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鋼鉄を喰らえ

 張り詰めた空気の中、二つの獣が対峙する。

 片方は龍子さん《ドラゴン》とクロちゃん《ゾンビ》を取り込んだ姿の私、もう片方は鋼の身体に変化したPON吉。


 睨み合う両者。

 観客たちは黙り込み、この世界には私たちしかいないと錯覚してしまいそうなほどの静寂が場を包む。


 しかし静止した場の中で、私たちに匹敵する存在感を放つ獣がここにはもう一匹いた。


 それは玉座に腰掛けた群れの長(フブキさん)。彼女は肘掛けに頬杖をつきながら私たちを見つめている。口は閉ざしたまま、しかし不敵な笑みを浮かべる彼女の瞳には何が映るか。


 私の中にいる龍子さんか、それともこれから命を削り合う私とPON吉か、はたまたこの戦いのその先に訪れる未来か。

 フブキさんが何を見てるのか、それは全然分からない。でもそんなのは関係ない。


 私のすること。しなければならないこと。

 前だけ見てそこにいる敵を倒す。この性癖ちからでもって悪人をぶっ倒す、ただそれだけなんだから。


「私を倒す? 言ってくれますね。だが、その潰れた腕で何ができるというのです?」

「こんなもん包帯で縛っときゃ治るんだよ」


 包帯で【拘束バインド】し、潰れた腕を元の形に縛り直す。


 刹那、私とPON吉は同時に動いた。どちらが先に仕掛けるでもない。互いが互いの気配を感じ取り、示し合わせたかのように全く同じタイミングで駆け出した。


 冷たい空気が前髪を揺らす。髪の隙間から露になったゾンビの左眼にも、澱む朝靄を押し除けて迫り来る敵の姿が鮮明に映った。

 モフモフだけど可愛げはどこにもない。赤い前掛けが様になる信楽焼の置物のような、どこまでも憎たらしい姿が。


 二人の距離は縮まり、既に一メートルを切った。ここまで来たらもう引き返せない。

 殺意を向ける者同士の暗黙の了解。逃げもしないし逃しもしない。もはや戦うのみ。怖気付いたとしても『やっぱりやめます。ごめんなさい』は通用しない。


 向こうも覚悟があるから私の前(ここ)にいるのだろう。私は言うまでもないが、ヤツも本気ということだ。

 その拳に抜かりはない。


「くらえッ!」


 PON吉が腕を振り上げた。体毛に覆われた拳が一瞬にして硬質化し、鉛色に変化する。

 よく見れば手だけではない。腕、足、身体。ヤツの全身が金属化していた。


 私を全力で襲うために。


 振り下ろされる鋼鉄の拳。それをギリギリのところで身を引いて躱す。しかし、ヤツの攻撃は終わらない。振り下ろしを起点に、パンチ、キック、パンチパンチキックパンチの雨あられが私に迫る。


「ウラウラウラッ! どうです? わたしの力は!」


 でっぷりと太った体格からは想像できないような蹴りやパンチの素早い連打。絶え間なく繰り出される攻撃をステップで回避し、避けきれないものには龍の腕を構え、迫り来る鋼鉄の殴打を強固な(うろこ)で受け止める。


 鋼と(ドラゴン)での殴り合い。だけど、ゾンビの半身を庇いながらではかなり部が悪い。


 この身体の半分は脆く壊れやすい。ちょっとした衝撃で手足がポロッと取れるし、すぐ折れる。それが腐敗した屍でありながら生きるゾンビの宿命だ。

 ゆえにその部分を殴られてしまえば、私は一撃で手足を潰されてしまう。


 純粋なパワーで言えばこちらの方が上。それにヤツの能力自体はさして脅威ではない。しかしこの身体とヤツの力の特性上、総合的に見ると互角の勝負に引きずり下ろされてしまう。

 純粋な性癖のパワーだけが勝敗を分けないという点はゲームとして面白いところではあるが、差を詰められる側にしてみればたまったもんじゃない。


 そんな仕様もあり、ドラゴンの半身を振るい反撃を試みるも防戦一方。押されてるなんて認めたくはない。しかしながら、半身を庇いながら戦うせいで、動きが大幅に制限され全力を出しきれない。


 この状況を打開するにはどうするか。

 簡単だ。無理矢理にでも力でこじ開けるだけのこと。


「どうって、大したことないねッ!」


 私は迫り来る拳に拳をぶつける。

 ドラゴンパワーとまともにカチ合った衝撃は凄まじかったらしく、PON吉は大きくのけぞった。


 龍子さんの力がヤツの力を上回っているのは明白。だから向こうのパンチを押し返すことなど造作もない。そして、やるならここしかない。


 間髪入れずに距離を詰めて左腕を振るう。当たれば一撃KO必至の全力全開。

 しかし、PON吉は口角を上げた。絶望的な状況だというのにニヤリと笑い、私に見せつけるように木の葉を前掛けから取り出した。


「ドロン!」


 魔法の呪文を唱えると、またしてもPON吉は目の前から消えた。渾身の一撃は無常にも躱されてしまう。


「馬鹿の一つ覚えのように攻撃してくるとは実に愚か。少しは頭を使ったらどうだ、()()()よ」


 PON吉は身体一つ分、攻撃を躱すのに最小限な距離だけ横に移動していた。私へ直ぐに攻撃できる位置だというのにそれをせず、ただ煽ってくるのみ。


 私を完全に見下しているからこそくる所作だ。その不遜さと厄介な小細工が実に人をイラつかせる。


 圧倒的な力で突き崩そうとしても寸前で逃れられる。戦場をピョンピョン飛び跳ねるように逃げ回る。


 マジでうざってぇ。これじゃ狸じゃなくて兎じゃねぇか。


 苛立ち、嫌悪感。

 抑え切れない感情が私を蝕み犯してく。


 元々ヤツが人をイラつかせる天才ということはある。しかし、それを差し引いても私の気持ちは必要以上に黒く染まっていた。

 まるで、龍子さん単体と一緒になり、彼女の持つサガである暴走癖に当てられたときのように。


「逃げ回ることしかできねぇのな。そういうことなら、アンタがフブキさんに勝てない所詮は二番手だってことはよーく分かった」

「勘違いしないでもらおうか。私は都合がいいからこの位置に甘んじていただけだ。本気になればあんな狼風情なんざ、一捻りにしてやれる」


 どの口が言うか。PON吉は高らかに宣言するが、実際に戦ったから分かる。お前なんかフブキさんの足元にも及ばない。


「アンタなんかよりフブキさんの方がもっと強かった!」


「何だと、小娘!」


 私の言葉がよほど不服だったのか、一瞬にしてPON吉の瞳が憎悪に染まる。そしてそのままヤツは金属化した脚で私の右脛を思い切り踏みつけた。


 ──ぐしゃっ。


 足が潰れた。

 右の脛は踏まれたところで真っ二つになり、ふくらはぎからは折れた骨が飛び出す。足の支えを失った身体はぐらりと崩れ、私は地面に膝を着いてしまう。


 そして、気づいたときにはもう遅かった。


 私のお腹に鉄槌パンチ。抉るように深く、潰すように鋭い一撃が叩き込まれていた。


「ぐっ……!」


 痛み。


 私は身体に起きた異常を嫌と言うほど感じ取った。


 どうして……!?


 覚えるはずのない感覚が皮膚の下を駆けずり、体内でめちゃくちゃに暴れ回る。腹を串刺しにされたように痛みがグサリと突き抜け、胸には気持ちの悪さが押し寄せる。耐え難い感覚に自然と目を見開き、思わず頬を地面へ付けずにはいられなかった。


「やはりな」


「なん、だと……?」


「弱点は見切った。お前はもう勝てん!!」


 PON吉に胸ぐらを掴み上げられ、蹲っていた身体を無理矢理引き起こされた。私は抵抗もできず、だらりと四肢を投げ出すしかない。


 PON吉はそんな私を『投げた』。

 投げといっても柔道の技にある投げではない。ピッチャーの投球さながらの構えで、大きく振りかぶって放られた。

 身体が豪速球のように宙を走り、気づけば瓦礫の山の中に押し込められていた。大小様々な破片が身体に突き刺さり、服もゾンビの半身もズタズタに。HPもそれなりに削られ、痛みが全身を襲う。


 クソッ。最近はゾンビで感覚を無視してたから、こんな痛いのは久々だ。


 身体が動かない。

 痛みに悶え寝そべるしかない私をPON吉は愉悦に浸るような目で見下している。どうせヤツは、私がどうしようもないことに絶望してると踏んであの態度なんだろう。憎たらしいったらありゃしない。それなのにヤツの思い通りになってしまってる私が腹立たしい。


 どうしたもんか。あの小細工(ドロン)をどう攻略するかも答えは出てこない。

 それにこの痛みはなんだ? ヤツの言う『弱点』に起因するのは間違いないけど、それが何かも分からない。


 だとしても、こんなところでのんびり寝っ転がってるわけはいかない。とにかく動け、当たらなくともこの手を振り続けろ。アイツに一発当てる方法は動きながら考えればいい。


 途切れそうな意識を繋ぎ止めながら、スキルを発動して包帯で身体を【拘束バインド】する。ひとりでに動き出した包帯は全身をキツく縛り上げ、ズタズタになった腕や折られた脚はなんとか人の形に戻った。


「か弱い女の子投げんのかよ」


「人間の雌になんぞくれてやる慈悲はない」


 自分の性癖が全てだと思い込み、自分以外の全てを否定し傷つける。その性根はどこまでも気に入らない。


 身体のすぐ傍に太く巨大な円柱が根本から折れ、無惨に横たわっている。大理石と思わしき白く磨き上げられた硬い柱だ。

 それを支えに何とか上体を起こす。お腹を殴られたせいで呼吸もままならないが、その痛みを吹っ切るように左腕を折れた柱へ突き立てた。


「奇遇だね。こっちもお前にかける慈悲はない!」


 即席で作り上げたぶっとくて硬い石製バットをPON吉に向けて薙ぎ払った。柱はフルスイングでヤツの側面を捉える。しかし、当たる直前に鋼鉄化を発動され、柱は轟音と共に粉々に砕け散ってしまう。


 大理石の巨岩をブチ当てられたというのに、PON吉は気怠げに肩の汚れを払うだけで痛みを気にする素振りすら見せない。


 しかし、それは分かってたこと。そこに落胆はしてない。

 龍子さんの腕を受けられるほどの防御力を持つのなら、あんな石ころ何の意味もないなんて火を見るよりも明らか。しかし、その石ころはヤツを逃さずそこに留めた。それだけで大戦果だ。


 私への注意が逸れた今ならいける。あのドロンを突破できる。

 砕けた柱の残りを杖代わりに立ち上がる。そしてすぐさま右脚で大地を突き放し、思い切り飛び出した。


 毎度、すんでのところで攻撃から逃れる狸に対してとりえた策は、もはや技とは呼べぬただの体当たり。何でもいいから動きを止めさせ、ヤツの反応速度を超える速さで突撃し、そのままぶつかる。至極単純で理性の欠片もない荒事だったが、意外とそれが功を奏した。


 龍子さんのパワーはやはり桁外れ。一歩、全力で踏み出せば、どれだけ相手が遠くとも瞬時に近づける。

 瞬間移動のようにやってきた私に対して、PON吉は反応することもままならない。回避の術を発動せんと用意していたようだが全く間に合わず、目の前に私がいるのに木の葉を手にしたまま余裕綽々で構える姿は実にマヌケ。


「ぅぐっ……!」


 わたしの思わぬ急速接近にPON吉は狼狽える。状況的にドロンの術での回避が無理と見るや、ヤツは攻撃を耐えることを選び身構えた。

 ドスンと、超速タックルがPON吉に命中する。

 奴は攻撃に耐えるべく鋼鉄化を発動。しかしその衝撃を抑えることはできず、太った鉛色のタヌキはゴルフボールのように軽々と転がってゆく。


 思わず笑みが溢れた。

 逃げ回っている狸に一矢報いることができた。たったそれのことだけでしかないが、私にとって光明が差した瞬間だった。


 これでヤツを倒せる。


 しかし、そんな私を嘲るようにPON吉は笑った。


「たかが一発私に当てたぐらいで勝ったつもりか? 言っただろう、弱点は見切ったと」


「弱点……」


「お前の弱点は身体だ。異質なもの同士が混ざり合うから未熟で不完全。分別の行き届いていないゴミ箱のように不純物に塗れている」


 PON吉の言葉で気づく。私の身体に何が起きたのか。


お館のお気に入り(りゅうこ)を取り込んでいるだけあってパワーは光るものがあることは確か。だが、今はその力もぼやけてしまって、死んでいる。何が原因か、言わなくても分かろう。お前らが不純物なんですよ」


 不純物。その言葉が私の心に爪を立て、気持ちに引っ掻き傷をつける。


「そんな姿になって最初はどうなるかと思いました。ま、今となれば杞憂というものでしたね。お前らがいるからその姿になれたと言うが、お前らがいるせいで私には勝てないのですよ」


 引っ掻き傷はヤツが一言喋るたびに増え、心の表面が不快感でささくれ立ってゆく。


 アイツの言うことは確かに事実だ。

 私の身体にできた『弱点』は合体事故みたいなもん。二人どちらかの力を単体で運用すれば起こり得なかっただろう。

 それでも、私はこの身体になれてよかったと思う。この身体はみんなと心と身体を重ね合わせた証なのだから。


『私たちがいるから勝てない』とお前がそう言うのなら、尚更私はこの身体でお前を倒してやらないといけない。お前をこの手でブチ殺し、お前の言ったことは間違いだと証明しなければならない。


「加えてだ。そんなデカいものを胸からぶら下げてたら、弱点に攻撃を当ててくださいと言ってるようなものだ」


 聞いてもないのにベラベラと。うっとおしいほどよく喋る。人間有利な状況に立つと余裕ができて口が軽くなる。つい喋らなくていいことも喋ってしまい──そこにこそソイツの本性が出る。

 もっともヤツは獣人──というテイ──だけど、例外ではないようだ。


「どうやら狸って変態しかいないらしいね」


「なに?」


「言うじゃん。げんこつ山のタヌキさん、おっぱい飲んでねんねして、ってね。人間の身体には興味ないとか言ってるくせに、このおっぱいを触りたくて仕方ないんだ。このエロダヌキ」


 狸の顔がピクリと痙攣する。


「ふざけるなよ。人の身体に欲情するなど、とうに過ぎたことだ」


「興味あるくせに必死に気にしないフリするなんて、まるでドーテーみたい」


 PON吉がこちらを威嚇するように、カッと顔を歪ませる。一眼見ただけで、怒っているのがすぐ分かる。そういうところが童貞くさいってんの。


「当ててみなよ、私の胸に。そんなもふもふなお手手なんか、おっきなおっぱいで優しく受け止めてあげるから」


「私の拳を受けきれもしないくせによく言う!」


「それはどうかな?」


「舐めるなよ……! そんなに言うなら受けてみろ。私の本気の一撃を!!」


 PON吉は私に向かって、ただひたすら直線的に走り寄ってきた。冷静に振る舞ってみせていたが、案外単純だ。

 しかし、あまりにも分かりやす過ぎてしっくりこない。この卑怯者がそんなふうに迫って来るはずがない。何か仕掛けがあるはず。


「チャガマストンピング!!!」


 やっぱり、PON吉は私の期待を裏切らなかった。

 ヤツは私の頭上に跳び上がり、鋼鉄化を発動。上空から押し潰してくるつもりだ。手どころか身体ごと攻めてきやがった。


 だが、全身で陽彩のおっぱいを堪能したいなんて贅沢が過ぎんだよ。なんたって、陽彩の身体を好き勝手していいのは私だけなんだから。


 鋼の身体がおっぱいに触れた。刹那、胸をきつく縛っていた包帯がブチンと千切れ、PON吉目掛けて飛び出した。


凄技(スゴテク)発動! 爆発反応胸部装甲(ERBA)!!!」


「何だこれは!?」


「おっぱい大好き狸さんに私からのプレゼントだ」


「小賢しい!!」


 PON吉はまとわりつく包帯を外そうと必死にもがく。しかし、逃れようともがけばもがくほど包帯は絡まり、身体をきつく『拘束』して自由を奪ってゆく。


 ずる賢い狸は包帯でがんじがらめ。逃げ回っていたヤツもこうなればまな板の上の鯉でしかない。


 ようやく掴んだこのチャンス、無駄にはしない。思い切りブチのめす。まずはその小細工(ドロンの術)から使えないようにしてやる。


「そういえばまだ握手をしていなかったな」


「握手だと……!?」


 私の言ってることが分からないというように、ヤツは呆気に取られていた。


「そうさ、仲良くしようや」


 私は縛られているPON吉の両手を無理矢理取り、そしてそのまま龍の手で力の限り握りしめる。


「あぎゃぁあああ!!!!」


 PON吉の鋼の手が軋み、この世の物とは思えぬ悲鳴が響き渡る。その声は力を加えれば加えるほど野太く大きなものになり、狸の手は関節の位置を無視してあらぬ方向へ曲がってゆく。


 PON吉はぐにゃりと変化した自身の手を見て、青ざめ喚く。あれでは木の葉どころか、もう何も持てないだろう。かわいそうに。


「あーあ。もうドロンの術も使えないねぇ」


「だ、だから何だ。言ったろう、お前には、じゃ、弱点が……! 私にはっ……!」


 狸はうわごとのようにそう呟く。

 分かってないようだから教えてやる。お前が喰らったその技(ERBA)は私たちがいるからこそなしえるテク。お前が弱点とした吐き捨てたものだ。

 お前が言う弱点は、もはや私にとっては弱点じゃない。それでも自分で見出したものに縋り続ける姿はなんとも哀れ。


 さて、回避の術は潰した。

 次はてめぇを潰す番だ。


 PON吉の胸ぐらを掴んで身体を引き上げると、ヤツは小刻みに震えているのが分かる。今の一件で龍子さんのパワーを体感し、自分の行く末を想像して恐怖しているんだろう。


「ただの人間め、私に触れるなよ……!」


「お断り」


 それを踏まえると、この場に来ての強がりも可愛く見えてる。まぁ全然可愛くはないが。


 小指、薬指、中指、人差し指、親指。

 順番に龍の指を折り、拳を作ると心が躍る。胸が高鳴り、自然と口角が上がってしまう。


 見開いた目にPON吉の青ざめた顔が映る。

 普段余裕ぶっこいている奴が感情に顔を歪ませるシチュってとっても大好き。薄い本とかで見ると興奮するけど、現実に遭遇しても興奮するとは思いもしなかった。


 最高だ。


 ──コイツを全力でぶん殴れると思うと。


「歯ァ食いしばれ!!!」


 PON吉の顔面へ、龍の腕を叩き込む。

 一切の手加減も躊躇もない。私たちが出せる全力を尽くし、悪人の面をブン殴った。


 鋼鉄化したPON吉の顔の右半分が大きく(へこ)む。それはまるで、衝突事故を起こした車のよう。直視することも憚られるような見た目だったが、私はパンチの威力にうっとりとする。


 しかし、パンチの威力はそれだけに止まらない。殴られたPON吉は後方へと大きくぶっ飛んでゆく。


 殴り飛ばされたというのに、どういうわけかPON吉の表情は明るい。一撃喰らったがこうなれば離れられる、また体勢を立て直せると安堵しているよう。

 しかし、そうはさせない。お前に安息の地などない。


 私はPON吉を捉えるべく、すぐさまテクを発動させた。


「逃がすか! 伸縮拳エクステンドアーム!!」


 腕を振るえば遠心力に負け、千切れて右肘から先がすっぽ抜けた。PON吉に向かって飛んでいった腕はヤツの胸ぐらを力強く掴み取り、腕に繋がった包帯を私の身体に【拘束バインド】し直せば、ヤツの身体はこちらに引き寄せられる。


 これはクロちゃんの力。誰にでも手を差し伸べる彼女の想いが形になったもの。


 これもお前が否定した不純物の力だ。


 離れゆく身体を手を伸ばして引き寄せては左腕で殴り飛ばし、引き寄せては右脚で蹴り飛ばす。幾度となく私の一人ラリーは続き、そのたびヤツ自慢の鋼ボディはベコベコに潰れてゆく。


 よかった。本当によかった。


 PON吉に一撃加えるたび、ひしひしと実感する。


「そんだけ身体が固けりゃ、この腕で本気で殴ってもミンチにゃなねぇだろうからな!!」


 生身の身体にこれだけの威力のものを叩き込めば、モザイク処理必須の肉片と化してしまうだろう。だけどヤツはの身体は鋼鉄なので、どれだけぐちゃぐちゃにしても見ていられるギリギリを保ってくれる。

 それにこちらとしても晴らしたい怨みは山ほどある。だから、一撃で死なれては募る想いのやりどころがなくなってしまうし、好都合だ。


「やっ、やめっ──」


 PON吉が何か言いかけたが、気にせずに殴った。


「降参っ、こ──」


 PON吉が何か言いかけたが、気にせず蹴り飛ばした。


 お前の話なんざ聞いてやるものか。お前は一度でも、虐げていた者たちの「やめてくれ」という頼みを聞き入れたことがあるか?


「それが虐げられた者たちの痛みだ!」


 暴力の嵐は止むことなく続く。私がやめる気もないから当然のことではあるが、なにせ龍の手足(このからだ)がもっとヤらせろと叫んでいるのだ。私が無理にその衝動を抑え込む理由もない。


「や……っ……」


 だんだんとPON吉の反応が弱ってゆく。終わりが近づいているのだ。

 戦いの終わりが。命の終わりが。


 左腕が熱い。じんじんと拍動に合わせて熱を帯びていくのが分かる。

 やっぱり身体は正直。意識こそ無いが、龍子さんもこの身体の奥底でその瞬間を望んでいる。


 引き寄せたPON吉の身体が迫ってくる。既にヤツは息も絶え絶えで、HPゲージもほとんど残っていない。次の一撃が最後だろう。


 私は幾度となく拳を振るい、幾度となく蹴りを見舞った。側から見ればもう十分だろうと思われるかもしれない。しかし、この程度で龍子さんや他のみんなが受けた苦しみに匹敵するとは到底思えない。

 だからせめて、なるだけの苦しみを味あわせて倒してやる。それが私にできる唯一のことだ。


 お前を倒すのは他の誰でもない。


 てめぇを倒すのは──


「この腕だぁああああああ!!!!!!!」


 振りかぶったドラゴンの腕がPON吉を叩きのめすと、最期には声すらなかった。


 龍子さんの力に身体を砕かれ、私たちの信念に心を穿たれ、精魂尽き果てた狸は無言で勢いのままに倒れた。


 いつの間にかに朝日が顔を出している。希望に満ちていて、目に刺さるような眩しい輝き。陽彩(ひいろ)の名前の元になった輝きは、この世界でも健在らしい。


 そんな光に誘われるように顔を上げると、玉座に腰掛け朝焼けに照らされるフブキさんの姿が目に入った。


 不意に、目と目が合う。何か声をかけられるかと思ったが、あの人は口を閉ざしたまま何も語らなかった。


 静かに、でもどこか満足げに笑みをたたえるだけだった。


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