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「月夜を駆ける銀狼」前編

 私たちとクランマスターの狼との戦いが始まるそのとき、驚くべきことに向こうの狼は自らの名をフブキと名乗った。それは街で出会い、私たちに力を貸してくれたあの美人さんと同じネームだったからだ。


「フブキって、まさかフブキさん!?」


「さぁ、知らんな」


 狼のフブキは私の質問に表情をピクリとも動かさない。


「でも一つだけ教えてやろう」


 フブキがおもむろに玉座から立ち上がり、こっちに向かって一歩、二歩とにじり寄ってくる。


「今、貴様が考えるべきなのは自分の知っているフブキと私が同一人物かということではない。生きるか、死ぬかだ!」


 狼が腕を振り上げる。

 空に掲げられた爪が、月明りに輝いた。


「危ない!」


 咄嗟に私を抱きしめて陽彩は台座から身を投げる。

 攻撃を躱され、フブキの爪が無人の台にグッサリと。その衝撃は凄まじく、台座は木っ端みじんに砕け散る。


 落ちた私たちは強かに身体を打ち付けるも、言ってしまえばそれだけ。陽彩の一瞬の判断が無ければ、あの台座のようになっていた。そう考えるとゾッとする。


「ご、ゴメン……。助かったよ」


「ルナが何を考えてたかは言わなくてもなんとなく分かるし、ウチだって同じこと思った。でも今はそれに気を取られている場合じゃない。目的まであと一歩ってとこまできてるのに、一瞬の油断で全部パーなんてのは嫌だから」


 陽彩は私の肩を掴み、真剣な顔でこちらに迫る。頬に付いてしまった砂汚れを気にするよりも先に。

 龍子さんを迎え入れたい。それは私のわがままでしかなかったけれど、陽彩はそのわがままを実現するために私に寄り添って力を貸してくれた。今はいないけど、クロちゃんだって応援してくれている。その想いを私一人のヘマで潰してしまう訳にはいかない。

 これはもう私だけのわがままじゃなくて、なんとしても成し遂げきゃいけない皆の想いなんだから。

 陽彩の眼差しに応えるべく彼女の瞳をグッと見る。

 私の返答を見て、陽彩は無言で頷いた。


「ウチらが今すべきことはアイツを――」


「そう、私を倒すことだ」


 陽彩の言葉を引継ぎ、フブキは言う。


「賽は投げられた。これより先は獣の殺し合い、待ったも正々堂々なんてものも通用しない。覚悟に相応しい戦いぶりを見せてもらおうか!」


 牙を剥き出し威嚇する狼。

 私たちは横並びで向かい合い、私は右の手で陽彩は左手で互いの手を取り合う。


「いくよ、陽彩!」


「いつでもどうぞ!」


「【憑依】!!」


性癖(スキル)】を発動すると、繋いだ手と手を通じて私の身体が陽彩に入り込む。

 それとほぼ同時に、瓦礫の上に佇むフブキが駆けた。


「グラゥ!!!」


 その荒々しさに似合わぬ身体のしなやかさを存分に活かした初速。

 数メートルの距離も瞬きほどの猶予にしかならず、取りうる手段もサイドステップ一歩が限界。


「くっ……!」


 迫る巨体の突進をすんでのところでギリギリ躱す。

 一難去って陽彩は言う。


『ねぇ、一個聞いていい?』


「何を?」


『アイツ、パワーもスピードも今までの奴らとは格が違う。そんなのを私たち二人でどう倒す?』


 陽彩が私に聞いてくるとは珍しい。

 さっきの一撃は私が見てもヤバいと感じた。もっと正確かつ冷静な観察眼と判断力を持った陽彩にしてみれば、今の私たちとフブキとの実力差がどれくらいあるのか、更には勝ち目はあるのかってことすら見えてしまう。

 だからこそ確認したいんだ、それを覆せる策があるかを。


 多重憑依で力を上乗せしていく私の能力の特性上、クロちゃんがいないという今の状況はかなり厳しいところがある。

 でも、考えが無いわけではない。何とかするための方法は。


「大丈夫、これを使えば」


 私は視線操作でアイテム欄を開き、一つのアイテムを手のひらの上に呼び出す。すると手の中に電子基板のような装飾が施された栞状のものが実体化した。


『これは……』


「いつぞやにキバさんから貰ったメモリーカード。これでクロちゃんのデータをロードしてそれに憑依、そして【変身(イメチェン)】すれば多分ギャルゾンビに成れるはず!」


『いや、多分って……』


 陽彩は私の策に頭を抱えている。

 でもこのアイテムは試した感じからすれば、登録されてるプレイヤーデータをロードすればそのデータをレプリカをそのまま実体化させられる。だからできるはずなんだ。

 そう信じ、メモリーを握りしめてクロちゃんのデータを呼び出し、無我夢中で憑りつく。


記録(データ)憑依(ポゼッション)!!」


 思いつきでそう唱えると、目の前にライトグリーンの0と1を組み合わせた文字列が降ってきた。その文字列は私の周囲にだけ雨のように降り注ぎだし、


「えっ、うわっ! なにこれ!?」


 服や肌に張り付いて身体の表面を覆いつくしてゆく。近未来感はあるけど虫みたいでなんか……。

 身体に纏わりつく文字が増えるにつれて身体を覆う文字は輝きだし、私は白い光に包まれながら服装や身体が変化するのを感じていた。やがて身体を覆っていた0と1が弾けると、この身体は|陽彩とクロちゃんの同時憑依態ギャルゾンビフォームに変貌しているようだった。


「なんとか……なった!」


『なってくれきゃ困るし!』


 これさえあれば戦える、そう確信。

 身体に巻きついている包帯をフブキへと仕掛ける。


包帯(バンデイジ)拘束(バインド)!」


 ズルズルッ。

 素早く地を這う包帯は蛇のごとく。

 一瞬で狼を捉えた包帯(こうそくぐ)たちは艶めかしくフブキに巻きつき、その身体をギリギリと締め上げてゆく。


 拘束はフブキの身体を固く縛り、解けそうな気配はない。

 効いている。


 はずだった――


 フブキの顔面に一発見舞おうと一気に近づいたそのとき。獣の雄叫びと共に、破裂音にも似た甲高く不快な音が響き渡る。


「嘘……」


 フブキは驚く私を見て誇らしげに笑う。

 目の前の狼は包帯による拘束を力づくで引きちぎったのだ。


「そんな布切れで私が抑えきれるなどと思うてくれるな」


 フブキの肩からこと切れた包帯がするりと力なく流れ落ちる。


 クロちゃんの包帯が破られた。今までに起きたことのない事態。

『格が違う』。こんなものを見せつけられたら、陽彩のその言葉を嫌というほど体感させられてしまう。

 しかも今の状況は相当によくない。ヤバいくらいにマズい。

 拘束を破り自由に動けるフブキと、その目の前に突っ立てる私。この後どうなるかなんて火を見るよりも……!


 思うより早く獣の脚が私の頭を刈りに来た。

 すかさず腕を上げ防御。が、その蹴りは防御もろとも私を地面へとなぎ倒す。


「ああ゛っ……」


 ダメージに全身が悲鳴を上げる。特に直接狙われた顔周りはガードしたにも関わらず、あまりの衝撃に首が外れたかとさえ思った。

 自分のライフゲージを見るとHPがゴリっと四分の一持ってかれている。三人憑依、共闘でHPかさ増ししてガードで軽減してるはずなのに、この減り方はどうにもバケモンだ……。


 それにおかしいのがもう一つ。ゾンビ状態なのに痛いんだ。

【ゾンビ】に特有の効果として痛覚の消失があるはずだけど、このとおり死ぬほど痛い。

 そんなとき腕に違和感を覚える。長袖のブレザーを着ているのに、腕まくりをして素肌を晒しているかのような、そんな感じの違和感。

 見れば腕にノイズが走り、【変身(イメチェン)】前の腕に戻っていた。慌ててその部分に触ると一瞬で腕は元に戻った。とはいえ、身体に起きている異変が収まったかと言われればそうでもなさそうな感じだ。

 思うに、なんて言えばいいんだろ……。呼び出したデータがちゃんと身体に馴染んでいないというのが感覚としては一番近い。接触不良的な? だからこそ、呼び出したクロちゃんの【性癖(スキル)】をマックスに発揮出来ていないんだと思う。


 詳しいことは知らない。どうすればこの異変が収まるのかも分からない。でも、これ以上考えている場合ではない。だって敵は目の前にいて、すぐにでも私たちのことを倒そうとしているんだから。

 身体の節々からの悲鳴を無視してなんとか立ち上がる。

 この一番大事なところでやらかしてはいる。だけど、だからといってそれを何とかする時間も方法もない。

 できるのは、今の状態での最善を尽くすことだけ。クロちゃんの力に由来するものが使えなきゃ、私の力でなんとかするしかない。

 私が使えるのは陽彩の身体、そしておっぱい!

 相手が巨体の狼だろうが関係ない! 欲望の塊みたいなこの身体は誰にも負けないくらいに魅力的(つよい)ということを見せてやる!!


 寝そべる私に狼は飛びかかる。標的へと向かう軌道は美しく、月光を受けてほの白く輝く身体が三日月のように弧を描く。

 その身のこなしは殺戮の動きとは思えないほど趣深い。でも、その獣に似合わない粋な精神は私のつけ入る隙になる!


 フブキが空から迫る。

 彼女が獲物(わたし)に向ける前脚。色艶や毛並みの整った美しい女性の足。骨と筋肉で構成されたしなやかで無駄のない獣の脚。予想通りの位置の脚。


 ぶん捕る、その足首を。


 二本の前脚を両腕でしっかり掴み、同時に足を振り上げフブキの腹を蹴る。そのままフブキを投げ跳ばし、一直線に地面へ叩きつける。

 身を打つ低くて鈍い音が響き、彼女はこの戦いで始めて苦悶の呻り声を上げた。


 私の方はといえばおかげ様でスカートがベロンと捲れ上がってしまったが、それは別にさしたる問題ではない。それでダメージが行くのは陽彩だけであって、私は痛くもかゆくもない。因みに、今日もショーツは黒レース。


「ほぉう。よく、捕ったな」


 フブキは間髪入れずに立ち上がった。

 それに呼応するように私も立ち、彼女と対峙する。


「お上品に私を殺そうとしてるくせに、何が獣の殺し合いかって感じ。美しく私を噛み殺せるところに来るってことはお見通しだから」


「だったら」


 フブキは前脚を地面に付き、


「本気で殺してやろうぞ! 本来の力でもってな! 私に四つ足を付かせた事を光栄に思うがいい!!」


 遠吠えを上げると共に駆け出した。

新たな力が迫る予感。

次回へ続く……!


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[良い点] 「記録憑依!!」 中二心くすぐられますねぇ!
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