「月夜を駆ける銀狼」後編
フブキは中庭の外周に沿って、中庭をグルグルと走り回る。四つ足での疾走は二足歩行のときよりも遥かに早い。それに加えて、周を増すごとにその機動力は増してゆく。
動きが速すぎてフブキを目で追うだけでも精一杯。それに加えていつ仕掛けてくるかってプレッシャーもあって迂闊には動けない。
これが本来の力……。獣としてのフブキの全力に圧倒されてしまう。
「どうした、どうした? 手も足も出せぬか?」
フブキが動けずに首をキョロキョロするしかない私を煽る。その声を皮切りに周りのクラン連中もヒートアップして騒ぎだしやがる。
「弱虫」だの、「人間如き」だの。あとはもう、ギィギィ、ギャーギャー、ワンワン、ウォーウォー。餌やりの時間の動物園かここは!
目を瞑って深呼吸。
落ち着けー、落ち着け……。こういうときこそ基本に立ち返れ。
そもそも無理に敵を追っかけて倒すのは私のスタンスじゃない。だから、手も足も出せないことを焦る必要なんかない。
私の取り柄は陽彩のおっぱい。こちらから何もできなくとも、胸張って向こうの攻撃を弾けばいい!
『来る!』
何も言わなくとも、陽彩は目を瞑っている私にフブキが来ると教えてくれる。目を開けば、フブキは玉座のちょうど前で進路を変え、こちらに向かってきた。
フブキは私を惑わそうと右へ、左へステップを踏む。飛び石を渡るように華麗な身のこなし。それでいて速く、追うだけで目が回りそうになる。
でも、そこを熱心に追う必要はない。私が気にしなきゃいけないのは動きの最後、攻撃の瞬間だけ。
ただその一瞬に全てを賭け、攻撃を弾くのみ。
時が迫る。
フブキは競技でワンちゃんがハードルを飛び越えるように速度を殺さず跳躍した。
銀狼が夜空に弧を描く。それはさっきと全く同じ光景。スピード、そしてタイミングでさえも。
舐められたもんだ。同じ手を出されるなんて。
しかし、その動きは既に分かり切ってる。獣の一つ覚えでは私は倒せない!
一人と一匹がゼロ距離で対峙する。
フブキは爪を私へ。
私はおっぱいをフブキへ。
突き立てた。
「おっパリィ!!!!!!」
ブラから弾けそうなおっぱいをバシンと突き出す。
小気味いい音と共にオレンジ色のエフェクトが――
出ない。
あ、れ……?
困惑し、思考が止まる。頭の中が真っ白に。
私に攻撃を弾かれたはずのフブキは何食わぬ顔で目の前に立っていた。握り拳を構えて。そしてにっこりと牙を剥き出し、邪悪な笑みを浮かべた。
直感が告げる。ヤバいって。
狼の目が鈍く輝き、拳が止まる。
ズドン。
「せいっ!!!!」
一撃。
フブキのパンチは戦場の真ん中でおっぱいを突き出して無様に立ち尽くす私の、その胸へと突き刺さった。柔らかで大きな胸にフブキの拳がぐにっとめり込む。
巨体の全体重が乗せられた拳の勢いはこの巨乳をもってしても殺しきれず、そのまま後ろへ殴り倒された。身体の芯へ直接届いた衝撃は肺をも揺さぶり、呼吸すら覚束ない。
衝撃で情報憑依が解けたことにより【ゾンビ】の痛覚消失も消えて、動けないほどの痛みや苦しみに堪えきれず、浅い呼吸の度に涙が出てしまいそう。
「な、何で……!?」
「我らは『ケモナー』であって、単純な獣ではない。ケモ度合いはそれぞれであれ、みな人間の知恵を兼ね備えてるのだ。それを忘れてもらっては困る」
「人間の知恵……」
痛みで朦朧とする頭に一つの単語が浮かぶ。
「フェイント……!」
「そうさ。巨乳によるダメージ軽減を利用したパリィ。ルナ、貴様の手なぞ既に割れていた。ここぞというときに頼ることも。だからそこを突かせてもらった。パリィはその性質上合わせのタイミングをズラせば無効化できるからな。直前の攻撃と同じ構えに釣られて飛びついてきた貴様の姿はなかなかに面白かったぞ? まさに、一つ覚えだな」
「くっ……」
完全に読まれていた上に、相手の策略にまんまと嵌められた。その事実が悔しくて返す言葉もない。
「しかし、どれだけ胸への想いが強いのか。ダメージ軽減がある箇所に打ったのは悪いとはいえ、全霊の拳をもっても仕留め切らないとは。自分の変態さに救われたな」
残るライフは二割もない。フブキが言ったように私は巨乳が大好きだったから、スキル効果も強く働きなんとか生き残れた。とんだ変態だな、私って。
「次で終わりにしよう」
フブキが止めをささんと近づいてくる。
なんとかしないといけない。でも、手札がない。それに、おっパリィも破られた。まだ負けてないとはいえ、このままじゃ何も……。
「ルナさん……陽彩さん……」
耳元で聞えた声に振り向くと、そこには苦しそうな表情の龍子さんがいた。
彼女は私の手にそっと龍の手を重ねる。
「ボクのためにお二人が傷つく必要なんてもう……」
「いいんだよ。龍子ちゃん、私たちは私たちがやりたいことをしてるだけだから」
「でも……」
「龍子」
冷たい声が龍子さんを呼ぶ。
フブキがもうそこまで迫っていた。
「そこをどけ」
「お館様、もうよろしいのではないでしょうか?」
「いいえ。これは掟に基く神聖な挑戦。生きるか、死ぬかなの」
「でしたら、ボクが代わりに相手になります」
「あなた、何を言っているか分かっているの?」
「もちろん」
寝そべる私をよそに、フブキと龍子さんの話は続く。
龍子さんが左腕を構えると、夜の闇とも違う漆黒の光沢を放つゲームに出てきた造形そのままのドラゴンの腕が何とも神々しい。
ああ、この場で龍子さんのあの腕の力を使えたらなぁ。あのとき見せられた力を使えれば、まだワンチャンあるのにな。
……あるよね。ワンチャン。
庇ってもらってる分際で申し訳ないけど、これは私とフブキの戦い。だから、決着はこの手でつける!
「ゴメン、龍子さん! もう一回、あなたの身体お借りします!」
「えっ!」
「憑依!」
私は【憑依】を発動し、すかさず龍子さんの身体に入り込む。
「貴様! 人質を取る気か?」
「そんな姑息ことはしない」
「だったら龍子から離れろ!」
「それはできない!」
「ふざけるな!!!!!!」
フブキは目をひん剥き、牙を見せ、身体中の毛を逆立てて激怒した。その形相は凄まじく、体毛といい気迫といい彼女の身体が一回りも二回りも大きく見えるほど。怒りの度合いはまさしく今日一番のものだった。
「互いの全力の殺し合いなんだろう? だったら私も全力を出していいはずだ。【性癖】を使った全力を!」
「黙れ!」
白熱してきたところに頭の中の陽彩が割り込む。
『マジでヤるの?』
「もち」
『ウチにもどうなるかわかんないよ?』
「奇遇だね、私にもわかんない」
『……しゃーない。ルナの判断なら、ウチは付いてくよ』
「ありがとう」
『あ、あの……』
そんなところに龍子さんまで入ってきた。この身体も随分にぎやかだ。
『ボクは一体どうなってしまうんですか?』
「心配しないで。ちょっとくすぐったいかも知れないけれど、私と陽彩でパパっと終わらせますから」
『一体何を……?』
「龍子さんはそのまま見ててください。それじゃ、いくよ陽彩!」
『オッケー、ルナ!』
私と陽彩は声を揃えて叫ぶ。
「憑依変身!!!」
『憑依変身!!!」
新たな力の覚醒の時が来たる!
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