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「人外、ハーフ&ハーフ」

 陽彩(ギャル)の身体は異形と化した。

 右手は人だったもの(ゾンビ)の腕。朽ち果て、崩れゆく半身は包帯にきつく縛り上げられ、なんとか人の形を留めている。

 左手は人ならざるもの(ドラゴン)の腕。変形し、力溢れる半身は漆黒の鱗に隙間なく覆われ、大きく人の形を外れている。


 クロちゃんと龍子さんの魂を宿して変身(イメージチェンジ)した陽彩(ひいろ)の身体は、左腕と右脚は包帯がきつく巻きついたドラゴンに、右腕と左脚はゾンビに変貌。

 異質な物が結合したこの身体はまさしく、二人の特徴(せいへき)が混ざり合って共存する姿であり、私たち四人が互いを受け入れ合った証でもある。


「まったく、実にいい気分」


 気づけば自然と幹部共を見据え、鋭い爪を向けていた。


 熱い。


 皮膚の内側で奴らを壊すという衝動が煮えたぎる。しかし、不思議と頭は澄み切り、心は凪いでいる。

 昨晩のように衝動に塗りつぶされることもなく、今の私は至って冷静そのもの。目覚めのいい朝のように、頭の中は淀みなくどこまでもクリア。心の波も荒ぶることなく、非常に落ち着いている。


 動物としての破壊衝動ではなく、人としての理性が全身を支配している。


 ――それは純粋に透き通った殺意。


『暴走』はしていない。ゾンビの力でドラゴンの過剰すぎる力を弱体化させ、私、陽彩、クロちゃん、龍子さんの四人が一体となって感情を制御。それに左腕と右脚をテーピングのように『拘束』する包帯による締め付けの効果もあって、とめどなく溢れる力を上手いこと制御できている。

 ゾンビとドラゴン。お腹を壊しそうな組み合わせではあったけれど、これはこれでベストマッチなのかもしれない。


 私は理性的に幹部たちの方へと歩み寄ってゆく。右脚を踏み出すたび、大きく変形した怪物の脚はがっしりと地面を捉え、大地には恐竜のような足跡がくっきりと穿たれる。

 身体中に溢れる力を噛みしめるように、一歩、また一歩と進んでゆくと、ドラ助が声を荒げた。


「う、迂闊に歩いてくるとは、おめでたいヤツ。そこはもう、我らの間合い(テリトリー)ニャ」


 奴らとはバスケコート二面分ほどの距離がある。だというのにもうテリトリーだと主張するとは、なんとまぁ欲張りなこって。

 調子いいことを堂々と主張するドラ助だったが、その割に声の震えを隠せていない。ヤツの声には不安や焦りが滲み出ており、自暴自棄になって必死に自分を鼓舞しているような哀れさを感じずにはいられない。


 しかし、自らの意思で同じ土俵に上がってきたのだ。そんな奴にかける慈悲はない。


 ひと思いに仕掛けるのみッ!


 駆け出す。

 右脚で思い切り踏み出し、弾丸のように身体が放たれれば、


「……はニャ?」


 ドラ助が目の前にいる。あれほどまでに遠かった猫の顔がすぐそこに。呆気に取られたその顔は、目の前で何が起きたか分からないと言わんばかり。


「ほら、ボケっとしないでよ。ここはもう、アンタらの間合いなんじゃなかったの?」


「ッ!?」


 周囲の風景も、周囲の喧噪も、奴の驚きも、全てを後方へと振り切って、私はドラ助の前に躍り出た。この右脚が宿すドラゴンの力は30メートルはあろうかという空白を一瞬で埋め、私の身体をドラ助の眼前に押し出した。


 ここまで近づくとドラ助の隅々までよく見える。逆立つ毛並みに、乱れる呼吸。耳は横に寝た状態でピンと張り、シルエットがまるでイカみたい。まさに、怯えた獣そのものだ。


 しかしまぁ、猫ってズルい。コイツの存在がどれだけ憎たらしくても、見た目が猫だというだけで、愛らしいと思ってしまう自分がいる。

 目つきや雰囲気こそ人間を嫌っている野良のようで決して可愛くはない。でも、そんな猫丸出しの姿を触れられる距離で眺めていると、つい可愛がりたくなっちゃうじゃん。


「ほーら、子猫ちゃん」


 黒光りする大爪をドラ助の顎の下に這わせて可愛がると、小刻みに震えているのが分かる。「助けてくれ」と生存本能の叫びが聞えてくる。


「こ、子猫!? ふ、ふ、ふざけんニャ!」


 ドラ助が爪を構えた。猫のお手手についた可愛らしい爪。

 表情を作り、力強く爪を立ててはいるものの、その手は誤魔化しようのないほど震えている。


 私もヤツの顎下に這わせていた爪を突き付ける。しかし、本気で怯える猫ちゃんに手を上げるのは――コイツがクソみたいな悪党だということを差し引いても――少し心苦しい。


「それが役に立たないことくらい、自分が一番よく分かってるんじゃないの?」


「漢なら……どんだけ辛くともやらなアカンときがあるんニ――」


 そう、それならよかった。


「ギニャッ!!!」


 ――戦う覚悟があるなら、可愛い姿をぶん殴ろうと罪悪感は残らないもの。


 綺麗に決まったドラゴンアッパー。振りぬいた左腕がドラ助の顎を捉え、岩をコンクリに打ち付けたときのような、おおよそ生物の身体から発せられてはいけない音が響いた。

 ぶっ飛ばしたヤツの身体はボロ布のように宙を舞い、放物線を描いて高見の見物を決めているお仲間(クズども)の前にぼとりと落ちた。


 まずは一匹、次はお前たちの番。そう思い顔を向けると、ニヤニヤしながらこちらを見つめるPON吉がいた。私のことを値踏みするかのように向けてくるその視線は、いやらしいものを眺めるおっさんのような目つきで、エロだぬきという言葉が頭を過る。


「いいでしょ、この身体。プロポーションは抜群だし、何よりアンタらを簡単に壊せるもの。この力、これからたっぷりと堪能させてやるから。覚悟しな、このスケベ野郎」


「私はね、人間の身体になんぞ欲情しないんですよ。もっとも。どこまで楽しませてくれるのかは見ものですが」


「だったら二人まとめて相手してやるから、かかってこい」


 そのとき、目の前の光景に違和感を覚えた。二人とはいったものの、そこにいるのはPON吉ただ一人。コンチがいない。

 同時に左腕に『気配』を感じる。獣が狙いを定めているときの、ピリピリと張り詰めた気配だ。


 どこにいる。

 姿は見えない。しかし、気配はだんだん大きく、近く。


 ……後ろかっ!


「よそ見してんじゃねぇ!!!!」


 そこには大口を開けて飛びかかってきているコンチの姿。

 身を庇うため振り向きざま咄嗟に右腕を差し出すと、コンチはゾンビの腕にガブリと喰らいついた。


 コンチの白く整然と並んだ牙が青黒い肌に沈み込んでいる。狐といえど噛む力は相当なようで、腕に突き立てられた牙はまるで外れそうにない。小型ではあるけれど立派に獰猛な肉食獣というわけか。

 しかしながら、自分の素肌に鋭く立派な牙が食い込むなんてのは見てるだけで痛くなりそう。まぁ、あくまで、()()()()()だけだけど。


「いつまで人の腕しゃぶってるわけ? この腕はジャーキーじゃねぇんだよ」


 あまりにも反応がない不感症(マグロ)な私に驚いているのか、コンチは腕に噛みついたまま目をパチクリさせる。


 この半身(ゾンビ)には痛覚がない以上、ダメージこそあれど痛みは全くない。クロちゃんのゾンビ性癖(スキル)さまさまだ。


 さて、もういいだろう。いくら痛みがないとはいえ、噛みつかれている間はダメージが入り続けるし、なにより、私を差し置いてこんなクズが陽彩の美しい腕に噛みつくなんてのを許しておいてはいけない。


 ――一撃で楽にしてやる。


 コンチを腕に齧りつかせたまま、がら空きの脇腹に龍の脚を叩きこむ。


 ごすん。


 衝撃に耐えかね、狐の身体はくの字にひしゃげた。


「化け物……」


 そう言い残し、蹴りをまともに受けたコンチはこと切れたかのように、力なくズルりと腕から滑り落ちた。


 化け物と呼ばれるのはあまりいい気はしない。しかし、痛みを全くものともしない身体を持ち、一撃で敵を屠る力を備えた生物を化け物と呼ばずしてなんと呼ぶか。私は他に形容する言葉を知らないし、そう思えば『化け物』も誉め言葉のように感じられて、ちょっとアガる。


 ――そうさ、私は化け物だ。


 このゲームは人の数だけ性癖があり、性癖の数だけ戦い方がある。戦術は千差万別。だから、どんなに無茶だろうと、どんなに人外じみていようと、この世界では全てが許容される。ゆえに、こんなことだってできるし、もっと言えばこれ以上だってできる。


 目の前にいるクソ野郎をぶっ潰すためなら。


 私はPON吉を睨む。


 この場にいる獣人たちは私がしたことに、声一つ出さず終始凍り付いていた。アッパーで身体が宙を舞い、蹴りの一つで背骨が物理的に曲がってはいけない方向に曲がったのだ。ドン引きするのも無理もない。

 だが、それらを目の当たりにしながら、PON吉は笑顔だった。あの獣はずっと興味深そうな目をして、仲間が倒される瞬間をショーでも観るかのように楽しんでいるのだ。


 それがどうにも、胸糞悪くて仕方がない。

 とっとと倒せと、本能が告げている。


「残りはあんただけだ」


「でしょうね」


「まるで予想通りとでも言いたげね」


「ええ、まさにその通り。彼らは前座にも満たない雑魚なのだから」


「お仲間にしちゃ酷い言いぐさ」


「頭もない、力もない。所詮は口先だけの連中だ。私がいなくては何もできないただの愚者に期待なんぞしてない」


「じゃあ、アンタはどうなの?」


「人間風情が舐めるなよ」


 PON吉は腰を落とし、力を込めて拳を握った。

 誰がどう見ても一目瞭然な殴りの構えだ。


 アイツとて、私がドラ助をぶっ飛ばすところを見てなかった訳ではないというのに。命知らずにもほどがあろう。

 しかしあれを見てもなお、あえてパンチで私に挑もうというのなら、それは受けてやらねばなるまい。

 ヤツを完膚なきまでに叩きのめすため。向こうが何か策を弄していようと、その目論見ごと正面から潰して、ぐうの音も出ないほど負けを認めさせるために。


 震えるほどに力を込めて拳を握る。


 無言の合意が交わされるやいなや、私たちは間髪入れずに飛び出した。

 目と目が合う。視線を結んだまま両者躊躇なく互いの間合いに押し入り、腕を振りかぶる。


「うらぁ!!!!」


「チャガマフィスト!!」


 龍の拳とヤツの拳が打ち合い、どしんと重々しい音が響き渡る。


「……っ!!」


 腕を襲った、恐ろしいほどの衝撃。あまりの威力に、地面へ爪を立てていたにも関わらず身体一つ分ほど後退りさせられてしまう。


 一撃が重い……! なんて重さだ。まさか、龍子さんのドラゴンパワーに匹敵するほどの力を持つとは。明らかに普通ではない。

 一体どんな手品(スキル)を使ったのか。


 しかし、ヤツもこちらの衝撃に押し負けて後方へと無防備にずり下がっている。その隙を叩けば確実に()れる。


 距離を詰め、でっぷり太った狸の腹にゾンビの腕を叩き込む。


「状態変化『分福茶釜』!!」


 ――グチャッ。


 右腕がヤツに触れた瞬間、嫌な音がした。昔見せられた悪趣味な動画で聞いた音。生き物の骨が砕けて肉が弾けるときに出る、湿っぽく頭にこびりついて離れない不快な音が。


 見れば、殴った私の右腕があらぬ方向に折れ、手首から先はブランと垂れさがっている。

 PON吉は無傷で、私の殴った方の手が折れた。


 なんだ……? はっきり言って生き物を殴った気がしない。殴ったのは骨なんかよりもっと硬い、別の何かだ。

 例えるならそう――


「鋼鉄」


「ご名答。そう、私は身体を金属に変えられる『金属化フェチ』。もっとも、その強度は鋼鉄なんてものではありませんがね。そんな腐った手足では私の身体には傷一つ付けることは叶いませんよ」


 ならば……!


 考えるなり身体は動いていた。右腕の負傷もそのままに、左腕を振りかざす。


 ゾンビが効かないのならドラゴンで殴ればいい。いくらヤツの身体が鋼鉄を超える強度であろうと、さっきのぶつかり合い、向こうも無傷(ノーダメージ)というわけではない。ドラゴンと金属の力比べはこちらに軍配が上がっている。

 たとえ超防御があろうと、それを上回る超火力で圧倒する。ただそれだけの野蛮な理屈。


 乱暴な殴打がPON吉の身体を捉える――はずだった。


「ドロン!」


 PON吉が呪文のように呟くと、白い煙が巻き起こり、ドラゴンの腕が虚しく空を切った。

 そこにいたはずのヤツは跡形もなく消えて、代わりに青々とした木の葉がその場に残されているのみ。


 何が起きたか考えていると、背後から声がする。


「人間ならもう少し頭を使ったらどうです? そんな短絡的な攻撃は当たりませんよ」


「瞬間移動だなんて、動物の域を超えてんじゃないの」


 声につられるように振り向けば、PON吉が得意げな顔で腕組みをしていた。


「私は狸ですよ? 人を化かすには葉っぱ一枚あればよい」


 ヤツの態度から滲む余裕は、『お前は絶対に私に勝てない』という自信の現れだろう。表には出さないものの、内心ではどこまでも他人を小馬鹿にするあの態度。やはり物凄く気に障る。


 金属の身体が生み出す超防御に超重量の攻撃。それに加えて、緊急回避術まで持っているとは。相当に厄介な相手であることは間違いない。


 でも、臆してはいられない。私にも背負うものがあるのだから。


 コイツらに虐げられていた獣人たちの声なき声。期待を託してこの場を用意してくれたフブキさんの想い。そしてなにより龍子さんを自由のため。


「ぐらぁああああああああ!!!!!!」


 満ち満ちる感情を力に変えるが如く、私は咆哮を上げた。勢い任せの叫びは大気を揺るがし、白み始めた夜明けの空にどこまでも響いてゆく。

 私の覚悟を示すように、どこまでも、どこまでも。


 倒す。ヤツがどれだけ特殊な能力を持っていたとしても、その力に屈しはしない。


「殺す、お前は必ず殺してやる」


「大口叩くじゃないか。そんだけ言うなら、せいぜい私を楽しませてくれよな?」


 遊びじゃねぇんだ。楽しむ暇なんて与えてやるものか。


「いくぞ、クソ狸!!!」


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