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リスト  作者: ぎたこん
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2-【滝崎】ある日の朝

………………。

…………。

……。


 特に何もない朝だった。この日もいつもと変わらない、退屈な日常が来るものだとばかり思っていた。


「こらー、湖春。ご飯食べてる時くらいスマホ触んないの」


「うんー」


 母から軽いお叱りの声。父も珍しいなといわんばかりにこちらに視線を向けている。


 いつもは朝食時にスマホを弄るなどという事はないのだが、今日はなぜか触らずにはいられなかった。なぜかと言うと、朝目が覚めて着替える前にスマホを少し弄っていると、見知らぬアプリがスマホにインストールされていたのだ。


〝世界の植物図鑑〟


 それがインストールされていたアプリの名称だった。自分でダウンロードした記憶はない。寝ぼけてやったにしても、少しくらいは記憶に残っているはずだ。

 そして、いつも使っているSNSに見知らぬアカウントから一つのDM(ダイレクトメッセージ)が届いていた。『エンサイクロペディア・ゲーム』という名前で、羊の頭蓋骨のような気味の悪いアイコンのアカウント。そこには、「十二番目の参加者様へ」という文言と共に、必読事項と題された文章がつらつらと書き連ねられていた。

 誰かの悪戯だろうかと思いもしたのだが、その必読事項を読んでいると妙に気分が悪くなり、気持ちが悪くなってきたのでメッセージを削除して、そのアカウントをブロックした。


 そして今に至る。朝の支度をさっさと済ませて朝食を食べているのだが、どうしてもインストールされていたアプリが気になってしまって、租借ついでにチラチラと覗いているのだ。


 アプリの中を覗くと、世界の植物図鑑というタイトル通り、世界のありとあらゆる植物が詳しい解説と共に記載されている。私自身は特に植物に興味があると言ったわけではないので見た事もない植物が多いのだが、それを見ていると、何年も前に亡くなった園芸好きだった祖父の事を少し思い出した。


 優しかった祖父。小さい頃に、よく植物園に連れて行ってもらった事を覚えている。


「ほら、湖春。時間大丈夫なの?」


 思い出に浸っていると、再び母の声が耳に入ってきた。時計を見ると、針は既に七時三十分を指していた。これ以上もたもたしていると、走って学校に向かわなければいけない時間だ。父は職場が近いこともありまだ呑気に目玉焼きをつついているが、私はそういうわけには行かない。


「あっ、やばっ」


 そう言って呆れる母の顔から視線を逸らし、最後にソーセージを一本だけ口に突っ込み鞄を手に取り玄関に向かう。


「ちょっと湖春、昼から雨降るらしいから傘持って行きなさいよー」


「わかったー」


 靴箱の上においてあった折りたたみ傘を鞄に突っ込み、母の助言に軽く返事を返して慌てて家を出た。


 ………………。


 いつもの通学路。十一月の終わりという事もあり吹いてくる風は穏やかであるが少し冷たい。しかし、母は雨が降ると言っていたが、本当だろうかと思うくらいの快晴である。

 今日は少し家を出るのが遅れてしまったせいか、いつも一緒に登校している友達の姿が見えない。ポケットに入れていたスマホがブルッと震えたので、スマホを取り出し見てみると、「寝坊かー? 遅いから先行くねー」とメッセージが入っていた。

 仕方なく一人でチラチラとスマホの画面を覗きながら登校する。見ているのは例の植物図鑑。ページを下まで送ってよく見てみると、各図解ページの一番下の戻るボタンの横に『発芽させる』というボタンがあった。


「発芽……?」


 なんだろうと不思議に思い、ボタンを……。いや、待てよ。これは私がダウンロードした覚えのないアプリだ。興味本位に少し見ているが、勝手にインストールされていたとなると、こんなよく分からないボタンを押してどうなるかも分からない。


「うぐぐ……」


 しかし、なぜか押してみたいという気持ちがこみ上げ、それを否定する私と葛藤する。足を止めている暇などないのだが、スマホの画面とにらめっこをしながら画面に向けて突き出した人差し指をプルプルと震わせている。傍から見たら変な子に見られてしまうかもしれない。


「……」


 だが、私は欲望に勝てなかった。人間というのはボタンがあると押したくなってしまうものなのだ。大丈夫、今のところ図鑑を見ててもスマホに異常は起きていないし、絶対に大丈夫。そう自分に言い聞かせて恐る恐る画面上の『発芽させる』ボタンに指を重ねた。


「……?」


 スマホには特に何も起こらなかった。押すと図鑑のトップページに戻されただけだった。


「くっさ!?」


 思わず声が出てしまった。排泄物が置き去りにされたトイレのような嫌な臭いが鼻をつく。いきなりの事に身を震わせ手元がゆるくなってスマホを落としかけてしまった。

 その時、自分の足元にこんな街中にあるはずないであろう物が目に入った。


「え、こ、これって……」


 鮮やかで巨大な赤い花びらに広がる白い斑点。中央には大きな窪みがあり、恐らく臭いはそこから発せられている。

 そう、ラフレシアだ。先ほどまで私が図鑑で見ていたラフレシアという花が、アスファルトの地面に堂々と咲き誇っているのだ。


 何がなんだか分からなくなり、慌ててその場を去ろうと小走りで駆け出す。だが、気になって振り返ると、地面に咲いていた巨大な花は忽然と姿を消していた。いや、消したというよりも……先ほどまで花が咲いていたその場には、黒い粉のようなものが少し、消し炭となったような後が残されていた。


 再び足を止め、それを見ていると、吹いて来た風によって散り散りに吹き飛ばされ四散して見えなくなってしまった。


 なんだったのだろうか。アプリにサブリミナル的な何かが仕込まれていて幻覚でも見たのだろうか……。

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