「獣たちの長」
私たちの自己紹介にクランマスターの狼は口角を大きく上げて笑った。開いた口の中に鋭い牙が上下に整然と並んでいるのが見える。
「まさか、本当に来るなんて」
クランマスターはそれまでの落ち着いた声の調子からトーンを少し上げ、楽しそうに言う。笑顔といい声といい、クランマスターは私たちの到来を喜んでいるような感じがする。
「私に用とは。人間風情が一体何をしにやってきた?」
そんなの決まっている。
「やりたいことを成し遂げるため」
そう答えた瞬間、背後から会話に横やりを入れられる。
「お前は……今朝の! どうしてここにいやがる!?」
唐突な侵入者の出現に屋敷の中庭は大慌て。コンチが声を荒げたことを皮切りに、ケモノたちはパニックに包まれた。
「そこから離れやがれ!」
「お館様をお守りするのにゃ!」
しかし、幹部どもは案外冷静なようで、コンチは私に向かって怒鳴り、ドラ助はすぐさま部下に指示を出す。慌てふためいていた動物たちだったがドラ助の指示を耳にした途端に、爪を構え、牙を剥き出し、戦闘態勢に入った。
案外直ぐに立て直せて統率が取れているところを見ると、やはりここは手ごわい組織なんだなと思わされる。
クランマスターとの挑戦どころではない。そう思い陽彩に憑依しようと身構えたそのときだった。
「黙れぇえええ!!!!」
身の毛がよだつ咆哮。
玉座のクランマスターが吠えたのだ。
「いいか、よく聞け。今は、私がこの者どもと話をしているのだ。お前たちには騒ぐことも、ましてや邪魔をすることも許した覚えはない!」
「しかし――」
「口応えするのか?」
「申し訳ございません……」
マスターは口を挟んできたコンチを、ギロリと一睨みで黙らせた。コンチの顔からは血の気が引き、跪きながら小刻みに身体を振るわせているようだった。
「騒がしくてすっかり話の腰をおられてまったな。だからもう一度聞こう。貴様らは何をしに来た?」
「アンタと戦いに来た」
「私と? どうして?」
「アンタたちのクランには『弱肉強食の掟』があるんでしょう? だから、アンタに勝って、このクランの頂点に立つ。そのために戦いに来た!」
そう言った途端、再びどよめきが起こる。
「ほう、面白いな貴様ら。どこでそんなのを嗅ぎつけたかは知らんが、いい度胸だ。私に掟に従った『挑戦』をしにきたとは」
「そう、その『挑戦』に来たの」
「お、お言葉ですが、お館様。そいつはウチのクランと何も関係あらへん、ただの部外者ですにゃ! だから、そんな『挑戦』なんて戯言を聞き入れる必要などございませぬにゃ!」
「黙れ! 言ったであろう、今は私とこの者たちとの問題であると。次に一言でも声を上げた者は、それ即ち弱肉強食の掟に乗っ取った私への挑戦とみなす!」
狼の一声で重なり合う声が消えた。このクランマスターの統率力、それにケモノたちの忠誠心に驚かされるばかり。
狼は胸元に手を突っこみ、扇子を取り出して口元を覆った。それは浮世絵を連想してしまう優美な光景であったけど、私を見つめる目つきだけは人を小馬鹿にして笑っているかのようなものだった。
その眼を見て何か言いたげだなと思っていると、私の予想通りに狼は口を覆ったまま言葉を発した。
「だが、ドラの言うことも一理ある。確かに掟はクランだけの法であり、こやつらは部外者。だからそんな権利などなく、挑戦なんて戯言聞き入れる必要はない」
「えっ……!?」
――驚愕。
それは予想外だった。
「それに、その挑戦も私が拒んでしまえばどうとでもなるのよ」
驚く私をよそに、狼はさらに追撃をかましてくる。
「そ、そんな……」
聞いている話と違う。フブキさんは、クランマスターの許までたどり着けば必ず戦いを受けてくれる、そう言ったはず。でもこの口ぶりからすると、向こうにそんな意思はさらさらない。
まさか、罠!?
「話と違う、とでも言いたげな顔だなぁ」
狼はどうしようか焦る私を見下し、鼻で笑った。
「ここは巣の中だ。我々のな。この扇子を振り下ろして一言命じれば周囲の全てが敵になる。そんなところに飛び込んで来たのだ、貴様たちは」
黒塗りの台座の下では、獣たちが爪を研ぎ、牙を剥き出し、呻ってる。
狼の一言で状況は一変した。悪い方に。
状況は最悪を通り越して地獄だ。でも龍子さんを救うためには、こいつら全員を相手にするとしてもやるっきゃない。
腹を括って、陽彩と一緒に身構える。
「何ゆえ」
「ん?」
「今宵、何ゆえ貴様たちはここまで来た? ここまで来たからにはよほどの理由があるのだろう?」
狼は私たちに聞く。
「龍子さんをこのクソみたいな組織から引っ張りだしに来た」
「たかが一人のため。そんなことのために貴様らは不確かな情報を頼りにして、敵地のど真ん中まで乗り込んで、最大のクランに喧嘩を売りにきたというのか?」
「そう。アンタが言うそんなことのために、私たちはこのクランをぶっ壊しにきた」
口元は隠れたままで見えないものの、その目は嬉しそうに笑っている。
「そうかそうか――」
狼はパチンと大きな音をたてて扇子を閉じ、私たちへと突き付けた。
沸き立つ獣たち。
拳に、力を籠める。
狼は意味深に笑う。
ドクン、ドクンと心臓が鳴る。【性癖】を叫んで発動すべく、ひの字に口を作る。
陽彩も戦いの構えを取っている。
恐怖、覚悟、様々なものが入り交じり、体感時間が引き延ばされてゆく。狼が口を開くまでの僅かな間は、永遠のように感じられた。
しかし、その永遠はあっけなく終わった。
「その覚悟、気に入った」
「えっ……!?」
この場の誰もが意図しなかったであろう結末で。
「実に面白い覚悟だ。いいだろう、受けようではないか。貴様らの『挑戦』を!」
向こうの気まぐれとも言える決定に、ちょっと頭が追いつきそうにない。
「あなたさっき、部外者にはそんな権利はないって……」
「私は面白い奴が大好きでな。貴様の覚悟を聞いて、挑戦の権利を与えるに相応しいと判断したまで」
「でも、戦うかどうかはそっちの判断じゃなかったの?」
陽彩が口を挟む。
「戦いを挑まれて逃げるなど弱き負け犬がすること。私には関係のない話だ」
「試したな?」
「単にそういう約束事だと言ったに過ぎぬ」
狼と陽彩は睨みあう。
どっちも眼光鋭くて、カッコよくもあり、怖い。
予想外の顛末に外野は騒ぐかと思いきや、声すら失ってる様子。狼が牽制しているからというのもあるが。
狼は完全に場が静まり返るのを確認して、玉座に座る背を正し、ケモノたちに言った。
「さぁ、散れ。戦いに巻き込まれたくなかったらな! それとこれは掟に乗っ取った神聖な『挑戦』だ。余計な手だしはクランへの謀反とみなす」
狼は立ち上がり、自らの着物の両肩に爪を立てた。爪は音もなく着物に突き刺さり、鋭利な刃物のように美しい椿の柄を裂いてゆく。
「ぐらぁあああああああああ!!!!!!!!!」
身が竦むほどの咆哮を発し、狼は着物の袖を勢いよく破り捨てた。
赤い着物の残骸が出陣を飾るかのように花吹雪ごとく狼の周囲に舞い落ちる。
「手加減はせぬ。獣の戦いは死ぬか生きるか、それだけだ!」
「上等!」
戦いが始まる。
そのときだった。
「掟に乗っ取った戦いに挑むには、まず名乗りを上げねばならない。それが掟に服するという証であり、礼儀」
その狼は、私の前で――
「我はフブキ。ファーリーファンダムの掟に従い、いざ参る!!」
フブキと名乗ったのだ。
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