冒険者の夜
一角ウサギ。大きめのうさぎにツノが生えた比較的弱いモンスターだが、戦えば確実にあいつらに見つかる。
ふうっと息を吐く。
「しょうがない。覚悟決めて鬼ごっこと行くか。」小さくつぶやく。
幸いこの階層へ降りてすぐだったため、上への階段は遠くない。が、階段への道を塞ぐように一角ウサギがいる。
俺は素早く右へ一歩踏み出す。つられて一角ウサギも同じ方向へ跳ぶ。それを確認した刹那、左へと急激に方向転換する。一角ウサギもなんとか着いてこようとするが頭を向けて来るのが精一杯だ。それでも俺の胸元を角が掠めるが、そのまま全力で二歩、三歩と走り一角ウサギを置き去りにする。一角ウサギもすぐに振り返り追いかけて来るがその間に俺は階段にたどり着いていた。
モンスターは基本階層を越えることはできない。これで一角ウサギに追いかけられることはないが、先ほどの追いかけっこで、奴らに気がつかれた可能性が高い。このまま最短距離でダンジョンを出よう。
気配遮断と忍足を掛けながら全速力でダンジョンの出口を目指す。このダンジョンは俺が普段から潜っている庭みたいなもので、素早さに特化した俺に追いつける者はそうはいない。そのまま何事もなくダンジョンを出る。
まだ、明るい日差しに少し安堵しつつも警戒を怠らず、冒険者ギルドへ向かうのだった。
だが、俺は気づいていなかった。一角ウサギの角が胸元をかすめた時、冒険者タグを落としていたことに。
冒険者タグは冒険者用の身分証明書だ。命を落とすことも珍しくない冒険者の身元確認用に用いられる。素材の換金や依頼を受ける際にも使うため、冒険者なら必ず携帯しているものだ。名前、冒険者ランクなどの情報が刻まれている。
しばらく歩き落ち着きを取り戻した頃、冒険者ギルドに到着した。扉を開けて中に入ると仕事を終えた冒険者達で賑わっていた。ギルドは入口側が依頼や冒険者登録を行う受付となっている。奥が酒と食事を出すギルドバーと呼ばれる場所だ。そこで酒を飲んでいる冒険者の一人がルクスに気がつき話しかけてきた。
「ようルクス。今日もコルク草か。頑張るねー家庭持ちは。また東のダンジョンか?」
ガタイの良いヒゲモジャの一見熊みたいな男だが、見た目に反し口調は優しげだ。
ルクスは少し考え、東のダンジョンで目撃したことはを伏せ、手頃な言い訳を探した。
「ロジャー。今日は気分を変えて森のダンジョンに行ったんだ。慣れてないダンジョンはダメだな。必要数集まらなかったよ。」
「ルクスが依頼を達成できないのは珍しいな。もしかしてワイバーンでも出たか?」
「それなら今ごろ俺はここにいねえよ。」
「ちげえねえ。」と言って豪快に笑う。
「それでいくつ足らねえんだ?」
「ああ、後1つだ。」
「それぐれーなら…。おい、お前ら誰かコルク草持ってないか?」
「おっ、俺が1つ持ってるぜ。どうせ余らせてるから使ってくれ。」
奥からスキンヘッドの冒険者が出てくる。
「いいのか?」
「かまやしねえよ。こんな田舎町でやってる冒険者同士じゃねえか。こんな時に助け合わなきゃどうするんだ。気持ち良く持ってってくれ。それに俺は誰かと違ってコルク草使っても相手がいやしねえ。」笑って言う。
「助かるよ。相手は用意できないが、報酬で一杯奢るぜ。」そう言って受付へと向かう。
こんな田舎町には王都のギルドの様に受付嬢が居るわけではない。怪我で冒険者を引退した、中年のおじさんが居るだけだ。コルク草を袋から取り出し、カウンターへ置く。
「ルクス。良かったな。」受付嬢ならぬ受付おじさんがコルク草を確認しながら話しかけてくる。
「ああ、嫁さんにドヤされなくて済むぜ。」
「クレアちゃん美人だけど、怒ると怖いもんな。」
クレアのことはこの辺りの冒険者なら誰でも知ってる。冒険者御用達の宿ヤドリギの娘だからだ。俺と結婚してからも人手が足りない時なんかは手伝いに行っている。
「よし。たしかに10本。依頼達成だ。報酬の400ジェニー。確認してくれ。」
ちなみにジェニーはエトワール王国の通貨で1ジェニーでジュース1本。家族3人で一月暮らすのに2,000〜3,000ジェニーってところか。400ジェニーの報酬は良いように思えるが、死と隣り合わせのダンジョンに潜って得た報酬だ。それにこういった依頼に毎日巡り会えるわけでもない中で、装備品やポーションなんかも買わないといけないことを考えると冒険者の暮らしに余裕はない。
「それじゃあエールをもらおうか。あいつらにも2,3杯飲ませてやってくれ。」そう言って30ジェニーをギルドバーのウェイターに渡す。ウェイターも町のおばちゃんと言った雰囲気の恰幅の良い女性だ。
「はいよ。」
と一言。しばらくして俺とロジャーの前にエールが運ばれてくる。コルク草をもらった冒険者にもエールが届いたことを見届けてロジャーの方へ向き直る。
「ルクス。今日は多少飲んでいけんのか?」
「ああ、サクラが寝るまでには帰りたいがな。」
「すっかりパパだな。」
「まあそんなものなのかもな。生まれた時はなんの実感もなかったけどな。サクラが俺をパパにしてくれたんだよ。」
「サクラちゃんもう5歳になったんだよな。」
「ああ、みんなのおかげでどうにか食いっぱぐれずにここまで大きくなったよ。」
「しかし、大したもんだ。俺らみたいな貧農の三男とか四男はろくに家族をつくることなんかできないっていうのに、ルクスはここまでやってよ。実際クレアちゃんと結婚したいって言い出した時には...」
そんな話をしながら夜は更けていった。