6-【滝崎】世界のメイク図解②
その後、宗谷先生に放課後生徒指導室に来るようにと呼び出された。
呼び出されるような事をした覚えは全くなかったが、仕方なく足を運んだ結果が今の状況である。
狼男になった鈴木先生から必死に逃げて、開いている教室に入り身を隠す。誰も助けてくれないし、私には対抗する術がない。どうやったらこの状況から抜け出せるのかを考えるので必死だった。
「どこに隠れても無駄よ! さっさと出てきなさい!」
まだ距離はあるようだが、宗谷先生の声が私の隠れている場所へと確実に近づいて来ている。このままここにずっと隠れていても駄目だ。なんとかしないと、なんとか……。
だが、考えれば考えるほど考えが纏まらない。
え、何、私ここでもしかして宗谷先生に殺されるの?
そんな考えさえ芽生えてきた。
そんな事を考えつつ、逃げ込んだ薄暗い教室の廊下に面した壁の下で蹲って震えていると、教室に一人の生徒が入ってきた。宗谷先生の叫び声など聞こえないと言わんばかりの真顔で、私以外誰もいない教室を何かを探すように見回している。
それは知っている人物だった。クラスメイトの陸峰郁斗だった。だが、私は陸峰とはこれと言った会話をした事がない。陸峰自身も、あまり人付き合いのいい方とは言えない人物で、男子同士でもあまり会話をしているところを見た事がなかった。いわゆる一匹狼的な人物である。
でも、また他の人のように私の存在に気がつかないようにこのまま去ってしまうのだろう。
「……」
そんな事を思いつつ……だが、僅かな希望を抱きつつ陸峰を見ていると、目があったような気がした。
陸峰はそのまま私の方を見たままこちらに近寄ってきた。まさか、見えているのだろうか。
「なんだ、瀧崎か。こんな所に隠れててもすぐ見つかるぞ?」
陸峰はそう言いつつ、私の隣に屈みこんだ。見えている。私が見えているのだ。
「く、陸峰君私が見えてるの?」
そんな私の言葉に陸峰は呆れた顔をしている。どうしてこんな顔をされないといけないのか。
「見えてるって……まぁ、皆見えてるよ。認識できてないだけじゃないかな。どういう原理でそうなってるのかは知らないけど」
言っている意味が分からなかった。
「何間の抜けた顔してるんだよ。ゲームマスターからのDM見てないの?」
「ゲームマスターって、あの……羊の頭蓋骨みたいなアイコンの……?」
「それそれ。送られて来たDMに質問とかしてないの?」
「……私、気味悪くてブロックしちゃったから……そしたら、後で探してもブロック一覧にも見つからなくて……」
そんな私を見る陸峰の顔はほとほと呆れ果てていた。
「じゃあ……残念だけど瀧崎はここまでって事だね。情報って一番大事なんだよ。それを自分から断っちゃったんじゃぁね」
そう言って立ち上がる陸峰。こうしている間にも、宗谷先生の声は近づいてきていた。陸峰は何か知っている。ここで立ち去られては、もうどうすることも出来ない。
「ま、待ってっ! 助けて! 宗谷先生に襲われてるの!」
「って言われてもなぁ……。参加者同士で手を組んだって何の特もないだろうし……」
そう言って視線を逸らすと、困ったように頭をかく陸峰。
「参加者って何!? ゲームマスターって何よっ。訳わかんないんだけどっ!」
思わず興奮して叫び声を上げてしまった。だが、後悔した時には既に遅し。私達のいた教室のドアが蹴破られ、怪物メイクをした二人が教室に飛び込んできた。
「さぁ、もう逃げられないわよ。観念しなさい」
続いて宗谷先生が教室に入ってくる。もうどうしていいか分からなくてパニックに陥りそうだった。
「瀧崎、〝大百科〟持ってるだろ。それで戦うんだ。相手を所持している人間を戦闘不能に陥れるか、相手の大百科を潰せば勝ちだ」
そんな私を見かねてか、陸峰が小声で語りかけてきた。
「だ、大百科って……」
もしかして『世界の植物図鑑』の事だろうか。あれでどうやって戦えと……。そう思いつつ目の前の怪物と宗谷先生に目を向ける。
そうだ。確か先生もメイク道具を出現させて鈴木先生にメイクを施したのだった。その結果、鈴木先生があんな狼男みたいな姿に……。だとしたら、私の植物図鑑も何かしらの方法で戦える要素があるのだろうか。
「あんた等みたいな、何もしなくてもツヤツヤの肌を見てるとイライラしてくんのよねぇ。こちとら四十手前でシミやシワも出てきてるって言うのに……このゲームに勝って絶対に永遠の美貌を手に入れてやるんだから……」
宗谷先生がなにやらブツブツと言っている。
そうだ。そういえば思い返せば最初のDMに願いを叶えるどうのって一文があった気がする。それで願いを叶える為に〝参加者〟である私を……。
陸峰の助言もあり、だんだんと状況が理解できてきた。
「宗谷先生と戦うしか……ないって事?」
「やっと理解した? ま、そういう事だね。ま、今回だけは手助けしてあげるよ」
陸峰はそう言うと、自身のスマホを片手に構えた。