのでしょうか。まさか軍事複合企業の整備保守品を拝借した盗品で、利用と同時に警報ビーコンが鳴り響いて企業私設の回収部隊が飛び込んでくる、なんてことは無いですよね」


「盗品の可能性は否定できないけれど、商品は綺麗に整えている、はず」


「…。念のためフィルタリング装置による通信検閲を最大レベルに設定して、非常事態用の緊急停止コードも追加で取り付けておきますね」


エリザベスは慣れた手付きで暗号化バケットを荷ほどきすると、取り出した3ダースのトラップを調整しながら組み上げていく。


「ところで、外の様子はどんな感じ?」


「カタカナ4文字で表現するとドッカンといったところでしょうか。自身の目で確認するのが一番です」


そう言ってエリザベスが周囲の電子迷彩カーテンを1枚めくりあげると、その先には怪獣大戦争が広がっていた。


無表情な自立型エージェントは、混乱した状況を平定しようと、自身が所有する高性能な機能一式をフル活用して暴れまわる。頭頂部から照射される濃い七色のレーザー光線は、球面上に広がり周囲を隙間なく照らしながら、環境構成を正確に読み取っていく。まるで突然変異でカラフルになったウニが自転しているよう。背面に装備されたランドセルのような矩形装備からは、灰色の不透明なケーブルが無数に伸びて、機能不全に陥った施設装置を次々に修繕していく。現代アートの新進気鋭が千手観音を今風に表現したら、おそらくこんな感じになるのでは。そして、諸悪の根源である正体不明のAIに対しては、利用可能な兵器をつぎ込んで一斉攻撃を仕掛ける。大量のノイズデータを生成して通信品質を悪化させるTX-3289。送受信データを輻輳させて局所的に鏡の国を作り出すsof-72.s。周辺の通信経路を高速に組み替えて多次元の迷彩回路を作り出すZMZ-type3。他にも外野からは判断できない未確認の攻撃が何点か。それらを幾重にも織り交ぜて外堀を埋めながら、中心地に向けた接点の数と面積を着実に増やしていく。先行する開通済みの接点では、針の先のように細い帯域に押し込まれるようにプログラム断片が注入され、それらは毒となって目的地に届き始める。


一方の捕獲対象AIも、唯一の必殺技を駆使して応戦する。その未知の能力は、バックアップ施設の計算処理能力やメモリ領域から通信帯域に至るまで、あらゆるリソースを消費し枯渇させていく。まるで広大な緑地を静かに侵食していく砂漠のよう。自身を中心点とする影響半径は線形に発達し、その侵食面積は加速度的に増加していく。本来であれば施設内の領域を防壁で区切り、単一の問題が全体に波及しないように設計されるべき。しかし、利用効率を優先させたのか、目先の利益に欲がくらんだのか、それとも単なる手抜きや愚かさなのか、この施設は多くのリソースを一箇所で集中管理する方法を選択した。お陰で、捕獲対象AIを起点とする問題は閉鎖空間に留まらず、施設全体の隅々にまで波及していく。さすがの最先端な自立型エージェントも、砂漠の中で孤立無援では発揮できる力も限られる。注入される毒が侵略性ソフトウェアとして効果を発揮するのが先か、それとも全てが無機質な砂粒のように機能不全に追い込まれてしまうのか。二匹の怪獣が繰り広げるがっぷり四つ相撲は、土俵の半径を縮めていきながらも、その結末は依然として不透明。


そんな微妙な戦況のバランスを調整するように、エリザベスが投入した即席の攻撃兵器が戦場を旋回する。独立型トラップを組み合わせたドローン型兵器は、周囲の影響を受けずに自立して動作できるものの、怪獣たちの戦いに割って入るほどの能力は持ち合わせてはいない。流れ弾に当たらないよう気をつけながら情報収集を続け、戦況の大きな変化に備えるのが精一杯。そして、周辺では大量の処理待ちデータが行き場を求め群れをなして渦を巻く。自立型エージェントによる復旧処理で少しずつデータが処理され始めているものの、全体で見ると焼け石に水。一歩踏み間違えれば、データの流れに足を取られ、あっという間に押し流されてしまう危険な状態が周りに広がる。


暴れまわるソフトウェア集合体。一帯を砂漠化する未知の能力。広がる鏡の国と張り巡らされた迷彩迷路。飛び交うドローン兵器。周囲で渦巻く莫大な量の圧縮データ。正直、家に帰りたい。


「元を辿れば、全ては私達が原因なのに。眼の前でこれほどの闘いが繰り広げられると、なんだか少し申し訳ない気持ちになります」


「まぁ、こっちも仕事だから」


「私のために争わないで!」


「高性能トラップFL-A12を組み立てながら言うセリフではないな」


天然ボケなのか、ホームシックを察したのか、それとも『一度は言ってみたいセリフ Top10』の1項目を消化したのか。理由は何であれ、エリザベスは何事もなかったかのように3ダースのトラップを組み上げて調整を完了させる。これで準備はOK。


「ここからは二手に分かれる。エリザベスは自立型エージェントに脆弱性を展開して動作を停止させる。僕は捕獲対象AIにデバッグ接続してコア部分を回収する」


「手持ちの装備でデバッグ接続まで辿り着けますか?」


「そこは自立型エージェントが攻撃で利用している侵略性ソフトウェアの力を借りる。おそらくマークル・ウォール社の免疫展開型x739か圧縮浸透型b820のどちらかで、プログラム断片の濃度が一定値に達すると動作を始める遅効性タイプのソフトウェア。上手くタイミングを合わせれば、自立型エージェントと同時に捕獲対象AIを機能不全にできる」


「なるほど。2者間の接点面積と接続時間から、注入されたプログラム断片の流量を計算。公式スペックシートに記載されているソフトウェア体積と基準濃度を使って攻撃発動までの時間を推定。残り時間は、x739が2.7±0.5秒、b820が3.5±0.3秒です」


「外では正常な相互通信は期待できないから、タイミングは4秒後で固定しよう。用意はいい?」


「もちろんです」


2人は同時に戦場へ飛び出す。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ