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転生したら継母でした  作者: ナオ・ミー
3/9

説けぬなら、説かせてしまおう家族愛

子どもの頃、一度だけは誰しもが読んだことがある童話。

そこで必ずと言っていいほど登場するキャラクター。


姫!



王子様!



魔女!



そして、継母!



あるいは魔女が継母だったりするパターン!




いずれにせよ、血のつながらない父親よりも母親の方がヴィラン役であることが多い。


そこで、まずは私の自己紹介。


私こと安藤隆一は、母親というものを知らない。父親はほぼ育児の全てを親戚に任せ、私とは距離を置いていた。


はっきり言って、私が幸福だったのか、あるいは不幸だったのかはわからない。


母親の愛情を受けなかったからといって、だから何なのだという程度である。


物欲センサーはとうに失われ、生活は豊かであったが、ぜいたくはそれほどしなかった。


頭は悪く、物覚えも悪い。気も効かないと悪辣な言葉を浴びせられたこともある。


大人に対する見方が変わったのは小学校六年生の頃だ。当時の担任は、それこそ童話に出てくるような典型的な悪役だった。


自分の容姿にコンプレックスでもあるのか、可愛い女子生徒をいじめ、私のような不感症は生意気としごかれた。


そのころから、教師になろうと思っていた。


担任の悪役女性教諭程度ですら、教師になれたのだから、この世の多くの善人はみな教師になれる。


既に教師は聖職ではないのだから。


第二の挫折は高校を卒業することになってからだ。


私の高校は大学の付属校であり、付属校同士が自校の生徒たちを内部進学でも有数のトップ学部へ推薦するために競い合っていた。


そのトップ学部の推薦に選ばれたのが私だった。


私は教育者になるために、ランクは落ちるが教育学部の進学を希望していた。それがだめなら、ジャーナリストになりたいと考え、文学部に行こうとも考えていた。


しかし、担任は聞く耳を持たず、将来絶対に苦労することになるといわれた。



「お父さんとも相談しなさい」



そして父は。



「教職ならどこでも取れる。新聞記者って……代書屋にでもなるのか」



無理解が生んだ誤解だ。しかし、偏見を持っている人間ほど自分は全うで正しいと考えている。そのため、結果は既に決まっていた。


結局、トップ学部の推薦以外は認められなかった。


私は、こいつらは「進学希望書」というものをどう考えているのかと思った。最初からレールが敷かれているのなら、こんな紙切れを仰々しく提出するのは無意味だ。


無意味さは、むなしさにつながった。


私は、その日以来、とても合理的な人間になった。


次の挫折は大学卒業間近にやってきた。


教師になるための関門には、教員実習がある。この教員実習はそれだけで一つの単位になり、教員免許の最大のエビデンスになる。


そこで担当した指導教員がとんでもない人間だった。


授業はプリントだけ、言動も粗暴で乱暴、後輩職員へのパワハラもすごい。当然ながら私への指導もほぼ放棄された状態だった。


私に対してもかなり横暴で高圧的な態度だった。


そんな指導教員は普段、黒いトレーニングウェアを着ていたが、その日はスーツにネクタイ姿で現れた。


その理由は、大学で教職の指導教授が実習生の面談にやってきたからだ。


横柄な指導教員が、大学教授に頭を下げ、私の顔色を窺っていた。


その時に実感した。


自分は、なぜ、教師を目指していたのだろうか。

 

結局、教員免許は取得したものの、そのまま都心のアパレル会社に就職した。

 

 

仕事に過労はつきものだった。


仕事が忙しすぎて、いつの間にかぽっくりと逝ってしまった。


結局のところ、死ぬまでに私が得たものは挫折と合理だけだった。


よく愛情だの、成功だのと人生を総決算する人もいるが、私の総決算はたった二つだけだ。


死ぬ間際、まるで海に落ちたような感覚があった。


時間が止まって、静寂に包まれた世界。




「お前の人生を見てやろう」





頭の上から声が聞こえた。


とても偉そうで不遜な声だった。



 ―――あなたは、いったい誰なのでしょうか?



「君たちの世界でいうところの神という存在だろうな」



 ―――神。そんなものがいたとは驚きですね。まさか、愛を知らない私に愛を説きに来たんですか?



「いや。お前の人生を見るに、愛を説くには愛を知らなさすぎる。もともと、愛というものを知らない人間にいくら教えたところで無駄だろう?」



 ―――確かに。文字を教えるにしても、計算を教えるにしても、最低でも5歳から10歳までに基礎的な理論を理解させなければなりません。私は幼少時代に愛を理解できないので、社会人になっても、愛情というものの応用や発展ができませんでした。



「そうだな。現にお前はガールフレンドができたとしても、合理的な計算を求めた。無駄なデートを省き、機械的に接した。相手はそれをとても不気味に感じただろう」



 ―――確かに。2年付き合って、いきなり別れを切り出されましたね。



「他にも、泣いている子どもをただ見ているだけだった。慰めたり、あやしたりしなかったな」



 ―――涙も、それに対して応えるのも、時間の無駄だと思いました。私は子どもの頃、泣いたことがありません。むしろ、泣いても無駄だと思いました。



「なるほど……ならば、どうだろう? 今の状態で次の生を受けたならば、お前は愛を知ることができる」



 ―――この記憶を持ったまま、輪廻転生ですか? 時間の無駄ですよ、神様。私はもうすでに手遅れですから。大人たちが、既に手遅れだったように、私に何を教えたところで無駄です。



「しかし、私には無限の時間がある。人間の教育者はだいたい40年くらいしか子を教えることはできないからな。私も人間に教示する立場だ。」



 ―――それは興味深いですね。神が指導教員というわけですか。私はもうほとほと教育者というものを信じられなくなりました。それは親もしかりです。神に教えを受けるなんて光栄です。




「いや、愛を教えるのはお前だ安藤隆一。お前は、これから愛に生きなければならない。そうでなければ、世界が救われないだろう」



 ―――そんな勝手な。



「というわけで、失礼。あとは成り行きで生きてくれ」



 ―――いやいや、そんな不合理な……。



海の底のような場所に一筋の光明が差し、それは次第に大きくなって私の視界を覆った。


誰かが手を差し伸べてきたので、さりげなく手を差し出した。


そして私は意識を失った。






「ベルメール、俺に愛を期待するな」




ベルメール・アンペラール。


昔々、とある国の王女であり、現皇帝の正室の名前がベルメールといった。


元々は他国の国王の娘であり、その結婚は政略的なものである。ベルメールの住む「王国」は嫁ぎ先の「帝国」と緊張状態にあった。そこで王国は王女を、帝国は末の皇子を交換し、それぞれ人質にした。

帝国の皇帝は既に側室を複数取っていた。


さらに、正室はもともと一人いたが、子どもを一人残して死んでしまった。死因は毒殺らしい。


その子どもの名前はブランシュ・アンペラール。フランス語でブランシュは「白雪」という意味だ。


さらに、側室筆頭の名前はトレメイン公爵家の令嬢であるエレノア・トレメイン。そこには三人の娘がいる。


長女はアナスタシア、次女はドリゼラというめちゃくちゃ聞きなれた名前だった。


そして末娘の名前がシンデレラというらしい。例のごとく、シンデレラはトレメイン皇妃に煙たがられていた。


それはシンデレラがトレメイン公爵の私生児であったかららしい。


トレメイン公爵家は婦人が嫁ぐと、娘三人を侍女にするという異例の措置をとった。


おそらく、娘たちも他国の皇后や側室に取ら入れるチャンスをうかがっているのだろう。


また、皇帝には側室に産ませた皇子が三人いる。


側室の一人は既に死んでしまっており、稀代の悪女として貴族や平民からも忌み嫌われていた。

そして、その悪女から生れ出た悪魔の息子として扱われているのが、ユジン第二皇子だ。


もう一人は存命しており、ゴーテル公爵家令嬢である。皇帝の寵愛をそれほど受けてはいないが、トレメイン令嬢の次に愛されている。


このゴーテル令嬢から生まれたギャスパー第一皇子は傲慢であるというのがもっぱらの噂である。


また平民から嫁いだ側室のアンナ皇妃が、末のセシル第三皇子を産んだ。

皇位継承権でいえば、ユジン皇子よりも候補として名が上がっているが、まだ幼いことと、平民出身であることが足枷になっている。


皇帝がユジン皇子よりも大切にしているため、周囲は卑しい平民の分際でと訝ってはいるが、直接的に非難することはない。


今のところは。


そして、私はベルメール皇后と呼ばれいる。


神が私に愛を教えるといったが、それは「母の愛」であった。しかも、この皇室で血が繋がっている人間はいない。


家族といえば皇帝と前妻が残した血のつながりもない義理の娘のブランシュ姫だった。


私の転生先は美しいブランシュ姫の可愛さに嫉妬する悪女だった。




結婚式の時、晴れて正室となったベルメールの初夜に皇帝であるユリウス・アンペラールは「愛を期待するな」と言い放つほどに冷たい男だった。


ベルメールは彼の気を引こうと誘惑や贅沢をしたが、ユリウスが振り向くことは決してなかった。



「私に、どうしろというのですか!?」



私が憑依する前のベルメールは、ユリウスとの関係にむなしさと無情を感じていた。そして、ユリウスが冷たくなる度に、ブランシュに八つ当たりしたのだ。


鏡の前で、自分の美しさを自己暗示のようにつぶやく日々もあったという。


なるほど、ここは童話の元になった世界なのかもしれない。


ベルメールの記憶には「家族の愛」も「夫の愛」も皆無だった。ベルメールは王女だったが、決して人に好かれたわけではなかった。


誰よりもベルメールは美しかったが、それが他の王女たちの嫉妬につながった。


ベルメールは夫からも愛を注がれることはなかった。側室との精神戦は延々と続き、娘のブランシュに八つ当たりする日々。


精神的に消耗したベルメールは、その命を諦めてしまった。


そこに神の見えざる手が介入したのだ。




「なるほど、愛を求める女に転生したのか……」




夜も明けそうになった頃に目が覚めて、自分の置かれた状況をいち早く察知した。


本物のベルメールの命はなくなり、代わりに私が転生もとい憑依してしまったらしい。


私は天蓋付きのベッドで起床し、窓を開き、バルコニーへは裸足で入った。




帝都の王宮には主に四つの宮殿がある。


一つは皇帝の住む宮殿である「マルス宮」であり、皇帝の私的空間の他にも執務室や会議室、大臣用事務室や仮眠室もある。


皇后が住む「エイダ宮」、側室の中でも最高位の皇妃が住む「タルサ宮」、そして第二皇妃以下の側室たちが住む「エルス宮」は、それぞれの私的空間の他、公務をつかさどる皇后の「エイダ宮」にも「マルス宮」のように執務室と会議室がある。また、「エイダ宮」には皇后の補佐役の居住空間もある。


その他にも来賓や晩餐のための舞踏会場、図書館、騎士団や宮殿以外で働く侍従たちたちのための屋敷、来客用の離宮もある。


中央は噴水がある広場になっており、各宮殿前には庭園が広がっている。


そして何より王宮は小高い丘の上にあるため、下には首都の町が広がっている。


歴史人にとってはかくも懐かしき光景だろう。


悠久の時を経て私の目の前には中世ヨーロッパに近い景観が広がっている。


壮大な光景だった。



「圧巻だな……」



私は白くたなびく長い髪を風に揺らしながら、侍女たちがやって来るまで景色を眺め続けた。






紅茶を口に含む度に、侍女たちが青ざめながら私の顔色を窺っていた。


前世では男であったため、女性の体になじめ切れておらず、記憶を完全に呼び起こすのにも一日かかりそうだ。


ようやく、侍女たちやその他の使用人、諸々の親しい人物たちの名前や間柄、想い出と、やりかけていた公務が何であったのかを思い出していた。


記憶の優先順位があるとすれば、最速で思い出した記憶は、自分がユリウスにしてあげたかったこと。それは花束を贈ったり、花の香りのする香料をつけて会いにいったり、といった他愛のないものだった。


ユリウスに愛されることもないのに、ご苦労なことだ。



「ねえ、シェリー」



シェリーとは侍女の名前だ。フォンテンブロー伯爵の二番目の娘であり、刺繡が得意な子だ。



「は、はい!なんでしょうか、皇后殿下!」



自分が呼ばれるとは思わなかったのか、シェリーは慌てて私のそばへとやって来る。



「こ、紅茶が冷たかったでしょうか!? それとも砂糖の量を間違えましたでしょうか!?」



そんなことまで細かく指定していたのかベルメールという女は。



「いいえ。皇帝陛下の本日の業務はなんだったかしら?」



ベルメールはきちんと女言葉を話していたから、私もそれに習わなければならないだろう。



「本日はマルス宮にて夜6時まで公務です。大臣室を回り、さらには閣僚会議と海外使節団との謁見も」


「なるほど。じゃあ、オランジェ皇女は?」



私がそう尋ねると、空気が冷たくなるのを感じた。


周囲に控えていた侍女たち全員の顔が青ざめ、引きつった。


その反応だけで、ベルメールとオランジェの関係がなんとなく伝わる。しかも悪いベクトルで。



「お、オランジェ皇女はウィンター侯爵夫人のレッスンを受けていると思います。本日は礼儀作法とドレスの試着だったかと」



「そう……」



私は紅茶を飲み干すと、立ち上がる。


それに合わせて侍女たち全員が肩を震わせて怯えているのが見えた。



「では、オランジェのもとへ向かいましょう」



おそらくだが、ここは童話のもとになった世界なのだいうならば、あくまでも主人公はオランジェ皇女と侍従のシンデレラの二人だ。


神が言っていた「愛」とやらをこの二人に注がないといけないらしい。


さすがに熱した鉄の靴で永遠に踊らされるのはごめんだ。


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