「自由の代償」
「君たちは自由だ」
フブキさんの言葉一つで場は騒然となった。
唸り、鳴き声、遠吠え。発言を受けて獣人たちは思い思いに叫び、その声が互いを刺激し騒ぎは収拾のつけられないものに。
「えっ……?」
私は言葉を失い呆然と立ち尽くしていた。
肩透かしをくらったというか拍子抜け。『どんな判決だろうと立ち向かってみせる』と覚悟していただけに、彼女の言葉はあまりに予想外。今まさに戦おうとしている相手が煙のように消えた、そんな感じ。
それにこの答えはフブキさんVS幹部連中、水面下で繰り広げられている壮絶な争いへフブキさんが切り出したアンサー。その大事な切り札がこんな結論でいいのかと。ドストレート過ぎて何かあるんじゃないかと。
衝撃で頭が真っ白になって言葉すら出ない。
そして、狂乱の最中で私と同じように黙った奴らがいた。私的にはいの一番に声を上げるかと思っていた奴らが。
コンチとドラ助とPON吉――三幹部たちはみな目を丸くして口をあんぐりと開けたまま、ただ突っ立っていた。
「……はぁ?」
無言の間、5テンポ。忘れていた言葉を思い出したかのように、剥製の置物みたいだった連中が三人まとめて声を発した。
「ものすごーく物凄いことが聞えた気がするけど、聞き間違いですかニャ?」
「私にだって聞えたぜ? とち狂った言葉がね」
「あなた様は自分が何を言っているのかお分かりで?」
「もちろん、私は正気も正気。聞き逃したヤツのために何度だって言ってやろうさ。彼らは自由だ」
本当に自由……!?
フブキさんの自信に満ち溢れた力強い声。それを聞いて私はようやく言葉を文字通りに受け取ることができた。緊張感で拘束されていた心がふっと軽くなった。
「おやおやおやぁ? お館様は罪人どもを見逃すと? 我らの血と汗と涙と時間と労力の結晶であるこの拠点に、これだけの被害を出した大罪人を何もせずお見逃しになると?」
「無論、ただでとは言わない」
身体が硬直する。言葉一つで、肌がピリリと粟立ち、またしても緊張感が心をきゅうと締め付ける。
ただで帰れるなんてそんな甘い話、やっぱりあるわけなかった。心のどこかでは言葉通り無罪放免、龍子さんともみんなで仲良くお手手繋いでさようならできるかとも思っていたけど、そうは問屋が卸さないらしい。
フブキさんの狙いは一体何だ? そして、私たちはどうなる?
私は一言一句聞き逃さないように、グッと身構えた。
「生きて帰れればだがな」
生きて帰れれば。フブキさんは淡々とそう言った。
「生きて帰れれば?」
「そうだ。彼女たちには一つ試練を与え、それを退けたら自由。それが私の判決だ」
「しかし、皆の財産を破壊した罪人ですよ? 処刑、ないし家畜化が相当とお見受けしますが、そこまで彼らに譲歩する理由はなんです? まさか個人的な思い入れとは言わないでしょうね」
「理由ならある。なんたって今回の龍子の暴走は自然なものではなく、誰かによって意図的にもたらされたもの。いわば彼女も立派な被害者だ。とはいえ彼女がしてしまったことを咎めないなわけにはいかない。救済と制裁。だからこそ、この結論なのだ」
「だからってそいつらが勝ったら見逃すってのかニャ?」
「掟よ。弱き者は強い者に従う、それがここのルール。もし彼女たちが我々の試練を退けたら、それはあちらが我々よりも強いということ。そうなればもう彼女たちのことをどうこう言う資格はないだろう?」
ドラ助とPON吉は黙った。半ば納得いかないという表情だけど、彼らはフブキさんに言い返すだけの言葉を持ち合わせていないようだった。
「んで、試練ってのは何すんだよ?」
「簡単な話さ。戦ってもらう、我々とな」
幹部たちの目の色が変わる。
「へぇ、意外と容赦ねーな。救済はどーしたよ」
「そうでもせねば、誰も納得しなかろう」
「そりゃあ、そうだ」
もはや戦わないという選択肢は残されていなかった。周囲を取り囲む獣人たちが爪をとぎ牙を剥きだし、相手を倒さんとするなかで、私たちが生きて帰るためには戦うしかない。
陽彩とクロちゃんに目を向けると、獣人たちと向き合うその顔つきは鋭い。彼女たちも戦うしかないということを理解しているようで、バッチリ臨戦態勢に入っている。
しかしその中でただ一人、龍子さんは寂しげに俯いていた。ボーイッシュな黒い前髪が目を覆い、彼女がどんな表情をしているのか私からは窺うことはできない。
だけど、再び顔を上げた龍子さんは龍の目をしていた。瞳を爬虫類のようにスッと縦に閉じた宝石のように美しい目、彼女が覚悟を決め敵を屠るときにギョロリと向ける目を。
その先には幹部たちがいた。歪んだ笑みと余裕をたっぷりと湛えた悪人共が。
「それじゃあ始めましょうか。お館様の言う”試練“を」
「お前らは永遠に家畜だよ」
「さぁ、お前ら! やってやるニャ!!」
フブキさんの後ろ盾を得て、愉悦に浸る獣たち。何の躊躇もなく私たちを叩きのめせる、という状況がヤツらを興奮させるんだろう。その顔は今まで見てきたどんな場面よりも活き活きとしていて、楽しそうで――一番ムカつく。
幹部たちがすることといえば、今みたいに部下扱いしてるクラメンに命令を下すだけ。手を汚すのはいつも命令に従わせてられているプレイヤーで、ヤツらが直接フィールドに下りてくることは決してない。
だからこそアイツらは自らが絶対的な安全圏にいると信じて疑わないし、私にはそのなめ腐った根性と態度が何よりも気に入らない。
自然と拳に力が入る。しかし、アイツらと私たちの距離は果てしなく遠い。ヤツらは上手いこと私たちを潰すことができ、かつ反撃を受けずに済む場所に落ち着いている。その位置取りは完璧に近い。
せめて、同じ土俵にアイツらを引きずり下ろせれば、龍子さんや無理やり従わされているクラメンさんたちの抱える怒りや悲しみ、そして痛みを味わわせられるのに。
「始めようか。ファーリーファンダムの試練を! 見せてやれ、お前たち三匹の実力を」
ん……?
フブキさんは高らかに宣言した。この場にいる全てのプレイヤーの耳に届くほどの大声で勇ましくハッキリと。どういうこと? って頭の中に疑問が浮かぶような内容を、さも当然であるかのごとく言い切った。
「……今なんと?」
最初に口を開いたのはPON吉だった。
私も含め、誰一人として状況が飲み込めない中、ヤツは探り探りフブキさんに聞き返した。
「試練を始めようかと言ったのだ」
「とぼけんな! その後だ後! なんだか、聞き捨てならない言葉が聞えたが?」
「そうだニャ! 今の言葉はどういうことニャ!!!」
「あれだけハッキリ言ってやったというのに。まぁいい、どういうことも何も言葉の通り。彼らにお前たち三匹の実力を見せつけなさいということよ」
フブキさんの口調は穏やかで明瞭で、まるでお母さんが子どもたちに言い聞かせをしているかのよう。しかし、話し方に反してその内容にはどうにも引っかかる部分がある。
「我々はそういうことを聞いているんではないんですよ……! その”三匹で“ということはどういうことですかと聞いているんですよ!」
肝心なところをわざとボカして要領を得ないやり取りをするフブキさんに、PON吉は突っかかる。ヤツは相変わらず冷静を気取ってるけど、言葉の端々から不満が溢れ出ていて、『ふざけるな』という心の声がバッチリ聞えてくる。
しかしそんな主張も気にせず、
「試練に参加するのはお前たち三匹だけだ。それ以外のものは一切の手出しを許さない」
フブキさんはそう鋭く言い放った。




