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転生したら継母でした  作者: ナオ・ミー
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ベルメールの権勢

ベルメールは、決してほめられた妻でもなければ、母親でもなかった。


王国で王女だった頃はとても穏やかな性格をしていた。


それは自分の出生や血統からくる圧倒的な自尊心からであった。


使用人や騎士、平民たちにも分け隔てなく接していたのも、自身の地盤が確立されていたことへの安心感、もとい安定感からであった。


そのため、帝国へ嫁ぐことになったとしても、それ自体には特に不満はなかった。


父親である国王は相変わらずベルメールに対して善き親であり、彼女の配下の使用人や騎士たちはベルメール自らが選出し、信頼を置いていた人間たちだった。


しかし、帝国の皇帝が既婚者であったこと。

結婚式が、簡素で略式で行われたこと。

夫からの愛の言葉や口づけはなく、初夜も共に過ごさなかったこと。

何より、結婚式後から日常的に「いない者」として扱われたことが、彼女の自尊心を傷つけた。


帝国には、ベルメールにとっての安定や安心が確立されていなかった。

どこまでも彼女は外様のように扱われ、帝国の閉鎖的な差別や冷笑に晒されていた。


彼女は自分が井の中の蛙であったことを思い知らされた。


その結果が、品位維持費や王宮管理費として皇帝から渡された皇后宮の予算を使った浪費であった。

意味もなく高いドレスを買い、意味もなく使わない化粧品や香水、宝石を買った。


そして何より、この世界の帝国は男尊女卑がはげしかった。

皇后に任されている公務は、皇帝の手を煩わせないための雑務のような位置づけだ。無論、皇帝は皇后の公務をやろうと思えばできるほどの教育や能力を持ち合わせている。


「女は、ただ笑って座っているだけで良い」


帝国の淑女たちに対する紳士たちの総評だ。


何て無駄なことを、と内心思っていた。

飛鳥時代、奈良時代の日本女性でも自分の土地を持っていたというのに。


私は日常的に「男だから」「女だから」という理由で多くの弊害を生み出すことを非合理的に感じていた。

とりわけ、女性差別を許さないというわけではなく、ごく単純に男女に壁を作ることを無駄だと感じていたからだ。

女性でも男性より強い軍人はいるし、男性でも女性より家庭的な専業が巧みな人間はいる。むしろ、適材適所を性別で規定するという行為こそ、権力を持つ資質がないことの表れではないだろうか。


しかし、皇后の公務の中で異彩を放っていたのは「皇室予算管理権」が皇帝ではなく、皇后が所有している点である。

これは帝国憲法に規定されていることで、皇帝は「国家予算管理権」を持ち、皇后は「皇室予算管理権」を持つ。国家予算管理は貴族議会と皇室の会議によって設定される。

そして、会議の中で決定された皇室予算の管理を皇后が行う。


皇室予算は皇族一人一人に割り当てられる。いわゆる「品位維持費」だ。

それ以外に皇族は個人的な資産を持つことが許されている。近年は皇帝以外で商いなどで資産を持とうとする皇族はいなくなったが、過去には品位保持費を投じて工芸品や民芸品の輸出入を行ったという皇族もいるそうだ。


さらに皇后は皇室建造物の管理、使用人、奴隷に対する雇用、給与管理、皇族子孫への教育管理が認められている。つまるところ、家事育児等の一切をやれという発想と同じなのだ。


「楽だからいいけどね」


管理や書類精査、会合を除けば実働的なことは、侍女や執事、使用人がやってくれるし。


「あら、皇后陛下、お変わりないようで」


皇后執務室に戻ろうとして、誰かに呼び止められた。

そこには赤い薔薇の刺繍を編んだドレスに身を包んだ金髪にエメラルドグリーンの光彩を放った瞳、細かく編みこまれた長い髪、すらりと伸びた首筋に、コルセットで矯正されてはいるがそれでもなお細いであろうウェスト、男を油断させる泣きほくろ。

典型的な帝国女性だった。

王国出身のベルメールとは異なったベクトルの美しさを放っていた。


「あぁ、エレノア皇妃か」


私がエレノア皇妃に近づこうとすると、侍女の一人が私の行く手を遮った。顔を上げ、胸を張り、私から目線を話さずに仁王立ちする。

おそらく貴族出身の侍女だろうか、背中からつま先まで神経を研ぎ澄ましたたたずまいだった。

かなり不遜な態度を取っている。


「もうお風邪は治りましたの? 私も、娘たちも心配しておりましたわ」


「………」


「皇帝陛下も、ベルメール皇后陛下の“寛大なお心”をご理解いただけますわ」


寛大な心、ね。


ベルメールはここ一週間ほど風邪を患っていた。

というのは、建前で本当はユリウスに予算管理のことで圧力をかけられていた。

皇后を愛さない皇帝は皇妃に対しては愛情を注いでいるように見えた。そのせいで、皇后が裁定する皇室予算も、エレノア皇妃に対する予算総額が皇后とほぼ同額、あるいはそれ以上であった。


当初、皇后以上の予算配分は貴族議会でも問題視された。特に外務大臣や王国との外交を重視する貴族、庶民閣僚たちは反対した。

しかし、皇帝曰く「皇后に娘はおらず、皇妃には三人の娘がいる」として、侍女として固めている反面、娘たちはれっきとした皇族であるため、養育費という名目で皇妃予算を増額したのである。


これは詭弁だ。

娘たち三人にはそれぞれ皇族としての予算があるわけで、金が欲しければ個人資産を増やす努力をすればいいのである。

しかし、政治的に優勢な公爵令嬢であるということもあり、それ以上口出しできる貴族はいなかったのである。


唯一、同じ公爵家であるマンハイム公爵だけは最後まで渋っていたようだが。


しかし、当然、ベルメールもこの予算増額には反対した。それならば、皇后費も増額しなければ、公務を担う人間としての威厳が失われるのだ。

しかし、皇帝は一言。


「だから、どうした?」


と聞く耳を持たなかった。


「皇后。お前は、結婚する際に同意しているはずだ。公務を担う人間としてのあらゆる能力を駆使して帝国に尽くすとな。帝国に尽くすということは俺や皇妃にも尽くすということだ。王国ではどうだったか知らんがな」


ベルメールは憤慨した。しかし、その怒りを皇帝にぶつけるわけにもいかず、かといって寵愛を受けている皇妃を攻撃するわけにもいかない。

結果、割を食ったのはオランジェ姫だけだった。


私は、ベルメールがなぜ自分の能力と権力を活用しなかったのか不思議で仕方がなかった。

彼女は最終的に予算の増額に同意し、皇帝に対してそれ以上反論はしなかった。

それはベルメールがそうすることで、少しでもユリウスが彼女を愛してくれるだろうという淡い「見込み」があったからだ。


しかし、そんな見込みは無いも同然だ。


ベルメールは皇帝に弱く、皇帝が寵愛する皇妃よりも弱い立場に置かれていた。王国出身というのも彼女が帝国での地位を築けなかったハンディキャップになった。

幼いころから社交界での活動をしていたエレノアは、帝国の貴婦人たちから圧倒的な支持を得ていた。

無論、ベルメールの王国ならではの気品や美貌に対する尊敬を持つ令嬢や令息もいるが、あまり多くはない。


そのため、名ばかりの「皇后」として見下され、陰口を言われることもあった。

ベルメールは皇帝の手前、持ち前の権力を使いこなすことができず、委縮した。帝国という異国の地の慣習にも慣れず、流行を追うのもやっとのことだった。


そのおかげで、皇后は皇妃よりも社交界では弱い立場にあったのである。


「そうですね。私は寛大すぎるのかもしれませんね」


だが、私はベルメールではない。皇妃がどれだけ寵愛を受けようが、知ったことではない。


「しかし、そんな寛大すぎる私への振る舞いにも気を付けた方が良いのではないですか?」


「どういう意味ですか?」


「はぁ……オランジェ姫の方が、あなたよりも礼儀作法はわきまえているのですね。同じ帝国人なのに」


エレノアは私の真意をくみ取れないらしく、不愉快そうに眉間にしわを刻んだ。

後ろに控えている複数の侍女(一人だけは顔を伏せている)たちも顔を見合わせていた。


「死にたいのですか、皇妃?」


私がそういうと、空気が凍り付いた。オランジェ姫と会ったとき以上の緊張が走っている。

侍女たちの何人かが、青ざめた戸惑いの表情を見せた。


「は?」


エレノアは信じられないというように目を見開いた。

なぜ、自分がそんなことを言われなければならないのか?という憤慨も少しだけ感じられる。


「なぜ、皇后である私にあなたも、あなたの腰ぎんちゃくたちも挨拶をしないのですか? 一人だけは律儀に守っておられましたが?」


その一人は、とてもみずほらしい格好をしていた。侍女の中でもとりわけ目立たないように後ろに立ち、ボロボロの髪型と服をしている。

日常的にいじめられているのかもしれない。

直感ではあるが、彼女がシンデレラ皇女ではないだろうかと思った。


「いくら皇帝陛下の寵愛を受けているとしても、公爵家が建国の父である初代皇帝の定めた帝国憲法と帝国法を蔑ろにしていると貴族や平民たちが知れば、皇室の威厳と権力は下がります」


ルールや規範を無視するということは、連鎖的な無法を生み出す。禁止されていたものを解禁すると人は人でなくなるのだ。

司法権を皇室や貴族が掌握しているということは、それなりの責任を持つということだ。

人間には一人一人に個性があり、これらがぶつかり合うととたんに争いが生まれる。

単なる争いではない。それは自然状態という、野生のような世界になるということだ。

何かを所有するために、殺しや盗みが平然と行われる世界。

そうしたことから人間を守るのが法なのだ。


しかし、時間が経過するにつれてそうした法への意識は薄れていく。

この女(皇妃)のように。


「もし、あなたたちが私を侮っているということはこの帝国の国母を侮っている。それでは皇帝陛下の威信の失墜だけに済みません。帝国が周辺諸国に隙を見せることになる」


現実にその兆候はある。王国は皇后の帝国内での地位に関して不満を漏らしている。

無論、国王はベルメールが役立たずだと思っているようだが。


「皇室侮辱罪は皇族には適用できません」


私はそう言って皇妃の周囲に立つ不遜な侍女たちを見つめた。


「シェリー」


「は、はい。皇后陛下!」


「侍女たちの雇用契約書を持ってきなさい。この場にいる全員の」


「は、はい……」


「どういうことですか、皇后陛下。まさか、挨拶ごときで侍女を追放するのですか?」


浅はかだと、エレノアは嘲笑した。なぜなら、エレノアは私が皇帝陛下の寵愛の機会を失うと高をくくっているからだ。

しかし、異性愛者の男だった私が男の寵愛なぞ願い下げだ。


「挨拶ごとき、ですか。では、今日から挨拶ごときで誰かが死刑になるのかもしれませんね」


私は笑って見せた。皇妃はまだ私の強がりだと思っているのか余裕さは崩さなかった。


「こ、皇后陛下、お持ちしました」


シェリーがおずおずと侍女たちの雇用書類の束を持ってきて、私に差し出した。

私はそれを受け取ると、雇用書類の中から一枚を引き抜いた。


「スミザーランド伯爵令嬢、あなた、もしかして叛逆でも企んでいるのかしら?」


私はエレノア皇妃と私の間を遮るようにして立つ貴族侍女に声をかけた。


「なぜそうなるのですか? 皇后殿下ともあろう方が、八つ当たりですか!?」


「あら、伯爵家では皇族に対する礼儀作法を学ばなかったのですか? 帝国法では侯爵以下の貴族は皇族との会話の際に許しを得るまで目線を挙げてはならないのですけれど……」


「は?」


スミザーランド伯爵令嬢は、あっけにとられたような間抜けな顔になった。


「その礼儀を学んでいないということは伯爵家が皇室を認めていないということになりますね」


「そ、そんなわけないでしょう!私は皇妃に忠誠を」


「皇妃は法的には側室です。公務や国母をつかさどるのは皇后である私で、彼女ではありません。あなたは帝国と臣民の国母をつかさどる皇后を侮辱しました」


私は近くにいた衛兵を呼ぶようシェリーに目配せする。


「衛兵!」


シェリーが叫ぶと、近くにいた衛兵たちが何事かと近づいてくる。


「皇后陛下! まさか本気なのですか!?」


ここに来てようやくエレノアが狼狽した。


「こ、皇后陛下! 申し訳ありません!け、け、決して叛逆心があるわけではありません!」


事態を重く見て、伯爵令嬢も翻意し、跪いた。

他の侍女たちも不安そうに私と皇妃、伯爵令嬢を交互に対して視線を配った。


「そう。叛逆心がないのであれば、私個人を中傷したということですね」


「そ、そういうわけでも……」


私は伯爵令嬢の雇用書類を手で細かく破いた。


「あぁ!」


伯爵令嬢は跪きながら悲鳴にならない叫び声を上げた。


「スミザーランド伯爵令嬢。あなたは被雇用者でもないのに皇族の居住地に侵入しています。許可なく皇族の領地に踏み込むことは不法侵入です。直ちに退去しない場合は御所不法侵入罪として国外追放か、あるいは懲役刑になりますが」


「あ、あ、はははい。あ、あのあのあの……すぐに荷物をまとめて」


「聞こえなかったのですか? 私は“直ちに退去しない場合”といったのです。いま、すぐ、この領地から出ていきなさい。衛兵、お見送りしなさい。馬車をよんであげなさい」


どもって言葉にならない懇願をする侍女だったが、屈強な衛兵二人に両腕を掴まれて連行された。


「さて、エレノア皇妃。今後は帝国の治安と秩序を守る良民としての自覚を持たれるといいですね。なにせあなたは陛下の寵愛を受けていますから、国民からも、愛される良識的な側室とならなければなりません」


勝ち誇る私を見て、エレノアは顔を赤くして私をにらみつけた。

こうして顔に出るようではまだまだだな。公爵令嬢ともあろう人間がこれほどまでに単純だとは、本当にいろいろと縁故でしか多くを得られなかったのだろう。

まあ、ベルメールもそうなのだが。


「品位維持費に関しての裁量は私に委ねられています。そのことを忘れないようにしていただきたいです」


私はそう言い放ち、シェリーを伴って執務室へと入った。



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