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「私の覚悟」

 レストラン『マウントキャット』。昨日と同じ時間の同じ席、そこには昨日と変わらぬ佇まいで紅茶を嗜む人の姿があった。

 優雅で気品に溢れ、ただ窓際のカウンター席でティーカップに口をつけるだけでも絵になる人。頭の先から爪先に至るまで美しさに身に纏い、それこそ私なんかじゃ太刀打ちできないくらいに女らしく綺麗な”男性“。


「いらっしゃい。待っていたわ。隣、開けておいたから」


 私に気づいたフブキさんは早くいらっしゃいと言わんばかりにトントンと空席を指で叩いた。私と陽彩(ひいろ)は彼女に導かれるままに空席に腰かけると、彼女の前にほとんど空のティーカップがあるのが見えた。


「待たせてしまって申し訳ないです」


「いいえ、あなたはぴったり時間通り。私が早いだけだから気にしないで。

 それより、今日はクロちゃん一緒じゃないのね?」


「今は現実(リアル)じゃ平日の真昼間ですから。普通の人はログインできませんよ」


「そういえばそうね。すっかり忘れていたわ。でもそれならあなたはどうしていられるの?」


「それはお互い様ですよ」


 フブキさんはそれもそうね、と軽く答えそれ以上ツッコむわけでもなく会話を打ち切る。フルダイブ式VRオンラインゲームというのは従来のオンラインゲームよりも強く個人と情報が結び付く場であり、その点を詮索するのがマナー違反というのはもはや社会の常識だし、そもそも互いの現実(そんなこと)は今日の要件とほとんど関係ないからだ。


「たった一日だというのに随分と顔つきが変わったじゃない? それこそ”覚悟“が決まったって顔ね」


 フブキさんは私の顔をまじまじと見つめて言う。パッチリとした綺麗な目で見つめられると何か不思議なものが胸の内にこみ上げてくるような気がするが、気のせいだ……落ち着け。

 深呼吸し、ざわつく心をなだめて、彼女に言葉を返す。


「だからここに来たんです」


「頼もしいこと。それじゃあ聞かせてもらおうかしら? あなたの覚悟を」


 フブキさんの形の整った二重の瞳がクワッと見開かれた。それまでとうってかわってギロリとした目つきになり、視線には男性のような力強さと女性特有の冷たさの両方を宿していた。その厳しい視線に晒され、私は思わず硬直してしまう。


 彼女の圧に押され言うべきことを言い淀んでいたそのとき、不意に膝の上に置いていた手が温かさに包まれる。見れば、隣に座る陽彩がそっと私の手を握ってくれていた。その手からはじんわりと私よりも少し高い陽彩の体温が伝わってくる。

 その手から「傍にいるから、大丈夫」、そういう温かい気持ちが伝わってくるようで嬉しくて、陽彩の心にすっかり私の身体は解され、半開きで固まっていた口もスムーズに動くようになる。


「私は絶対に龍子さんを助けます。あの組織に真っ向から立ち向かってでも、必ず龍子さんを救ってみせます」


「それで? 何があなたをそうさせるの?」


「それは……私が、そうしたいからです!」


「随分とわがままで自分勝手な覚悟ね」


 フブキさんはそう言うと、何を続けるでもなく静かに私を見つめる。彼女は次に私が何を言うか、それを気にしているのだろう。私の想いがフブキさんのお眼鏡にかなうものかどうかは分からないけど、それでも私は彼女に向かって私の覚悟を突き付ける。


「そうだとしても、私は龍子さんと一緒にいたいんです。陽彩とクロちゃんに加えて龍子さんがいれば、もっとこのゲームを楽しくプレイできると思ったから。

 言葉を選ばずに言えば、私は龍子さんのかっこいい腕に惚れました。一目惚れです。そんな腕を持つ彼女にはもっと笑顔でいて欲しいんです。龍子さんを悲しませるような場所(クラン)から彼女を救いだしたい。それが叶って一緒にいられるんだとしたら、私はどんなことだって乗り越えてみせます」


 確かに私の決意は、フブキさんが言ったようにわがままで自分勝手なものでしかない。だけど、そう思ったのは紛れもない事実で、そこを取り繕って誤魔化して、綺麗な言葉を並べたってしょうがないんだ。


 私の言葉を聞いたフブキさんは相変わらず黙りこくっている。眉間には皺がより何かを吟味しているよう。重々しい空気に包まれ、私はそれ以上何も言うことができない。

 店内に流れる落ち着いたBGMがよく聞こえるほどに、私とフブキさんの間は静まり返り、それは永遠に続くかのようにさえ感じられた。


「なるほどね」


 店内BGMが二ループ目に差し掛かったあたりになって、ようやくフブキさんは口を開いた。


「覚悟を問われて、それがあの人のためになるとか、誰かがやらなきゃいけないとか、そういう『誰かのため』、『みんなのため』みたいな使命感から大口を叩くヤツは大勢見てきたけど、まさか『自分のため』なんていうヤツが現れるとは不思議なものね」


「悪いですか?」


「悪い? まさか、とんでもない! その覚悟、気に入ったわ」


 フブキさんは脚を組んで座ったままこちらへ身を乗り出し、面白いものを見つけたと言わんばかりのにやけ面を私に見せる。


「社会でも、組織でも、ましてや他人のためでもない。惚れた女といたいから、そんな自分勝手ではあるけど、自分でそうしたいと決断し、そうしようと踏み出したのなら、それは覚悟と呼ぶにふさわしい。上辺だけの使命感で動くヤツなんかよりよっぽど信頼がおけるというものよ」


 崇高なものでも、立派でもないけど、フブキさんは私の真っ直ぐな想いを認めてくれた。最悪、心の地雷を踏み抜くことになるかもしれないと思いつつ、私は自分の想いを彼女ぶちまけたけど、まさかそれが正解だとは思わなくて少し驚いてしまう。

 でも、満足げに微笑むフブキさんを見て、私は自分の想いを認めてもらえたと感じられて嬉しかった。一点を除いてはだけど。


「あの、私が惚れたのは龍子さんの腕に対してであってですね? そう言われると語弊があるような気がするんですが……」


「細かいことはいいのよ。というよりあなたは自分でそういったんじゃなくて? まあ、とにかく相応の覚悟は見せてもらったから、私も約束通り力を貸してあげるわ」


「本当ですか!?」


「もちろん」


 なんとなくうやむやに処理された気はするけど、彼女に認められたのは間違いないようでフブキさんは快く承諾してくれた。


「私が貸す力ってのは、ファーリーファンダムの情報。彼らを潰すにはトップであるクランマスターを倒すのが手っ取り早いわ。だけど、そのリーダーは普段彼らの本拠地に身を隠していてクラン員でさえ直接会うことはほとんどできない。その上、大名行列で私たちの前に姿を現すとはいえ、強固な守りの先にいてとてもじゃないけど手は出せない」


「そうですね」


 大名行列自体は昨日見たけど、確かにあれは手出しができる代物ではないと、冷静に考えれば誰でも分かる。逆に分からなった昨日の私はいろんな意味でどうかしていた。


「それでも、そのクランマスターに合う数少ないチャンスがあるの。それは『謁見の儀』と呼ばれる催しよ」


「謁見の儀?」


「謁見の議っていうのは、ファーリーファンダムのクラン内部で行われる成果報告会のことよ。ほら、あそこのこの街を見下ろせる丘の上に豪勢なお城みたいな建物が見えるでしょ?」


 フブキさんが窓の外を指さす。その先には確かに街を見下ろすように建つ、立派なお城のような建築物が見えた。


「あれがファーリーファンダムの本拠地。そこで月に一度、満月の晩にクランマスターがクラン員の前に姿を見せて、直接その月の様々な成果を聞くの。それが謁見の儀というわけ」


「それがチャンスというわけですか」


「ええ。彼らの本拠地に忍び込んでクランマスターに性癖決闘(フェチバトル)を挑んでそこで勝つことができれば、クラン員どもはあなたに忠誠を誓うことになる。彼らにはそういう掟があるからよ」


「忍び込む……」


「まあ、難易度は高いけど、それなりの対価はあるはずよ」


 龍子さんが話してくれたように、ファーリーファンダムには『弱肉強食の掟』があることは確かで、フブキさんの言ったことの大事な部分は間違いではないように思える。だとしても、その弁には気になる部分があった。


「仮に潜入に成功したとして、向こうのリーダーが挑戦を受けてくれるのでしょうか?」


 拠点は当然フィールドではないと思う。とすると、そういう特定のエリアで性癖決闘(フェチバトル)をするとなると、このゲームでは双方の合意が必要なはずだ。

 いくらバトルの申し込みは自由だとはいえ、いきなり自分たちの拠点に侵入してきた訳の分からない相手に申し込まれたバトルなんか受けるだろうか。


 でも、私のそんな疑問を払拭するようにフブキさんはきっぱりと答える。


「大丈夫。その人は持ちかけられた挑戦は受ける」


「とはいえですよ、そんな怪しいこと受けますかね?」


「受けるわ。彼女は()()ね」


 どう考えても答えになってない返答だったけれど、私はその強い物言いに何も言えなかった。陽彩も怪訝そうな顔をしている。

 でもフブキさんのその訳の分からない圧倒的な自信が、逆に大丈夫そうだなって気にさせてくれた。


「……まあ、ソイツは面白いもの好きでね、そこまでしてくるようなヤツが面白くて仕方ないんだと思う。事実、そういった挑戦を何度も受けてるから」


「そうなんですか」


「そこまでいけば後は実力と覚悟の問題。でも、あなたなら必ずやり遂げられるって信じてる」


「分かりました! そのクランマスターを倒して、絶対に龍子さんを連れ出してみせます。カッコいい腕を持つ彼女を!」


 そう言った途端、フブキさんは何かを想うかのように優しく微笑んだ。


「にしても、あの子の腕をカッコいいと評する人がるとは」


「彼女も言ってました、そんなこと初めて言われたって。でもそう言ったらすっごく喜んでくれて、私は龍子さんのその顔が忘れられなかったんです」


 その顔をもっと近くで見たいと思って、だからこうして彼女を助けるために今ここに居る。つまり私は彼女の笑顔に突き動かされたと言っても過言ではない。

 でもそんな彼女が唯一曇った時があったなと、唐突にそれを思い出す。


「でも、龍子さんはこうも言ってました。同じクランにいる恩人を、自分の腕を美しいと言ってくれた恩人さんを裏切ることはできないと」


 それを聞いて、フブキさんはハッと目を丸くし驚いたように見えた。

 そして、「そうか……思いがけないことが彼女を縛っていたのね」と何かを噛みしめるように呟いた。


「だったら、伝えてあげなさいな。あなたが恩人を想うのと同じくらいに、あなたのことを想っている人はここにもいるのよって」


「……分かりました!」


 何か事情を知っていそうな口ぶりだったけど、私ごときが斬り込んではいけないような重みのあることような気がした。


「私が貸せる力はこんなものよ。覚悟を見せて頂戴なんてたいそうなこを吹かした割には、ちっぽけな情報で申し訳ないわ」


「いえいえ! そんなことないです。フブキさんのおかげで、自分の中のもやもやが晴れてやるべきことがしっかり見えましたし、それに話してくれた情報も凄いじゃないですか!」


「そんなことないわ」と謙遜するフブキさん。緊張もいい感じに解け、空気が和らいだこのタイミングで私は疑問に思っていたことを聞いてみる。


「あの、フブキさん? どうして彼らの極秘ともいえる情報をもってるんですか? それにそれの対価が『覚悟』なのもちょっと気になってしまって。よかってら教えてもらってもいいですか?」


 考え込むフブキさんの顔には躊躇いのようなものが見えたが、彼女は分かったと言って質問に答えてくれた。


「私もさ、この街であるクランのリーダーをしていてね。街のことを憂う者として、彼らをどうにかしたいと思ってて。いろいろ探って情報を集めて彼らと向かいあったこともある。でもそのときの私には覚悟がなかった。中途半端に気持ちで動いてしまって、逆に状況を悪くするだけだった。だから、同じ失敗を繰り返してほしくなかったから、託せる人を探すために覚悟はあるかなんて変なことを聞いてたのよ」


「なるほど……」


 同じ失敗を繰り返して欲しくない。そういうことならフブキさんがそう言っていたことも、厳しく覚悟について問い詰めてきたことも頷ける。


「さてとそろそろ失礼するわ」


 颯爽と席を立ち、当然のように私たちの飲食代まで支払っていてフブキさん。そんなイケ女な彼女は私たちとすれ違う時、店内の雑音に紛れるかどうかという感じに声を潜めて耳打ちしてくる。


「時間がないわ。やるなら急いで潜入する手立てを考えた方がいい」


「さっき満月の晩って……?」


「そうよ。満月の晩。それで、今月の満月の晩というのは実は()()()なの。それじゃあ、頑張ってね!」


 そう言い残し、フブキさんは店の外へ去っていく。


 ――私も覚悟を決めないとね。


 その最中、彼女はそう呟いていたように思えたが、店外からの声にかき消されて何を言っているか聞き取ることはできなかった。


 窓際のカウンター席に残された私たち。

 思ったほど時間がないと感じているのは二人とも同じなようで互いに顔を見合わせる。


 龍子ちゃんを救い出すことのできるタイムリミットは刻一刻と迫っていた。


お読みくださり、ありがとうございました!

物語は本格決戦へと動き始めます!


いつも応援していただきありがとうございます。

もしよろしければ、執筆のモチベーションとなりますので、ブックマークや★★★★★での評価お待ちしております!

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