この国には聖女様が多すぎる!
※登場人物二人の会話のみで話が進んでいきます。
深いことを考えずに読んでいただけると嬉しいです。
「カインズ王子、ご報告があります」
「どうしたジル。定例会議は午後のはずだが」
「実はその……聖女様が増えるので、そのご報告に参りました」
「……何人だ?」
「一人です」
「一人か。まぁそれなら……いや、良くないな」
「そうですね。良くはありませんね」
「それにしても多すぎないか? 我が国の聖女――五百八十二人も居るんだぞ!」
「本日から五百八十三人です、王子」
「五百八十二人だろうと五百八十三人だろうととにかく多すぎるって話だ!」
「そうですね。我が国の財政は聖女管理費、聖女人件費、聖女食費、聖女水道光熱費、聖女娯楽費、聖女消耗品費等々の費用で圧迫されています。このままでは国は近い将来傾くでしょう」
「傾国の美女どころか傾国の聖女達、ってか。なはは」
「笑い事ではありません王子。このままでは本当に国が滅びます」
「魔物や瘴気を遠ざけるのが聖女の役目だろう? まさか聖女が国を滅ぼすってことはないだろ」
「はぁ……それなら良いんですけどね」
「カインズ王子、大変です!」
「今度は何だ」
「また聖女の一団が王都に現れました」
「……人数は?」
「十一人です」
「またか……これで合計五百九十四人じゃないか」
「いえ、昨日三人増えているので合計五百九十七人です」
「何だと。聞いてないぞ」
「現場は報告を上げる余裕もないんです、察してください」
「しかしどうする。もう神殿内は聖女だらけで大渋滞してるぞ」
「工事で神殿を拡充して、どうにか聖女達が寝泊りできるスペースを確保するしかありませんね」
「くそっ。何だって我が国ではこうも聖女が次々と増えるんだ」
「そうですね……他国はどうなんですかね」
「聖女の存在は軍事機密レベルで秘匿されているからな……探ろうと思っても容易じゃないぞ」
「お隣の国とかどうなんですかね。何人くらい聖女居るんだろう」
「……三百人くらいは居るのかな?」
「でも我が国よりずっと大国ですよ」
「……じゃあ千人くらい? でもどうやったらそんなにたくさん聖女を養えるんだよ」
「そこはほら、大国だから……」
「人数くらいコッソリ教えてくれてもいいのになぁ……」
「……カインズ王子。思いついたんですけど」
「何だよ。言ってみろ」
「間引くとかどうでしょうか?」
「何で急にそんな怖いこと言い出すんだ」
「だって我が国の聖女、いくらなんでも多すぎるじゃないですか。ここらで一気に減らしましょう」
「それは分かったが……どうやって減らすつもりだ?」
「ほら、アレですよ。祈りの力を試験するんですよ。それで上位百人だけ神殿に残すとかどうでしょう」
「なるほど……ジル、お前天才か?」
「よしてください。まぁその通りですけど」
「なら試験はさっそく明日行おう。今日中に聖女全員に通達を出してくれ」
「承知しました。こちらで手配を進めておきます」
「おお、さすがに五百九十七人も聖女が一か所に集まると壮観ですね」
「そうだな。こっからだと一人ずつが米粒みたいに見えるな」
「では試験を開始しますね。全員に祈りの儀を行ってもらい、能力の優劣を見極めたいと思います」
「ああ、よろしく頼んだぞ」
「……お、さっそく三百人ぐらいしゃがんで、両手を組んで目を閉じたな」
「その内の百人ぐらいはウンウン唸ってますね」
「歌ってる聖女も百人くらい居るな」
「声がぐわんぐわん反響して不協和音になってますけどね」
「踊ってる聖女もいるぞ。踊りの種類は多種多様だが」
「奇声を発しながら頭を激しく上下に揺らしている方達もいますね」
「あっちは……楽器を演奏してるな」
「先日加入したばかりの十一人の聖女達ですね。そういえば先日、隣町で小さな音楽隊が潰れたとか小耳に挟んだような」
「……あそこの聖女達は何だ? あれはどういう祈りだ?」
「単に寝ているだけでは? 舟漕いでますし」
「あっちは?」
「みんなで馬飛びですかね。楽しそう。あっ、ひとり転んだ。お、笑って立ってる。偉い偉い、泣かなくて偉いねぇ~」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「……なぁジル。そもそも祈りって何だ?」
「え? 知りませんけど……何かこう、祈るんじゃないですかね」
「具体的にはどう祈るんだよ。そして何を祈ってるんだよ」
「自分に訊かれても……。国の平和とかを祈るんじゃないですか?」
「国の平和ねぇ。具体性に乏しいな」
「それなら王子が教えてくださいよ」
「え? 俺もよく知らないけど、こう、祈るとパアアッと身体が輝いて、光みたいなものがぶわーって出てきて、宙をキラキラーっと舞い散って、結界みたいなのがバアアン! と国境付近に出来上がるんじゃないの? それで悪い奴を倒しちゃう、みたいな?」
「擬音で誤魔化さないでください。王子のほうが具体性の欠片もないじゃないですか」
「うるせえな。よく知らないんだからしょうがないだろ」
「となると、聖女について詳しい人ってこの国に居るんですか?」
「……え?」
「だって試験をやっても、聖女に詳しい人が居ないと判定できないじゃないですか」
「言われてみれば確かにそうだが……そんなヤツは思いつかないぞ」
「じゃあ、どうやって判定します?」
「……祈りの儀ってやつを見れば、俺でもわかると思ったんだが」
「今のところどうですか?」
「…………何もわからん。一部真剣そうに見えるが、八割くらいのヤツは遊んでるように見える」
「そうですよねぇ……自分にもそう見えます。じゃあ全員解雇します?」
「だから何で急に怖いこと言い出すんだ。怖いよ」
「だって誰が聖女として優秀なのか、見た目じゃ分からないじゃないですか」
「聖女っていうのは見た目じゃないだろ。心で祈ってんだから」
「だからその祈りの様子を見ても誰が優秀なのか全然分かんないじゃないですか」
「ジル、お前の言いたいことは分かるけどな。でも全員解雇した途端、一斉に我が国が瘴気に包まれたりしたらどうする」
「そりゃ、あり得ないとは言い切れませんけど……」
「大したことないように見えて、実は五百九十七人ともすごい力を持ってるのかもしれないぞ。何せ聖女なんだから」
「うーん……でもせめて百人くらいは解雇しないと。国の財政がひっ迫してるんですから」
「だけどどうやって決めたらいいんだ」
「くじ引きでいいじゃないですか。用意しておいたんで引いてください」
「だから怖いんだって。何でそんなの事前に用意してるんだよ」
「こうなる気がしたからです。どうせ見た目じゃ分からないんですから、くじ引きくらいしか方法がないじゃないですか」
「くじ引きの結果、優秀な聖女が百人神殿を去ったらどうするんだよ」
「その時はその時ですよ。残りの四百九十七人を信じましょう」
「でも残った四百九十七人が優秀とは限らないだろ」
「四百九十七人もいれば優秀なのが数人は居るでしょ!」
「数人しか居ないのかよ!」
「知りませんよ! でも数人居れば十分じゃないですか?」
「そうだけど……でも何か恨みを買いそうで怖いな。お前が代わりにくじ引いてくれよ」
「誰が引いたって百人減るのは同じですよ。ほら王子頑張って」
「……や、やっぱ駄目だ! 引けない! 俺には無理だジル!」
「……ハァ。人がせっかく、穏便に事を運んであげようとしてるのに……」
「じ、ジル? どうしたんだ?」
「あのですね、カインズ王子。この国の王族の方々は聖女についてあまりにも無知すぎます」
「え? そうか?」
「『え? そうか?』じゃないですよ。聖女って名乗った女はとりあえず神殿に迎え入れるって、バカじゃないですか?」
「バカって言うな! 人は本当のことを言われると傷つくんだぞ!」
「一応バカの自覚はあるんですね」
「そんなに褒めるな、照れるだろ」
「褒めてないので照れなくて結構です」
「それでどういうことだ? ジルは聖女について何か知ってるのか?」
「知ってるも何も……。ああ、カツラを取れば分かりますかね」
「カツラって……え? あれ?」
「どうです? これでようやく――」
「ジル、髪が長かったんだな! しかもきれいな金髪だ。何でわざわざ隠してたんだ?」
「……ハァ、本当に仕方のない人ですね」
「ちょっと待て。何で急に服を脱ぎ出す!?」
「別に全部脱ぐわけじゃありませんよ。下のサラシをほどくだけです」
「サラシ?」
「はい、これが自分――私の本当の姿です。ちなみに本名はジュリアと言います」
「じゅ、ジュリア? ジルじゃなくて?」
「ジルは偽名です。男に成りすますための」
「男に成りすますため……つまりジル、お前って女だったのか!?」
「だからそうだって言ってるじゃないですか」
「えー! 全然気がつかなかった! びっくりした! すげー男装うまいじゃん!」
「そんなに純粋に驚かれるとこちらとしてもちょっと傷つくんですけど……」
「すげー! サラシあっても無くても胸のサイズほぼ一緒じゃん!」
「ぶん殴りますよ」
「殴ってから言うヤツがあるか?」
「今のは王子が悪いので大丈夫です」
「そ、そうだな悪かった。にしても――」
「何ですか?」
「――ジュリア! 改めて見るとジュリアすっごく可愛い! 美人!」
「よしてください。まぁその通りですけど」
「それでどうしたんだよジュリア。何で男装なんかしてたんだ?」
「私が男装していたのは、偽の聖女を暴くためです」
「偽の聖女?」
「王子もおかしいと思ったでしょう。この国には聖女が多すぎるのではないかと」
「あ、ああ。それは少なくとも三十回くらいは思ってたけど」
「実はあの聖女達、全員偽者なんですよ」
「えっ?! 五百九十七人も居るのに!?」
「ええ、五百九十七人も居るのに全員パチモンです、ビックリしますよね」
「じゃああいつらは一体何者なんだよ」
「全員ふつうの人ですよ」
「全員ふつうの人だったのか……」
「この国の聖女の規定がゆるゆるすぎて、その隙を突く形で甘い蜜を吸い続けていた平凡な人間です。もちろん、誰もまともに祈りの儀なんてしちゃいませんし、方法も知らないでしょうね」
「じゃああいつらは普段何をやってたんだよ」
「国のお金でただ贅沢三昧をしてただけです」
「そんな。国のお金でただ贅沢三昧をしてただけなんて……」
「この国も悪いんですよ。『毎日祈れる女の子大募集中! お仕事はカンタン、ただ祈るだけ! 実働五時間、休憩四時間、即日~長期歓迎、日給二万円から(※経験・スキルによって日給アップ!)、神殿に寮完備で水道光熱費はゼロ円♪ 安心して新生活、始めてみませんか?』って……破格の条件すぎますもん」
「そうなのか? でも相手は聖女だし、良い条件を揃えてやりたいと思ったんだけど」
「王子のその志は立派です。でも結果的に、聖女でも何でもない人達が五百九十七人も集まっちゃっただけですよ」
「チクショウ! まさかこんなことになるなんて……我が国はもう終わりだ」
「ですがそんなカインズ王子に朗報です。何とここに、モノホンの聖女が居ますからね」
「え? 誰だ? まさか……………………俺!?」
「どうしたらそんな斜め上の発想が出てくるんですか。私ですよ、ジュリア」
「ジュリアが本物の聖女? マジか?」
「大マジです。私、こう見えて聖女なんですよ。この国の守護結界はボロボロでしたから、毎日ひとりでせっせと補強してましたしね。給料外ですけど」
「そうだったのか!? でもジル――じゃない、ジュリアって毎日俺の補佐で忙しかったじゃないか。祈る暇なんてなかっただろ?」
「私レベルになると、一日三分ほど適当に祈っておけば国の一つや二つ簡単に守れるんですよ」
「一日三分!? カップラーメンに匹敵するほどすげえ!」
「よしてください。まぁその通りですけど」
「じゃあこれからは、ジュリアが我が国の聖女として神殿に居てくれるってことか?」
「そのつもりです」
「うおおっ、助かった! これで国は安泰だな!」
「偽の聖女達はどうします?」
「う~ん、そうだな……一方的に追い出すというのも酷だから、一人ずつと話をしてみるよ。隣町に新しく農地を開拓するつもりなんだが、人手不足で困ってたんだ」
「つまり、その気がある者にはチャンスを与えると」
「そういうことだ。もちろん、今より彼女達は忙しくなるだろうけどな」
「……ふふっ」
「何だよ、急に笑って」
「いえ。あなたのそういうところ、嫌いじゃないなと思って」
「……ジュリア……」
「あ、カインズ王子。キス顔で迫ってきてるところ悪いんですが聖女は純潔でないといけないので、王子と結婚とかは難しいですよ」
「えっ」
「今すぐには難しいということです。最低でも次の聖女が現れてからじゃないと」
「やだ! 俺、ジュリアと今すぐ結婚したいんだけど! 可愛いし、しっかり者だし! 可愛いし!」
「子供じゃないんですから我慢してください。私も我慢するんですから」
「そ、それって……そういうことか?」
「そういうことになりますね」
「ジュリア……既にだいぶ好きだ……」
「そうですか。どうもありがとうございます」
「――では、私はさっそく本日の祈りを行いますね」
「お、おう。……って、何かすげえ! ジュリアが祈り出した途端にパアアッと身体が輝いて、光みたいなものがぶわーって出てきて、宙をキラキラーっと舞い散って、結界みたいなのがバアアン! と国境付近に出来上がってるぞ!!」
「聖女なんでこれくらいは余裕です」
「あ、でも顔がけっこう赤いな……大丈夫か? 祈って疲れたのか?」
「……そ、そうです。祈りの儀は体力を消耗しますので」
「そうなのか。じゃあ俺が部屋まで運ぶよ」
「きゃあっ! い、いきなりお姫様抱っこする王子がいますか!?」
「王子だから、お姫様抱っこはわりと専売特許だと思うんだが……ていうか『きゃあ』って」
「す、少し驚いただけです!」
「そうか。それじゃ運ぶぞ。……ウッ」
「……今、呻きました?」
「気のせいだ、ジュリアは羽のように軽いからな。おぐっ、うぐっ、ぐっ、ぜえ、ぜえ、オ、オエエ」
「……………………」
「む、無言で頬をつねるな。いひゃい!」
「王子はもう少し体力をつけてください。私、これからも何度も祈りのたびに倒れちゃいますよ?」
「わ、分かった。頑張るよ。他のヤツにジュリアを運ばせるわけにはいかないからな」
「……カインズ王子って、やっぱり格好良いですね」
「よせよせ。まぁその通りなんだが」
「薄目で見ると多少は格好良いです」
「待ってくれ。ちょっと傷ついてきたから」
「冗談ですよ。これからも王子と国のために、たくさんお祈りしますから」
「……ありがとな、ジュリア。お前は俺にとって、いや……この国にとって最高の聖女だ」
「よしてください。まぁその通りですけど」
「そして俺にとっては、最高に可愛い女の子だ。なんてな?」
「よしてください。本気で」
「本気で!?」
「ほら、ちゃっちゃと運んでくださいよ。まだ私の部屋遠いですよ?」
「わ、分かったよ……オエッ、ゼエッ、ハア、ハア」
「……まったく、アホ王子め。私の決意が鈍っちゃったらどうしてくれるんですか」
「オエ、オエエ。……今、何か言ったか?」
「ゲロる王子、気持ち悪いなって言いました」
「人聞きの悪い! 俺はまだゲロって無いぞ! ギリギリ耐えてる!」
「ふふっ。別にそこ、胸張るとこじゃないと思いますけどね?」
聖女短編シリーズもこれで三作目になりました。
「聖女って具体的に毎日何してるんだろう?」という疑問から生まれたお話です。二人の掛け合いが書いていて楽しかったです。