1-【滝崎】世界のメイク図解①
「隠れてないで出て来なさーい。アンタもルールは見てんでしょー?」
廊下の方から声が聞こえてくる。私を探している声だ。
ウチのクラスの担任の声。宗谷姫歌。昨日までは優しい普通の先生だったのに、何で突然こんな事に。
それになんなの、先生の横にいるあの……怪物みたいな奴。着ている衣服は普通のスーツで別の男性教諭が着ていたスーツだったと思うのだが、フランケンシュタインの怪物みたいな顔をしていた。特殊メイクか何かだろうか。体も筋肉隆々でスーツがピチピチになっている。
だけど、確実に私を狙っている。私を見て襲い掛かってきた。宗谷先生の命令で私に襲いかかってきたのだ。教室に在った教卓を、まるで空のダンボールでも持ち上げるようにいとも簡単に持ち上げ、こちらに投げつけてきた。間一髪で身をかわして避けたが、教卓は壁に激突して床に崩れ落ちた。それほどの勢いで私に向かって投げられたのだ。
殺す気だ。宗谷先生は私を殺す気だ。
だけど、助けを呼んでも誰も来ない。声を上げても誰も気付いてくれない。まるで私がこの世に存在していないかの如くスルーされてしまう。逃げ惑う私の事などお構い無しに、校舎にいる生徒達も、外にいる生徒達もいつもと変わらぬ様子で部活に勤しんでいる。
どうなっているのか状況が全く分からなかった。
なんで、なんでこんな事に。私も部活に向かう為に普通に廊下を歩いていただけなのにっ。
逃げる。廊下を走り逃げる。とりあえず学校から抜け出さないと。宗谷先生から少しでも離れないと。慌てて走り逃げる。すると、一人の男性教諭が教室から出てくるのが見えた。ウチのクラスも受け持っている化学の鈴木先生だ。
「せ、先生! 助けて! 助けてください!」
だが、その教諭も私の声など聞こえない様子で鈴木先生は背を向けて歩いていく。
なんで、なんで誰も気付いてくれないの!?
そう思いつつ必死に教諭を追いかけ、腕を掴む。
「先生!」
すると、腕を掴んで叫んだ瞬間、鈴木先生はビクッと身を震わせ、こちらに顔を向けた。
「た、瀧崎か……びっくりしたな。突然なんだ心臓に悪いぞ」
その様子はまるで、今私に気が付いたかの様子であった。先程まであれだけ叫んで呼んでいたのに、やはり私の声が届いていなかったようだ。
「宗谷……宗谷先生が……っ! ハァハァ……」
全力で逃げてきた為に、息が荒くなりなかなか言いたい事が言えない。
「宗谷先生がどうかしたのか? ……あっ」
鈴木先生は何かに気が付いたかのように私から視線を逸らし後方を見つめる。
「あら、鈴木先生。こんな所でどうかなさいましたか」
「いや、教室に忘れ物を取りに来ただけですが……その……なんですかその横の人は」
鈴木先生は宗谷先生の横にいるフランケンを見て目を丸くしている。それはそうだ。校内にスーツを着たフランケンシュタインがいれば誰でも怪しむだろう。
「せ、先生、その人が私を襲うんですっ!」
必死に搾り出した拙い言葉を吐きながら、鈴木先生を立てにするように背後に隠れる。
「お、おい、襲うとか物騒な……宗谷先生、どういう事……」
鈴木先生が一瞬こちらを見て宗谷先生の方に視線を戻すと、宗谷先生はニヤリと嫌な笑みを浮かべ脇に抱えていた一冊の本を開けページを捲り始めた。チラリと見えた本の表紙には『世界のメイク図解』と書かれていた。
「メイクは力を与えてくれるの。でも、醜い怪物の特殊メイクは私の顔には合わないわ」
ページを捲り終えた宗谷先生の右手周りに複数のメイク道具が浮かび出現した。それを素早く手に取り、目にも留まらぬ速さで鈴木先生の頭にメイクを施していく。
「え? え?」
何も分からぬまま、されるがままにメイクを施される鈴木先生。
「さ、これでもう逃げられないわよ。フフッ」
宗谷先生そう言ってパタンと本を閉じる。鈴木先生の方を見ると、鈴木先生も顔をこちらに向けて鋭い目を光らせていた。いや、顔はもう鈴木先生じゃない。宗谷先生の言う『特殊メイク』で、頭は毛むくじゃらに、ピンと立った耳に突き出た口には鋭い牙。今度は狼男だった。
「グオオオオオオオオオオ!」
叫び声と共に、鈴木先生の体も筋肉質に盛り上がる。
「や、やだ……!」
再び危険を感じてその場から逃げ出す。
「狼男の嗅覚から逃げれると思ってんの!? アハハッ、大人しく私の願いの礎となりなさいっ」
わけが分からない。そんな状況の中、誰かに助けを求める事も出来ず私は逃げる事しか出来なかった。