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転生したら継母でした  作者: ナオ・ミー
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皇妃宮予算騒動

私は、暖炉でよく燃える皇妃宮予算申請書類とそれを見て呆然とする間抜けな皇帝の顔を眺めていた。


一瞬、何が起きたのかわからなかったのだろう。

しかし、そこは皇帝。すぐに表情を取り繕って、私をキッと睨んだ。


「皇后!貴様、何を考えている!?皇命に背く気か!?」


皇帝は声を荒げる。

皇帝の侍従や近衛兵たち、私の侍従とルシール婦人が、頭を下げて震えていた。

私は、表情を変えずに、唯一、皇帝のご尊顔を真っ直ぐに見つめた。それが許されるのは、皇后の特権である。


「皇命をこのようなお遊びで使うとは、歴代皇帝陛下たちが泣いておられますわ」


「歴代皇帝」という単語を聞いて、ユリウスの眉がぴくりと痙攣した。

恐らく、帝王学を学んできた彼は、多くのに人間から歴代皇帝と常に比較されたことは想像に難くない。

私は脳内で、ユリウスの歴代皇帝に対する劣等感を「歴代コンプレックス」と命名した。


「なんだと?」

「だってそうでしょう? 皇妃とは、後継者の産みだす借腹でしかありません。私が後継者を産めない場合、その役割を皇妃が担うのです。皇妃の役目とはそれ以上でもそれ以下でもありません。平民や貧民、奴隷たちへの慰労巡礼ならともかく、単なる遊ぶ金欲しさであるならば、民は皇室に不信を抱くでしょう」


現に、目を通した予算案はほとんどが「ドレス代」と「接待費」だった。

何を接待するのだか。


「皇妃は、社交界を制御する役目があることを忘れたのか、ベルメール。エレノアは、帝国社交界の華だ。外国人で身売りされた貴様と違い、貴族派を制するだけの権力がある。それを食い止めるために予算が必要なのだ」


「でしたら、昨年度の使用した予算の記録や領収書でも切ってきていただけませんか?」


その概念はあるのだろうか。


「皇后宮予算策定の際の帳簿は、貴様が持ってるだろう」


そうだ。予算案作成に際して、財務部から参考資料が送られてくるのだ。

しかし、この手の展開は、例えば財務部の誰かが予算をくすねていたり、皇后宮や皇妃宮が人件費を水増しして申告したりしているものだ。


ベルメールの記憶では、社交界のため品位保持費用の予算は年々、明らかに増額されている。

しかし、政務を行ってこなかった愚かな皇后は、それが具体的にどのような事態になっているのかを理解していなかったのだ。

ルシール婦人は、黙認していたのだろう。


「こんな帳簿を提出されるなんて、財務部は皇后宮を侮辱しているのですか?」


私はユリウスに予算資料を見せた。

そこには「品位保持費」の内訳がずらりと並んで……いるのではなく、「ドレス代」、「接待費」、「雑費」の三種類しかない。


大きく分ければ、これだけになるのかもしれないが、仮にも帝国の民や貴族から徴収した税金を使って成立しているのだ。より具体的に示さなければ、横領があってもわからないだろう。


「なんだこれは!?私の宮でも、マシな資料を作ってくるぞ!」


ユリウスは、驚愕の表情で私が手にしてた資料をひったくった。


「どう考えても、昨年度の確定予算資料を真剣に作成しなかった人間がいます」


「しかし……なぜ、皇后が気づかないのだ!?貴様、職務怠慢か!?皇室の義務を果たさなかった人間は追放だぞ!」


「恐れながら、報告させて頂きたく思います陛下!」


私とユリウスの間に土下座して割り込んだのは、ルシール婦人だった。


「無礼だぞ!貴様!」


近衛兵がルシール婦人に剣を向けようとする。


「皇帝陛下!皇后陛下は、何度も財務部と皇妃宮に予算資料の再提出を依頼しておりました!しかし、彼らは皇后陛下を侮り、真面目に取り合おうとしなかったのです!」


「……なに?」


私は震えるルシール婦人の肩に手を置いて、立つことを促した。

この人が跪くことはない。

今までの「私」が悪かったのだ。


「立ちなさい、ルシール婦人……あなたの責任ではないのですから」


「では、誰の責任だというのだ?」


「……それは、皇帝陛下ですわ」


私はユリウスを指さした。

この上なく失礼な行為であるが、ここで黙って貞淑さをアピールしても何の意味もない。


「なんだと?」


「私が皇妃宮や臣下に侮られているのは、あなたの責任だといっているのです、ユリウス」


「陛下をつけろ」


「今はそんなこと些末なものです。なにせ、事は皇室予算の横領疑惑に関わるもの。そして、その下地を整えたのは、他ならぬあなたなのですから」


「意味が分からないな。貴様の管理不行き届きが、なぜ私のせいになる!?」


「まだわかりませんか? あなたが皇妃を寵愛し、彼女が使う‟お小遣い”を年々増やした。あなたは、私が皇室の権威や不平等をいくら訴えても聞こうとしなかった。そこで、臣下たちに悪魔が囁いたのです。“皇后に権力はない。予算を掌握しているのは皇妃宮と財務部である”と。つまり、予算案や財政に目を光らせる最終的な決定機関はもはや機能していなかったのです」


皇后宮の予算決定権は、皇室内の財布のひもを結びつける最後の砦だ。

そこで拒否権を行使されれば、皇室内で使える金銭は限られてしまう。

だからこそ、皇后は臣下に敬愛され、臣下は皇后の責務の恩恵を受けるのである。


しかし、何の政治的決定権がない皇妃が寵愛され、皇后が押さえつけられた。

この状況は、横領をする環境としては最高の瞬間だろう。皇后の発言権の弱体化によって、皇帝は皇妃宮予算を増額したとしても文句は言わない。

皇帝の権威と寵愛が、皇后を制したのだ。


ベルメールは外国人であり、帝国予算の策定のルールや慣習に疎かった。

そのため、最終的にはルシール婦人に投げてしまった。

皇帝の寵愛を受けられなければ、皇后であっても意味がない。真面目に仕事をしても意味がない。

ベルメールは愚かにもそう考えてしまったのだ。


「わかりましたか、皇・帝・陛・下?」


私は厭味ったらしくユリウスの敬称を呼んだ。

侍従や近衛兵の前で、皇后が皇妃宮と財務部の横領疑惑を暴露した。

噂はすぐに広まってしまうだろう。

皇后の口から説明させたユリウスの失点でもあった。


皇室予算が横領されている。しかも、皇后が以前、忠言したことが現実化したのだ。

それに対して、皇帝が皇后の忠言を無視した。

その噂は、ユリウスが緘口令を敷く前に瞬く間に伝播した。

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― 新着の感想 ―
[一言] これ継承権持ちがいるなら皇帝はお隠れ案件では?
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