非常事態
少し飲み過ぎたか。そう思いながら家路を歩く。もう六つの鐘はとっくに鳴っていた。この町ではだいたい三時間ごとに修道院の鐘が鳴る。深夜はならないが。一つの鐘が6時、二つの鐘が9時、3つの鐘が12時といった具合だ。サクラはもう寝てるだろうな。クレアは怒ってるだろうか。そんなことを考えながらふらりふらりと歩いていたら、家の前に辿り着く。
藁と土を混ぜ土壁の簡素な建物で、中に部屋などなく一室のみだ。
中に入ろうと扉の前に立ち、ふと違和感を覚えた。家の中から人の気配がしないのだ。念のため気配遮断を掛け忍足で中に入る。
扉を開けるがやはり人がいる様子はない。
「クレア?サクラ?」
問いかけるが反応はない。ヤドリギに行っているのかと考えながら、ロウソクに火を灯す。灯りに照らされた木製の簡素なテーブルを見た瞬間全てを察する。
そこには冒険者タグが置かれ、炭でメッセージが書かれていた。
《明日の六つ、東のダンジョン6階層にて待つ。》
あまりの出来事に思考が止まる。心臓の鼓動音だけが聞こえ、時間が流れていることを伝える。
息苦しさを覚え現実に引き戻される。自分が呼吸すら忘れていたことに気づく。
なんてことだ。俺がダンジョンからすぐに戻っていれば。
一角ウサギとの戦いの後にタグがないことに気づいていれば。
いや、せめてギルドで換金する時に規定どおりにタグを確認してくれていれば。
そんなことを考えている場合じゃない。
どうすれば2人を助けられるかだ。相手は公爵家の息子を殺すぐらいの奴らだ。それなりの大きな組織あるいは大物が動いているはずだ。そうなると冒険者ギルドに頼れば情報が筒抜けになる可能性がある。
どこで誰と繋がっているか分からない状況だ。うかつに人を頼れないが、だが、俺1人で行ったとしても殺されて終わる。ダンジョンで見た2人とはそれほど実力差が歴然としている。
可能性があるとすれば信頼できる少数で動くことしかない。できればあれを手に入れたい。なんとかならないか。
思考を巡らせ、さっそく動き出す。明日の六つまではもう時間がない。